森から滝へ
遅くなってすみません。ちょっと用事が重なってしまいました。
何とか五人と和解してから約五時間、もうすでに日が大きく傾いていた。ちなみにその間、ぎりぎり舗装されていると言える崖道を歩きっぱなしだ。足が痛い。
そのうちに日が暮れてきたことによって、崖を挟んだ向こう側の山岳と森が影を強く落とし始める。
綺麗ではあるが物凄く不気味だ。のっぺりとした深緑が。
「おい、みんな。ここで今日は泊まりだ、野宿の準備をしようぜ」
リーさんが一際大きい木陰と岩のくぼみの間を指さして言う。
「了解だ、なあ、ソウ。一緒に天幕を張ろうぜ」
「いいぜ、荷物を下ろしてそっちを持てよ」
男二人、強面のソウと男三人衆の中でも特にがっちりとした体格のシルが荷物の中から大きな天幕を抜きだして準備を始める。
「じゃあ、僕はその下に川があったので水を汲んできますね」
か細い少年魔法使いのレンは今来た道の隣にある獣道を指さしながら、リーさんに確認を取る。
「そんなもんは一々確認を取るな。お前はみんなのためを思って行動してるんだろ、じゃあいいじゃねえか」
少し物分かりの悪い子供を叱るような声高で断りを一蹴する。けれど、その表情は穏やかで笑っていた。レンは怒られたと思ってそれどころじゃなかったようだが。
おっと、このまま行くと僕だけお客さんみたいになってしまう。それだけは阻止しなければ。
「そうね、分かったわ、私、薪を取ってくる」
しまった。残りで唯一、着いていけそうなメルさんが行ってしまう。
そう考える間にも女魔法使いのメルが森の方へ駆けていく。結構なスピードで駆けて行ったせいで一瞬にして深い緑と同化した。
「一人で何もせずに過ごすのは重圧が凄いのでメルさんの手伝いに行ってきます。女の人が一人というのも危ないですし。リーさん良いでしょうか?」
僕は見失う前に追いつかなければいけないが、そうは言っても僕は外様なのだから確認はしっかりと取らなければ。何かするって思われても嫌だしね。
「お前もか。お前も必要だと思ってことを自分で考えてやれよ、一々聞くな。さっきのレンとのやり取りから何にも学んでねぇじゃねえか。人の振り見て我が振り直せ、だぞ」
余計な気遣いだったらしい。僕の気持ちまでしっかりと読み取ったうえでリーさんは苦笑しているようだったから。
って、そんな話をしている間にもメルさんは完全に視界から消えてしまって駆けて行った方向しかわからない。だけど、僕はリーさんにメルさんのお手伝いをしにいくと行ってしまった以上、自分も深い森に立ち入る。
「どこだ、少しだけ道の草花が削れて跡になっているけれど……」
僅かな根の歪みや草花の踏まれ具合から大体の方向に目処を付け、僕も走り抜けていく。
でも、少し意外だ。魔法使い職のメルさんがこんな熟練の斥候みたいな走り方で動けるなんて。
中々、忍び足の技術というのは才能に依存されるところがあるし、もともと訓練していないであろうメルさんがここまで足跡を残さず、痕跡を悟らせずに走れるのは類まれな才能と言っていいだろう。
ひんやりとした空気が肌に触れあってゆっくりと感覚を溶かしていく。
冷たいというよりかは心地良いが、どうしてもそれだけとは思わせない不気味さが漂う。
スーッと抜けるような、蕩けるような刺激を受ける思考。足がふらふらと……。
待て! おかしくないか。何かおかしいぞ。
だって、なぜ、メルさんは薪を集めるために森に入ったのに、走っているんだ?
メルさんは迷わずどこに走っているんだ?
あれれ? しかも、この自分の足が地面を掴むときに踏み外す感触から言って、魔法を掛けられているのは間違いない。掛けられたのか設置型の罠なのかは分からないが。
(……『ポラリス 《北極星》』より、感覚麻痺の影響を感知……)
(……『ポラリス《北極星》』より、甘混感乱魔法と特定……)
なるほどね。やっぱり誰かに魔法を掛けられているのか。
でも、誰が僕に攻撃を仕掛けてきたんだ? 順当にいけばメルさんが真っ黒でかなり怪しいけれど、もし、この攻撃がメルさんのものではないのだったら彼女が危ない……。
と、思考を何重にも張り巡らしてゆっくりと反芻しながら行動を纏めていく。
――――ふと、視界に光が注ぎ込まれる。視界が鮮明に物体を捉え始めて状況を理解する。
別に攻撃とかではなかった。もっと単純。ただ、視界からは木が消え去り、草花はいなくなって、代わりに砂利の開けた空間がそこにあった。
つまり、森を抜けて。
耳が轟音を回収する。何かが落ちる音、当たる音、撥ねる音。水が――――流れている。
河川敷。いや、滝壷までいつの間にかやって来ていた。
そして、目の前にはメルさんが笑いながら立っている。