アークトゥルス
「わかった。けれど、僕が君についていったら、メルさんたちはどうなるんだ?」
「どうしてほしいのですか?」
質問を質問で返してくる。でも、この場合は僕の要望をなるべく尊重するということだろう。
「じゃあ、まずリーさんたちの意識を回復させること。それに、山賊たちを引き下げること」
「分かりました。ただ、引き下げるのはそこの商隊の荷物を全部奪ってからでよろしいでしょうか」
確かに、山賊たちがわざわざ商隊を襲ってまで手に入れた荷物を捨てるとも思えないし、無理矢理に諦めさせたりしたら反抗が起きるのは当り前だろう。
ここは申し訳ないが商隊、特に商人には害を被ってもらおう。
メルさんは僕と黒服の男とのやりとりを聞き終えてすぐさま、リーさんたちに駆け寄っていく。
と、同時にレンも走り出しながら魔法の詠唱を始める。このタイミングで魔法を発動するとは、世にも珍しい回復魔法を持っているらしい。
「しっかりして、今、拘束を外していくから」
「大丈夫ですか! リーさん」
レンの掌から回復魔法固有の赤の魔力線が男三人を包み込んで血流のように広がる。
それを見て山賊たちは何かコソコソと囁いている。何かを企んでいるんだろうか?
(……『ポラリス《北極星》』より、能力:聞き耳を使用しますか? ……)
なんだそれ、能力なんていうのは初めて聞いたぞ。
(……『ポラリス《北極星》』より、能力とは一定以上の経験を積んだ際に得られる技術の総称です。能力は繰り返し技術を磨くことによって成長します……)
じゃあ、僕は聞き耳が発現してもおかしくない回数、耳を使ったのか?
(……『ポラリス《北極星》』より、防衛機構は最低レベル位置する全ての能力を自動的に習得します……)
嘘・・・だろ。初めて知ったぞ、それ。そんな力があったなんて、もっと早く言ってくれれば人助けに『星の二つ名』を乱用しなくて済んだかもしれないのに。
「なあなあ、俺らの雇い主さ、そろそろ裏切った方がよくね。だって、今だって雇い主の言うこと聞いてるせいで、あの美人な女逃してるだろ」
「そうだよな、雇い主は指示ばっかり出す癖に姿すら俺たちに見せないし」
「そうそう、あの黒服がいっつも俺らに無茶苦茶ばっかり言うんだよ」
「強くなさそうだし、黒服を殺してみるか? 今なら金も女も奴隷も手に入るぜ」
「でも、そういってやられた奴がいるって話じゃんか。確かに、噂が立ち始めた日以降、二人ぐらい姿を見ないやつがいるぜ」
「じゃあ、黒服があの客人を連れて行ったら襲うか」
その一言で山賊たちは意見を一致させ、薄く笑っている。
僕は黒服の男についていく条件で譲歩を引き出したので、ついて行かざるを得ないのだが、物凄く心配だ。どうしようか。とりあえず、
「あの執事さん、一瞬だけリーさんたちの容態を確認してもいいですか? どうしても気になってしまうので」
「いいですよ。ただ我が主が待たれていますので、なるべく早くお願いしますね。……それにしても執事ですか、言い得て妙ですね」
最後の方は何を言っているのかよく聞こえなかったが、聞こえないほどの呟きなら特に重要ではないのだろう。
ただ、あまり時間はかけられないので短く言葉を頭の中で纏めながら、介護をするメルさんたちに駆け寄る。そして、小声で
「山賊たちが僕と黒服がいなくなったら、襲ってきます。気を付けてくださいね、特に奇襲に」
そのことを聞いて、メルさんとレンは顔を歪ませて怒りをあらわにする。
「わかりました。メルさん、僕は回復魔法に専念するので反撃お願いできますか?」
「もちろんよ。その代わり、なるべく早くリーとソヨとシルの意識を回復させてね。反撃も長くはもたないと思うから」
どうやら何とかなりそうだった。それに、もし、メルさんたちが危機に瀕しても僕が『星の二つ名』を使えば世界は僕中心に廻る、全てが都合よく進んで少なくとも最悪の結果は回避できるだろう。
そう思いつつ、リーさんとソヨさんとシルさんの三人の体温を確認し、命に危機が無いことを確認する。
「終わりました。では、付いて行きますよ」
「では、こちらです。夜の森を抜けますので足元には十分に気を付けてください」
そう言ってからゆっくりと黒服の男は歩き出す。暗く不気味な森に吸い込まれていくように。
僕もその足取りを見失わないように森へ入り込む。
冷たく不気味な空気が肌を撫でてすーっと意識が研ぎ澄まされたように感じる。
……僕も黒服の男も一切会話が無い。いや、それが当たり前なのだが。
それにもう既に十分ほど山に向かって登りながら歩いているのだが、まだ、たどり着かない。
もしかして、騙されたのだろうか? もし、そうならかなり危険な状態にある気がする。
なぜなら、目の前、十数歩先を歩く黒服の実力は未知数だし、僕の『星の二つ名』も発動までに詠唱が必要で即座に敵の攻撃に対応することは出来ないからだ。
と、色々、心配していたのだが、実際には黒服の男が不自然な動きすら見せることなく、洞窟の前までたどり着いたのであった。
星明かりが薄く洞窟の入り口照らして、輪郭を丁寧に浮かびあがらせる。けれども、奥までは光は届かないようで全く見えない。
「ここからは真っ暗ですが、あしからず。我が主は恥ずかしがり屋なので。ただ、最奥の主の部屋には、流石に明かりがありますので心配せずについてきてくださいませ」
その言葉に頷いて返事をし、真っ暗な洞窟に躊躇いなく入っていく黒服の男に離れすぎないようにする。もし、距離があいてしまったら、この暗闇の中では身動きが取れないだろう。
それに、最奥の部屋と言ったということは他にも部屋があるだろうし、他人に見られてはいけない部屋なんていうのもあるだろう。それを見てしまってバッサリなんて想像に容易くない。
だから、余計に迷子になるわけにはいかないのだった。
こつん、こつん。軽い数多い足音が何重にもなって響く。
目の前の黒服の男はいきなり止まって(暗闇の中なので先が見えず、扉が見えないというだけなのだが)一礼してから、壁――――もとい、重厚な扉にノックをする。
「主様、お客様をお連れしました。扉を開けてもよろしいでしょうか?」
……。反応はない。
「…………。入って」
恥ずかしがり屋というのは本当みたいだ。
黒服の男が丁寧に押し扉をゆっくりと開けて部屋の中へ入る。
僕も遅れないように恐る恐るだが、部屋に足を踏み入れた。
――――そこは幻想的な空間だった。
間接的な光が漂っていて赤の絨毯が不思議と強調されていた。
けれど、一番幻想的なのはぽつんと置かれた玉案に向かい合って座り、こちらに視線を投げかける銀髪の少女だった。
子供だ、確かに子供だ。でも、僕の勘は子供だと思ってかかると痛い目にあうと激しく訴えている。
肩までしかない銀髪と整った童顔、大きい目、明らかに少女だ。しかし、椅子に腰かける姿は長年、王座に就いていた老獪のような振る舞いだった。
銀髪の少女が僕のことを射貫くように見つめながら、実力を見極めるような視線を注ぎながら、口をゆっくりと開く。
「…………、わたしは『アークトゥルス《熊を護るモノ》』。あなたはわたし達と同じように『星』に気に入られた存在」
そこで一旦、区切って少女は息を吸う。恥ずかしさから緊張しているのかもしれない。
「…………、わたし達から要請します。葉の月の『星宮』に参加しなさい。場所は……そこの執事が持っている地図に書いてある」
「拒否は出来ないんですか? 何が何だか一切分からないですし」
これは本当だった。もう彼に『二つ名』を与えられてから二年、放浪していたが情報が集まって来たのは最近だし、『ポラリス《北極星》』の防衛機構が饒舌になってきたのも最近のことだった。
「…………、拒否したら『星宮』全体、『星の二つ名』持ち全員を敵に回したことになる。それでもいいなら」
拒否することは出来ないようだった。
そして、僕は何も気づいていなかった。
『星の二つ名』の危険性も。この世界の危うさも。憧憬であり続ける君との距離も。
そう、ここから物語は加速する。
ここから一気に物語は広がる予定です。
でも、暫くは世界観説明会が多いので話数が伸びるかもです。




