第94話 三人一組
結果的にウィスパーには辛い役割を押し付けることになってしまった。
だけどばらばらになって私達の知らないところで死んでいくよりは随分マシな結末になったと思う。
まあ一言で言うなら男なんだから我慢しろってこと。
男には自分に非がなくても詫びなければならない時があるのだ。
リンとウィスパーの決定的な決裂を避けることが出来た私達はこれから三人で行動を取ることになる。
もしかしたらウィル達と合流したほうがいいのかもしれないけど、正直こっちも向こうもそんなことは望んでいないように思う。向こうからしたら丁度良い厄介払い。しかも、今回獲得した素材の分配を少なく出来るって言うんだからまさに渡りに船だ。
死んでいるかもしれない私達をわざわざ待っているとは思えないし、合流はほぼ絶望的な状況だ。
まあレオンのことが唯一気がかりではあるけど、別に無理して会いたい訳でもないし放置で良いだろう。それより問題なのが……
「せめて食料くらいは預かっていて欲しかった……」
全ての持ち物がウィル達の側に集中しているってこと。
分配金すら受け取れないってのはもうこの際我慢する。
途中から入った私と奴隷だったリンには元々存在しない金だしね。ウィスパーの懐が痛むだけだ。
だけど食料だけは別だ。
この迷宮では金なんかよりもよっぽど重要なんだから。
「はあ……」
「……仕方ないだろ。そんなこと気にしている場合じゃなかったんだから」
これ見よがしに溜息をついてやると、ウィスパーはフードの端を掴んでそう弁解した。
まあ、確かに状況的には私と大差なかったわけだしウィスパーだけに責任を押し付けるのもどうかと思う。だけどなあ……
「私は血を飲めばそれで済むから良いとして……リンが心配だよ」
「……俺の心配は?」
「はあ……どうしよう」
「俺の心配もしてくれよ……」
隣でウィスパーが何か言っているがとりあえず無視。
リンは血を失っていたからその分を取り戻すためにも今はしっかりと食事を取る必要がある。
私のスキル『再生』とリンのスキル『回復』には明確な差異がある。
どちらも魔力を消費して傷を治すことには変わりがないのだけど、その方向性が若干違う。私のは直接肉体の損傷を修復する能力だけど、リンの場合は元々持っている自己治癒能力を強化するイメージだ。
つまり肉体の欠損や内臓器官の修復までは行われないって事。
ついでに血の増量もね。流れ出た分の血はそのままリンの体力を奪う枷になっている。いつもより青白い顔をしているように見えるのも私の気のせいではないだろう。
「流石に虫を食わせるのは心が痛むしなあ……何か良い手はない? ウィスパー」
「お前の手足でも調理して食えば良いだろ。どうせまた生えてくる」
「……え? な、何か急に当たり強くない? 私、何かした?」
深く溜息をついて頭を抑えるウィスパー。
「あれだけ身分差別に対して反抗的だったのに、本人は思いっきり男女差別してるやがる……酷い理不尽を見てしまった気分だぜ」
「ねえウィスパー、話聞いてる?」
「はいはい。聞いてますよ。これから食事をどうしようかって話だろ? 実際問題、そこら辺の魔物を調理するか、それこそ虫でも食って生き延びるしかねえと思うぞ」
「やっぱりそうなるよね……」
「とにかく今日はもう休もう。色々あって疲れたからな」
「とはいっても寝床すらないんだけどね」
「雑魚寝で我慢しろ。ほら、リンもあと少しだから頑張れ」
貧血のせいか若干足元が覚束ないリンの手を取るウィスパー。
リンはウィスパーに任せても良さそうだ。
「おいルナ、どこに行く?」
「食べられるものを探してくるよ。私はまだまだ疲れてないし、二人は先に休憩してて。何なら寝てても良いからさ」
「……分かった。だがそれならせめて血は吸っていけ」
「いや、今の状態のリンからは流石に吸えないよ」
「いや、普通に俺から吸えば良いだろうが」
「え……ウィスパーの血を飲むの?」
「何で嫌そうな顔なんだよ。ちょっと傷つくだろうが」
袖をまくって準備万端と言わんばかりのウィスパー。
吸血鬼相手に血を差し出そうとするなんてなかなかの度胸だ。
その心意気だけは買ってやりたいけど……
「正直男の血はなんかまずくて嫌なんだよね」
「そうなのか? 確か昔読んだ文献だと吸血鬼は異性の血を好んで飲むと記憶しているんだが」
「んー、体感的にはむしろ女の子の血のほうが美味しいかな。というかウィスパー、昔の記憶あるの?」
「俺が失ったのは記憶だ。知識じゃない」
「……どっちも同じじゃない?」
「全然違う」
よく分からんけど、ウィスパーの中では明確な違いがあるらしい。
確か記憶っていろんな種類があるって聞いたことがあるし、もしかしたらウィスパーが失ったのはエピソード記憶とかって呼ばれる部類のものなのかもしれない。
「……いつか取り戻せると良いね。記憶」
「ああ。そう願うよ」
くいっ、と腕をこちらに向けてくるウィスパー。
私は仕方なく吸血して狩りに向かうことにした。
「30分くらいで戻るようにするよ」
「分かった」
私はそうして二人を残し、迷宮の奥へ。
最近は特に意識していなかった食糧問題に再び悩まされることになるなんてね。困ったもんだよ。
どっかに丁度良い魔物がいてくれれば良いんだけど……
迷宮の内部を探索しているその途中のことだった。
「…………ッ!」
ズキリ、と唐突に頭を走る激痛。
まるで金槌で殴られたかのようなその衝撃に立っていることすら難しい。
これは……まずい……!
「が、あ。ああっ……!」
痛い……頭が割れるように痛いッ!
何だこれ……こんなこと今まで……くそっ!
「一体……なんだってんだ……」
揺れる視界の中、精一杯の悪態を漏らす。
そうして一分、二分と経つごとに次第に痛みは消えていった。
「…………ふぅー」
深呼吸を一つして、立ち上がる。
動くことすら儘ならない激痛だった。
こんなこと今まで一度もなかったのに……急にどうして?
「まさか獅子王の反動か? それか魔力を使いすぎたせいか……」
心当たりを探し、そしてすぐに諦める。
考えたところで答えなんて出るはずがない。
単に疲れているだけかもしれないしね。
今はとにかく狩りを急ごう。リンの為にも。
「よし……行こう」
私は自分を鼓舞して歩み始める。
僅かに残る不安の種を胸の奥に仕舞い込んで。




