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名前がすべてを決めるこの世界  作者: たらたらこ
プロローグ 2 冬~新しい『北極星』
2/12

暗い朝の日

短かったです、すみません

――――朝日がゆっくりと差し込む。寒さで凍えた僕の体を溶かすようにして。

吐く息がきらきらと固まって白くなる――――室内なのに。


恐ろしく寒い。当然だ。僕の住んでいる〈アンファングの村〉では、今の時期、冬は華氏14℉まで落ち込む。

ただ五時ごろに農業が始まってから三時間ほどしかたっていないことを考えると、まあまあ妥当な体感気温ともいえる。


寝起きで全く機能しない脳みそを使って、解きほぐすように思案しながら体に力を入れる。

僕は究極的に寝相が良いのだ。一度眠ったら死んだように動かない。

だからこそ、朝が弱いのだが、今日はお母さんに起こしてもらわずに起きることが出来た。

進化かもしれない。たまたまだろうが。


……そうだ、農業。今日は僕が朝ご飯の準備当番だったんだっけ。

今、お父さんが鋭く突き刺さるような寒さの中、畑仕事をしていることを考えると、ぬくぬくと毛布の中で包まって「寒い」なんて言っているのはひどく罪悪感が湧いてくる。


しかし、不思議なことに農家の村ならぬ静けさが漂っていた。

鍬で土を耕すときの澄んだ音も重たい水を運ぶ時の騒がしさも、朝の支度をする人々の生活音さえも聞こえない。


不気味ではある。でも、まあ、そういう時もあるだろう。


「そろそろ朝ご飯の準備をするか」

僕は冷え冷えとした虚空に投げかけるようにして起き上がる。


二着しかない毛皮服のうち、お気に入りの朱色を纏って扉を開ける。

いつものように。少し立て付けの悪い扉に悪態をつきながら。


けれど、昨日でいつもは終わっていたんだ。

なんて言ったって全てを失ったのだから。


   *

朝ご飯を作るために台所に向かう。と、その前に外に出て井戸まで水を汲みにいかなければ。

僕は二度手間を回避するために玄関から足を踏み出す。


室内では吹くことのない風が体に当たって一層の冷たさを感じさせる。

それと同時に、その風によって運ばれてきたであろう山の獲物を捌いた後の血なまぐささが垂れ流されてきた。


「お隣さん、今日は猪か、いや鹿か? いやいや、贅沢に二つとも入った山鍋なんて……」

勝手に人の家の晩ご飯を想像して涎を飲み込んだところだったが、よく考えたら朝ご飯すらまだなのだった。

まあいい、お隣さんの晩ご飯が猪か鹿かは、井戸前で捌いているところを見れば良いか。


それに、まだ、人っ子一人すら出会っていない。

いくら朝とはいえ、おかしいし怪しい。

僕はお隣さんの晩ご飯が気になったことにして足を速めた。


   *

井戸前に近付く……が、しかし、流石に、今日の朝に感じた怪しさは確信に変わっていた。

何か非常事態が起きている事への。


なぜなら、血なまぐさい臭いが確実に一匹の獣の量じゃないことからも、村中が無音だということからも、人の気配を感じないということからでもあった。

ただ、この推測通りならばお父さんもお母さんも、お隣さんのお兄さんも、村長も……。


みんな死んでいることになる。

そして、僕は自然に早まった足で井戸に通ずる道を駆け抜けた。

そして、曲がり角を曲がって。

そして、顔を上げて。異臭を捉えて。

そして、そして、目を開けて……。


血が白漆喰の壁にべっとりとこびりついて垂れ続ける。

肉片、肉塊、人肉そのことを象徴するように腕の皮が、白い皮が真っ赤の海の中に浮く。

肉は重なり合って、いや、庇い合うように存在して、体温があったことを明確に表す湯気、蒸気があがる。まだ、ほんの三十分も経っていないだろう。


やっぱり、何度瞬きをしても、頬をつねったとしても、現実は動かなかった。

見たくない、それだけが壊れたテープのように口から漏れ出す。

僕は鼻に付く鉄錆を温めたような臭いが強制的に視界の得る情報と混ざり合って吐いた。


そして、胃袋の中身が全て無くなってしまって、かわりに言葉が吐いていく。


ひたすらに、なにもかもをわするように、にげるように、たたかうように、とけるぐらいに、ひっしに、なんども、くりかえして、さけんで、さげんでああ、ざげんで


「ざあああ、あぁぁっあ、なんで、……ああああああ。なんで? なんで?」

なぜ、なぜ、なぜ、それだけが僕の脳内を、感情を席巻した。

狂うように、重々しく、何度も受け止めて、反芻して、思考しても――――答えは出なかった。


ただ唐突に、僕の意味のない思考を切り裂く一声が聞こえた。

子供特有の甲高い声で、張り裂けるほどに叫んだことが分かる端的な一言が。

「――――助けて!!」


僕は考えることから逃げ、全速力でその声のもとに向かった。

もう考えたくなかった、何もかも。

だから、僕はその声が意味する事すらも考えずに、ただ走った。


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