物語は動き出す
今日は曇り空だ。こういう日はだいたいよくないことが起きる。
「おい、お前ら、ちょっとはやる気を出せ、じゃなきゃ死ぬぞ。この数は。ソヨとショーキは魔法の準備、氷で行くぞ!!」
ひとかたまり、五人組の冒険者と思われる人たちが、威圧をたっぷりと解放して空気を震わせる獰猛な魔物の群れに向かっていく。いや、「向かって行く」というよりかは「仕方がなく」と言ったほうがいいだろうか。
なにしろ、崖に寄り添うような三メートル半の一本道で二十体以上の魔物に追われていたために迎撃しなくてはいけない、といった意味合いが強いからだ。
杖を構えた女の人と冒険者にしては小柄なあどけなさ残る少年が同時に魔法を詠唱する。
ということは、その魔法が完成するまで残りの男三人衆で魔物の突撃を受け止めるのか……二十体以上もいるのに。
しかし、それは杞憂だったようだ。上手く狭い道幅を生かして、大柄な男三人衆がぎっちりと
並び衝撃にそなえている。
さらに言えば、手に長方形の栗木でできた大盾まで持っている。押し負けることはしばらくないと言っていいだろう。なら、僕が出るまでもない。嬉しい限りだ、追われている身としては。
「おい、くるぞ、野郎ども、寄れ! ひよっこたち準備は出来たか? それと、盾を使う「盾を使う時は腰を低くしろだろ! 分かってるよ、何年組んで来たと思ってんだ」
「そうだ、分かってるぞ。それにもちろん、自分も野郎どもの一人だってことは分かっ「舌噛むから、黙りやがれ、野郎ども」
笑い交じりの怒声が飛ぶ。不思議な光景だが、別におかしいことはない。ただ、お互いを勇気付け、お互いを励まし合って、お互いの恐怖を塗りつぶそうとしているだけだろう。
でも、そんな表情は一瞬。すぐそこまで迫っていた魔物たちと男三人衆が激しくぶつかる。
汗が飛ぶ、筋肉が蠢く、盛り上がる。ある意味の意地のぶつかり合い。
最初だけ男三人衆がずるずると押されていたが、すぐに二力はつり合って静止する。停滞だ。
男三人衆の本気は、地形をうまく利用したとは言え、二十体の魔物とつり合うことに成功している。
そんな命懸けの守りに守られながらも緊張することなく、すらすらと詠唱は紡がれていく。
そして、魔力の流れが完成する。
「「魔法、発動できます!!」」
そこに比較的高い声で構成された一声が入り、一気に流れは五人組の冒険者たちへと向いた。
「「「言ってやれ」」」
「「『中級大魔法:大氷柱落下』」」
後衛二人の唱えた魔法は、大気中の水分を凍らして白く輝く霧を生み出す大きな氷塊――――氷柱を上、十メートルほどの高さから自由落下させる。
氷柱の落下に合わせ、息ぴったりしに男三人衆は後ろに三歩引く。
そして、その隙間を埋めようと魔物たちは間合いを詰め――――ぐしゃり。
いとも簡単に、超重量の氷柱に潰された。ただ、直撃したのはわずか三匹ほど。
しかし、直撃することは氷柱を生み出した冒険者の狙いではない。
狙いは超重量と超硬度による時間稼ぎ。つまりは一本道を塞ぐということだろう。
その予想道理に戦況は流れ、氷柱は砂煙を立て道のど真ん中に突き刺さる。大気を冷やしながら。
氷柱では大きいだけで殲滅力を欠くことをしっかりと理解した戦術だった。
お見事と言っていいだろう。五人組の冒険者たちも手を重ねて喜んでいる。
これで完全に僕の出番はなくなった。次の場所に向かった方がいいかな……。
それに、まだ彼が言ったハイト博士の居場所も分かっていない。まあ、それは名前しか分からないのだから当然と言えば当然なのだが。
僕は十五メートル下の崖道から聞こえる歓声を聞き流して、次の行き先をどこにしようか――――ドンッ。鈍い何かを砕くような音が聞こえる。
ピシッ。鋭い何かが砕けかけるような音を聞く。
やばい――――下の冒険者たちはまだ一向に和やかな話し声を止めてはいない。
ポキッ。致命的な何かが根幹から砕け散る音を聞いた。
やばい。つまり、彼らは気付いていない。
僕は自分が駆けだせる最高速度で一歩目の地面を掴み、蹴りだす。崖下までは約十五メートル。
奇しくも崖下の道までの高さと同じ。視界は揺れ動く。
一分一秒も無駄には出来ない。あの二年前と同じ。
息を大量に取り入れて空気を揺らす。物理法則を塗り替える。
けれども、祈るのは『真名』じゃない。
今の僕は授けられた、押し付けられたこの『二つ名』を使える。
もう、十分に使いこなせる。でも、それはもう、聖騎士にはなれないことを証明するものでもあった。夢は潰えた。
それでも五人組の冒険者、いや、誰かを助けるためにこの力に縋る。『二つ名』に頼る。
「だって、誰も助けられないよりかはマシだから」
息を声帯に流して、声を、法則を、名を紡ぐ。
「――――星は神々を意味し、我、天頂を廻すものなり。天頂を振るうものなり」
僕は魔力の流れを意味のある形に変えていくために、地脈を使う。天体を使う。星々を使う。
「事全ては天頂の『ポラリス《北極星》』を中央に座す。我、全てを極める」
それによってどんな副作用が起きるかさえも理解していないのに。
ただちっぽけな誰かと醜い自分を救うため。
「――――だから、僕中心に世界は廻る」
と、同時に氷柱は崩壊する。轟々と音を立て、役目を終えたと言わんばかりに。
僕の存在を引き立てるためだけに氷柱は鮮やかな反射を演出する。
太陽が雲の隙間から顔を出す。光を一点に零すように。
いつの間にか崖まで三歩ほどに迫っていた。あり得ない加速で。
僕は迷わず崖から落ちる。普通に考えるとこの高さから落ちれば骨折でもするだろうが、今に限っては重力も道を譲る。僕を飾り立てるためだけの道具になる。
ふわりと風を撫で、弾け飛ぶ氷柱を背景にしながら、冒険者の前へと降りた。
僕は魔物たちに背を向けているがそんなことは心配ない。
だって、やっぱり世界は僕中心に動くのだから。今、この瞬間は。
後ろの魔物が氷柱を越えた。しかし、静かにどこからともなく、揺れが始まる。
音の波が伝わる。大気をくまなく震わす濁流が落ち始めた。
つまり、土砂崩れ。ちょうど、偶然的に僕の後ろの崖は有象無象となって崩落した。
茶色いと黒い石礫や泥、土波に魔物は呑まれて流れを赤く濁らしていく。
でも、流れは流れらしく止まりやしない。どんどん崖下に滑っていく。
そして、わずかばかり経って、ぴったりとすっきりと音が止んだ。
一切の余韻を残さず。一切の濁りも残さず。
破壊の象徴である濁竜が飛び立ったかの如く。
しかし、だけど。残念なことに、やっぱり。
この『二つ名』で人を助ける限りは……僕は理解されない。
だって、助けた人々は僕を恐怖として見てしまうから。
だから、例に漏れず、この五人組の冒険者たちも僕を恐怖の目で見ていた。