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名前がすべてを決めるこの世界  作者: たらたらこ
プロローグ 2 冬~新しい『北極星』
3/12

『表示』を求める男

世界観はおいおいお話に含めていきますのでしばしお待ちください。

風景がこれまでに感じたことの無いようなスピードで遠ざかっていく。

何度も繰り返される速い吐息も体のから滲み出る熱も、全部が真っ白の湯気となって空に上がる。


僕は声が聞こえたはずの村のはずれ、西の山側に向かう。

ただ、もう声が聞こえてから一分以上は経っている。遅いかもしれない。

そう思わずにはいられなかった。あの光景を見てからでは。


もう一度あの凄惨たる血濡れを見てしまったら、立ち直れない気がする。

僕の精神が。だから、止めなければ、この現実を。


さらに僕は焦りを加速させるが、精神とは裏腹に、体は冷静に駆動して現場へ近づく。

――――目の前の角を曲がれば……。

焦げ付くような緊張感を大きく受け止めながら、体をぐっと倒し、僕は道を曲がった。


「ねぇ、いいでしょ? 君を殺してしまっても? 構わない? そうでしょう」

そこには一人の男がいた。痩せた上に目を大きく見開いて口も常に半開きになっている男が。

誰かにまくし立てているようだった。男を挟んだ隙間から見えるのは細い足とその足のつま先にちょこんと佇む高級そうな赤い靴。

小さな赤色の靴……、つまり幼い子供、確か村長の息子だったはずだ。


「ねぇ、反応しないってことはそれがあなたの表示なのですか? つまり、抵抗しないですね? ということは死にたいのですか? そうでしょう」

口が半開きの男は涎を垂らす。しかし、興奮していて全く気にする素振りはない。

男は少しだけ村長の息子に近付いて人差し指でつつく。その後に少し首を傾げ、


「ねぇ、震えていますね、どういうことですか? 震えるということは怖いのでしょう? それがあなたの表示であり、意思なのでしょう? そうでしょう」

意味不明な言葉の羅列を開始する。いや、意味不明ではないのかもしれない。

男自身は納得できているようだったから。そして、男はまた、少しだけ首を傾げ、


「ねぇ、こういう時ってどうすればいいのですか? 表示ではわからないのです、二重の意思が伝わってくるのです。困りました……困りました。じゃあ、こうしましょうか? そうでしょう」

男は妙案を思い付いたとばかりに頷いて、にっこりと笑う。


……っは。やばい、観察している場合じゃないぞ。助けに来るのはいいけど、何も考えていなかった。いや、普通に考えれば悲鳴のそばに諸悪の根源がいることなんて容易く想像できたはずだ。

その時に対応策を考えるのが最善手だった。走ることにかまけて思考放棄なんてするべきじゃない。


そして、そんな失態で助けられたはずの命まで失うなんて最悪だ。人として。

だから、これは自分の落ち度。


僕は一歩を、人助けをするための一歩を踏み出す。

だが、その一歩は中途半端な形で役に立ち、逆に言えば半分は役に立たなかった。


「ねぇ、沈黙は罪ですね? ならば、沈黙は死とします、意思があるならば表示をしてくれませんか? 簡単です、表示をすればよいのです。 待つのは十秒にしましょうか? そうでしょう」

男はのんびりとした態度で数を減らしていく。だが、十秒あれば十分に先制攻撃できる距離だ。

僕は一歩、二歩と足を持ち上げて、地面を固く踏む。


しかし、十秒はなかった。男は十秒を待たなかった。

「ねぇ、表示が薄いですね? それは沈黙よりもはっきりとした表示じゃないですか? ならば、死ですね? そうでしょう」

そう一言呟いて酷くがっかりした表情で、男は指を鳴らしたのだった。

――――一瞬で村長の息子は消し飛んだ。僅かな赤い火と全てを滅ぼすような白と共に。

本当に一瞬だった。人間が夢から覚める時のような気軽さだった。

村長の息子を消し飛ばした男の顔は何気なく、ただ、自分のしたことに目を逸らすでもなく、受け入れるでもなく、当たり前の権利を主張して行使した顔だった。


僕は急速に血液が沸騰して湧き上がっていく感覚に身を任せて、鍛えた足腰を存分に発揮し、男を殴った。顔面を。吹き飛ばすように――――殺したい。

直撃だった。男の首は捻じれて半開きの口からは涎よりも血が垂れる。

自分の骨にまでビリビリと伝わってくる重い感触が残る。

だけど、それでは飽き足らず、起き上がった男をもう一度捉えようとして、


「ねぇ、それがあなたの表示ですか? 闘う意志があなたの表示ですか? それは反撃をされることを承知していますか? そうでしょう」

起き上がった男に影を地面と縫い付けられたようにぴたりと止められてしまった。

何かをしているわけでもない男に。もう二、三撃で完全な勝利が確定するような血だらけの男に。


妙な威圧感。ぐっと戦意を押し込むかのような青い目。気味が悪い強迫観念にかられる空間。

吐きそうだ。動悸がどんどん速くなって視界は溶けていく。

なんとかして僕は男の種を暴こうと必死になった。躍起になった。


――――ねぇ、答えは簡単ですよ、教えてほしいですか? 聞きたいですか? それがあなたの表示なのですか?

天啓にしては最悪な目の前の男の声が降ってくる。それでも、聞かないわけにはいかない。

この状況を打開するために。この男を倒すために。


「ねぇ、答えは殺気です。そうでしょう」

僕はものの見事に能力にはまったのだ。幻覚系の魔法ならば鍛えた肉体を使って無理矢理動けると思ったのだが、どれだけ力を全身に込めても空回りするような感覚を受けて眉一つ動かない。


そんな僕を見て、男はさらに有頂天になりながらさっき殴られた痛みなんか忘れたかのように、激しく仰々しい手振りをしながら近づいてくる。

「ねぇ、どんな気持ちなのですか? 悲しいのですか? 悔しいのですか? 答えてくれませんか? 無視されるのは寂しいのですよ、そうでしょう」


「ねぇ、だんまりですか? 喋りたくないのですか? 沈黙が好きなのですか? それとも……さっきの哀れな子供みたいに何の表示もせず、死にたいのですか? そうでしょう」

男が着実に一歩ずつ踏み込んでくる。その顔は悪意に歪んでいて、死刑宣告を与える死神と良い勝負ができるほどに真っ黒だった。


別にお前の言いなりになりたいわけじゃないさ、ただ動けないんだ。

それに表示ってなんなんだ? さっきからこいつ、何回も何回も。

動きたくても反論したくても殴りたくても、この状況を打開したくても何もできない。

時が、空の雲が、男の足音が、迫る。

そして、同時にチャンスも迫る。


「ねぇ、聞いていないのですか? ということは、死にたいのですか? 表示もないですし、仕方がないですよね? そうでしょう」

男が目の前、約三歩分の位置にまでやってきた。

――――この距離なら行けるかもしれない。『真名』は一文節しかないけれど。

でも、この一撃は外すわけにはいかない。もう少し、せめてあと一歩近づいてくれれば……。

大丈夫、お前は短気なはずなんだ。村長の息子を殺した時もそうだった。

だから、確実にもう一歩を踏み出すはず。


「ねぇ、最後の質問です。死にたいのですか? さっきの哀れな子供はまだ、震えとか怯えとかの表示をしていましたよ? まさか、あなたは表示すらできないのですか? そうでしょう」

男は一言一言質問を重ねるたびに、怪訝な――いや、失望した顔になっていく。

最後には一回だけ手を挙げて頭を掻いた。男的には困ったという意思表示だったらしい。

その後、わずかばかり半歩だけ足がずれた。男がこちらへと踏み出した。


――――僕はただ、祈りながら自分の『真名』が男の能力に打ち勝てることだけを信じて唱えた。

光が見えた。しっかりとした意識を取り戻す。体が動く気がする。いや動く。

「ねぇ、『真名』は使わないのかい? そうでしょう」

ああ、言われなくても使う気だよ。使わないわけがない。


――――「僕は英雄の力を持って、主人公の力を持って、勇者の力を持ってお前を打ち倒す。『真名:courage(勇気)』」


『真名』。全ての人間が親から平等に与えられるたった一つの異能の力。魔法とは違う超能力。

僕の『真名』はたったの一文節しかないけれど、それでも絶大な力を誇る世界の法則。

現実を書き換える、誰でもお話の主人公になれる一言。

だから、だからこそ、この世界は名前がすべてを決める。


『真名』から魔力が大量に溢れ出る。包み込むように、護るように。

そして、『真名』の通り、僕は恐怖を克服する『勇気』を手に入れた。

だからもう、すらすらと喋れるし、殴れる。


「ねぇ、僕は死ぬなんて真っ平御免だ。違うかい? だから殴る。暴力で自分の身は守らせてもらう。暴力、抵抗が僕の表示だ。そうでしょう」

そう僕は男の口癖に則って、全速力でありったけの力を込めた拳をみぞおちに放った


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