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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第2章 迷宮攻略篇

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第92話 土蜘蛛決戦③

 リンは私の眼前で短刀を取り出すと、そのまま土蜘蛛に向け一直線に駆け抜けた。

 そして……


「ふっ!」


 跳躍と共に体を捻り、勢いそのまま土蜘蛛の眼球を切りつけるのだった。

 気色の悪い血飛沫が上がり、土蜘蛛の攻撃が一旦止まる。

 その隙に私は体の回復。同時に蜘蛛糸で作られた殺陣から脱出し、リンの元へと駆けつける。


「リンっ!」


 死に掛けていたあの体でまともに動けるはずがない。

 私は焦りに突き動かされるまま、リンを助けるために走り向かう。

 だが……


「はあっ!」


 土蜘蛛の攻撃をかわし、逸らし、受け流しながら地上に舞い戻るリンの動きは今まで以上の精度を持っていた。到底、死にかけていた人間の動きには見えない。

 一体……どういうことだ?


【リン・リー 獣人族

 女 8歳

 LV16

 体力:416/416

 魔力:172/172

 筋力:220

 敏捷:415

 物防:128

 魔耐:86

 犯罪値:52

 スキル:『黒狼』『五感』『俊敏』『気配感知』『回復』『剛力』『俊足』】


 気になってリンのステータスを鑑定してみてびっくり。

 以前に確認したリンのステータスとはまるで別人のようなステータスがそこにはあった。というかスキルまで増えている。前は『五感』『俊敏』『気配感知』しかなかったのに……増えたのはどうやら全部ステータス強化形のスキルのようだ。

 まさかいきなり習得したはずもないが……一体何があった?


「リンっ!」


 土蜘蛛の近くから離脱したリンに駆け寄ると、リンもこちらと合流しようと近寄ってきた。


「伏せてっ!」


 背後から土蜘蛛の蜘蛛糸が見えたので、リンとすれ違うように立ち位置を変えた私はそのまま月影で全ての糸を弾き飛ばす。

 そうして無事に合流した私はまず、何があったのかリンに問いかけた。すると……


「ウィスパーは私が抵抗できないよう、幾つかの防護策を取っていた。その一つが奴隷紋に刻まれた身体能力の制限。それをさっき解放してもらったの」


「ウィスパーが……」


 そこで私はウィスパーが何をしようとしていたのか、その全てを悟った。

 あれだけ反対していたのに、自分からリンを奴隷から解放するなんて……ウィスパーは本気でリンを助けようとしてくれていたんだ。


「それで、ウィスパーは?」


「魔鉱石の残りも少ないから奥で待っておくって」


「……そこで援護にでも来てくれれば最高に格好良かったのに」


「来ても出来ることなんてない。むしろ、足手まとい」


「まあ、そうなんだけどね。それでも男としての意地はないものかと」


「男の意地なんて下らない。そんなものの為に命を捨てるなんて馬鹿げてる。ルナもそう思うでしょ?」


「え? あ、あー……う、うん。そだね」


 まさか男の意地でこんなところまで出しゃばった馬鹿がここにいるなんて言えない。

 それこそ男の意地の問題だ。


「ならさっさと片付けてウィスパーを保護しにいきますかね。土蜘蛛以外にも危険な魔物はいるわけだし」


「うん」


 お互いに視線を向け、小さく笑みを交わす。


「リンは左から、私は右から攻める」


「分かった」


 指示を出すと同時に私達は駆け出す。

 リンの身体能力は吸血モードの私に匹敵している。

 体の傷もある程度回復しているみたいだし、そこまで心配しなくても大丈夫そうだ。


(……一体何なんだろうね、この気持ちは)


 土蜘蛛の糸を回避しながら、私は胸中を満たす温かい感情を自覚していた。

 今までずっと私は独りだった。

 生まれてからずっと誰にも語ることの出来なかった私の秘密。いくら外見的に見分けがつきにくい種族とは言え、違和感を持たれればそれで終わりだ。


 ずっと私はその恐怖と戦い続けていた。

 自分が吸血鬼だとばれるその恐怖。

 自分がこの社会に存在してはならないと告げられるその瞬間が怖かった。

 家族にも友人にも先生にも誰にも話すことの出来なかった私の正体。


 だけど……今、私の心を満たしていたのは喜びだった。

 こんな窮地においてなお、思わず笑みが浮かんでしまうほどに。


(今回のことが例外だってのは分かってる。リンも私と同じ別種族だからこそ、共感できる部分があったってだけだ。これが他の人間ならこうはいかない。そんなことは分かってる)


 だけど……もし、もしも許されるというのなら。

 私は手を伸ばしても良いのかもしれない。

 他の誰かに、歩み寄っても良いのかもしれない。


「ルナっ!」


 声と共にこちらに差し出されるリンの手のひら。

 私は僅かに逡巡し、そして……


「リンっ!」


 リンの手のひらを、しっかりと握り締めるのだった。

 瞬間、ぐいっと強く引っ張り上げられる感覚。土蜘蛛の上まで先に上っていたリンは私を同じく土蜘蛛の頭上まで連れてきてくれたのだ。

 ここまで来れば後はもう簡単。

 土蜘蛛の視界に入らない頭上から、私は渾身の魔力を右手に集め収束を開始する。厄介な糸も脚も届かないこの場所でなら、たっぷりと時間をかけて練り上げることが出来る。


 イメージするのは槍。

 どこまでも鋭く、全てを貫く最強の矛。

 その最強の杭を今、この場に打ち立てるっ!


「これで終わりだ……土蜘蛛ッ!」


 振り下ろされる右腕。

 それに連動して、漆黒の杭が土蜘蛛の体を貫通し地面へと突き刺した。

 それはまるで標本を止めるピンのように。深く深く土蜘蛛の体内に侵食した漆黒の一撃は体中の血を周囲に撒き散らし、致命的な傷を残す。

 つまり……


「これがお前の墓標だ、土蜘蛛。せいぜい残りの生を苦しみながら過ごすと良い」


 全ての魔力をつぎ込んだ一撃は土蜘蛛の体力をどんどん減らしていき、やがて……その数値は0となった。それ即ち、


 ──土蜘蛛、討伐。


 完全に絶命した土蜘蛛を前に、私達は生き残った。

 長く続いた因縁に終止符が打たれた瞬間だった。

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