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名前がすべてを決めるこの世界  作者: たらたらこ
第一章 春~人助け編
10/12

常識を知ろう

かなり遅くなってしまいました。

一応言い訳をさせて頂くと、熱中症→夏風邪→熱中症という地獄に掛かってました。

皆様もお気をつけて。

「へへっ、はあ」

どんな気持ちから生まれたのか理解できない笑いとため息が漏れる。

この感情は怒りか悲しみか空虚か絶望か。まあ、そんなところから生まれたはずだ。

だから、負の感情が僕の胸の内も脳も心も体も支配するはずだった。

けれど、だけれども、僕が抱いた感情は楽しさ。だって、

「ははっ、へへっ、ひひひひヒヒヒ、ふっふふ。あーあ。ああーあ、っは」

笑いしか零れて落ちてこなかったのだから。


虚しさ、切なさ、空々しさ。笑顔、楽しさ、喜び。二つがぐるぐると何度も何度も混ざり合って、滑稽な笑い声と表情が漏れだしていく。止まらない。

僕は悲しいのだろうか? ――――涙は一滴も流れないけれど。

僕は怒っているのだろうか? ――――口からは笑い声しか生まれないけれど。

僕は何かを失ったのだろうか? ――――いや、何も失ってはいない。

じゃあ、なぜこんなにもしんどくて辛くて厳しくて、疲れるのだろう。


「大丈夫か? どうした? なぜ、君は泣きそうな顔で繰り返し笑い続けているの! しっかりして!」

何も知らない、知るよしもないメルさんが不安そうな顔で僕の顔を覗き込む。

不安になって当然だろう。いきなり目の前の人間が情緒不安定になってしまったら。

けれど、僕にはそんなことを気にする余裕なんて一つも、微塵もなかった。


……。どうしようもないほどに、手が付けられないほどに心が荒んで綻んでいく。

(……『ポラリス《北極星》』より、精神防御の大幅な低下を確認……)

(……『ポラリス《北極星》』より、自動精神回復プロセスを実行……)


永久凍土のようにかっちりと動くことなく固まってしまった心をゆっくりと溶かす、温かいイメージが流れ込んでくる。

じわじわと荒んだ心を耕すような丁寧に心を再構築されていく感覚。


(……『ポラリス《北極星》』より、精神防御が規定値まで回復……)

(……『ポラリス《北極星》』より、この値を維持します……)

メルさんあっけに取られた表情で僕の顔色の移り変わりを見ている。

……っち。やっぱりこうなったか。いつも通りだ、この『ポラリス《北極星》』の立ち振る舞いは。多分、この『星の二つ名』は僕を護ることに重点を置いているに違いない。

それが良いのか悪いのかは分からないけれど、人間としては夢が、憧憬が否定されて何も思わないのはおかしいだろう。

やけに冷静になった思考の中で、『ポラリス《北極星》』に毒づく。


滝は永遠に流れ続ける。けたたましい音を立てて。


「もう、大丈夫です。立ち直りましたから」

「それよりも、『二つ名』って何ですか? 教えてくれるんでしょう?」

わざと陽気に振る舞ってメルさんの、というかこの空気を追い払おうとしたのだが、メルさんの気味悪いものを見るような目からあまり効果のないことは明らかだった。

それでも、僕はメルさんが折れるまで陽気に振る舞い続けた。鼻歌まで演じて。

その結果、渋々というよりかは、余計に気味悪さが増した僕を見てられないと表情のメルさんは語り始めた。


「……気になるけどしょうがないか。『二つ名』」っていうのは『真名』の同じ法則性を持った超能力のことだよ。ふつう、『真名』よりも強力で文節の制限はない。その代わりに『二つ名』自身が能力の効果を完全に表しているね、名は体を表すってこと。分からないところは?」

「文節の制限って何ですか? それに超能力と魔法の違いって?」

こう考えてみると、僕は何も知らないらしい。『真名』のことも、『二つ名』のことも。

いや、『二つ名』に関していえば、常識のことは知らなくてもこの『ポラリス《北極星》』のことはよく知っている。

別に僕が勉強して知識を得たわけでもなく、ただ勝手に『ポラリス《北極星》』の防衛機能とやらが、アンファングの村から逃げ出した時の晩に教えてくれただけだけど。

一緒に常識だって教えてくれてもいいじゃないか……と思わないこともない。


(……『ポラリス《北極星》』より、そのような機能は実績解除(アンロック)されていません……)

なるほど。聞いたら一応は答えてくれるのか? 出来る出来ない、分かる分からないはさてとして。

(……『ポラリス《北極星》』より、高度な受け答えには圧倒的に情報量が足りません……)

ふーん、話し相手にはなれやしないし、防衛機構以上の役割として機能させることも難しいわけだ。

物凄く宝の持ち腐れ感のある『二つ名』だな。

そんなひと段落したやり取りと一緒になるようにしてメルさんの説明が続く。

僕の発言に呆れを通り越して素直に驚いているのか、かなりの声量で。


「文節!? ええ、文節も分からないのか。えーっと、人によって付けられる『真名』の長さは決まっているわけ。才能のように。私なら六文節、つまりは六単語と付属語の組み合わせで『真名』が出来ているの。『真名』は他人に対して秘密にするものだから君にも言えないけれど、まあ、一般的には三文節くらいが多いかな」

……。僕は確か一文節だったよな。『真名:courage〈勇気〉』だし。

それに勇気ってよく考えて見れば、恐怖に打ち勝つ力であって身体強化とか超人化とするわけでもないので自分の基礎能力から一個も、何一つ変化しないよな。


なのに、よく、あの表示男に立ち向かったよな。如何にあの時の僕が何も考えていなかったのかが分かる。それに勇気には蛮勇っていう言葉もあるんだったっけ。

ただ、一つだけ疑問に思うところがある。それはなぜ『星の二つ名』が忌み嫌われているのかってことだ。

そんな僕の疑問に答えるようにメルさんは口を開く。でも、なぜ思考がばれたんだろう。

まあ、浅はかな思考と言えば浅はかなのだが。


『ポラリス《北極星》』曰く、メルさんが先に魔法を唱えていただけらしい。

確かに意識すると、脳内に不可視の手がすり抜けていくような不思議な感覚を見つけることが出来る。

(……『ポラリス《北極星》』より、脳内干渉は中級魔法:覗心読心(サイコメトリー)の魔法、思考可視(ソート・ビシブル)……)

(……『ポラリス《北極星》』より、悪意並びに害意を感じないため中層思考までを公開……)


「ああ、『星の二つ名』が忌み嫌われている理由? そんなのはほぼほぼ星教の都合と、あとは他の『二つ名』に比べて強力な超能力が発現する可能性が高いことかな」

メルさんは至って当たり前のことを子供に諭すような口調で語る。

「別に強力な超能力が悪いってわけじゃないよ。ただ、超能力が強力であればあるほどその人が精神的外傷トラウマを持っているとか、解離性障害(DD)だったり、ただ単に性格がひねくれていたりするだけの場合もあるけど、どこか触れていることが多いわけ」

「例えば、『星の二つ名』持ちは口にするのも憚られるが、『シリウス《天狼》』なんかは本当に狂っているらしい」

なるほど。『シリウス《天狼》』が誰かは分からないけど、今後、同じ『星の二つ名』持ちとして合う確率は非常に高い。だからといって、何かが出来るわけじゃないし、会う時は気を抜かないことを徹底するしかないだろう。


「ありがとうございます――――」

僕は言葉を続けようと思ったのだが、どこかメルさんの様子がおかしい。

ちょっとした考え事をするような姿勢で、けれど顔は難しい顔というよりかは何かを訝しむような顔だった。

(……『ポラリス《北極星》』より、甘混感乱魔法シュガー・フィーリングの展開を確認……)

(……『ポラリス《北極星》』より、追加。他三人、名称リー、ソウ、シルを狙ったものと推定……)

うん? それってやばくないか?

(……『ポラリス《北極星》』より、累加。他三人とは別に大人数への干渉を確認……)


「……君。戻るよ、もしかしたらだけど、何か良くないことが起こっている気がするから」

かなり強めな口調からメルさん自身は何かが起こっていることを理解しているようだが、僕を慌てさすまいとして冷静を装っている。

この雰囲気から見るに僕よりも詳しいことを把握しているな。

「分かりました。来た道をよく覚えていないので先に行ってくれませんか?」

その一言を聞いて今にも走り出しそうなメルさんは、予想通りに

「全力で走るけど、ちゃんとついてきてね」

と、呟いて、腰を低く、足を遠くまで放り出すフォームで駆けだしたのだった。


陽はもう既にほとんどの威光を失っている。もうすぐ夜だ。


――――森の中へと入る。同時に一気に視界が暗くなる。

ひんやりとした空気が筋肉の熱に当たって、少し寒く感じる。草が纏う露が撥ねる感覚。

目の前の全力疾走で森の茂みや木の根を躱すメルさんを見てやはり只者ではないと思いつつも、自分の足運びを注視して走る。


森を抜ける妖しい風が甘い香りと血の臭いを運ぶ。もう、だいぶと近いようだ。

メルさんもそのことに気付き、走りながらも左手に魔力を溜める。ふつうは見えないくらいに薄い魔力が青白い光として現れていて、かなりの大魔法を使う気だろう。

これなら僕の出る幕はない。


陽で僅かに蒼に染められた空の端が、十五メートル先くらいの森の終わりから覗く。

甘ったるい香りは徐々に強くなっていき、意識を侵し始める。

先導してくれているメルさんは森を抜けた。続いて僕も森を抜ける。

一気に視界は広がって、ある程度は状況を把握することが出来た。


――――目の前には斧や剣、槍などで武装した革縅の山賊たちと、気絶して捕まっている男三人衆、一人で杖を構えて抗っているレンと、血を出して倒れている商隊の人たちがいた。


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