第91話 土蜘蛛決戦②
まさしく決死の一撃。
下手をすれば、自殺に等しいダメージを残すところだが土蜘蛛はやりきったのだ。私の体を見事、自分の張った蜘蛛糸の内部に閉じ込めることに成功していた。
「ぐっ……」
土蜘蛛の衝撃自体は影糸で何とか軽減できたが、それ以上に深刻だったのがズタズタに引き裂かれた体中の裂傷。
右腕、左足は吹き飛び、首も半分が千切れてしまっている。
後5センチずれていたら私はそのまま死んでいただろう。
傷口を塞ぐ意味でも手足を影魔法で代替しておく。魔力の消費はより一層激しくなるばかりだが、仕方ない。ここでこのまま這いずってたら確実に殺される。
(流石にこれだけのダメージを修復するのは遅いな……けど、やるしかない)
火傷や切り傷程度なら一瞬で回復できる。
だが部位欠損ともなればそれなりに時間がかかってしまうのが『再生』の弱点だ。その間、僅か数十秒。普通なら問題にもならない超高速回復だ。しかし……今、この戦場においてはその隙が致命的な傷になりかねない。
土蜘蛛も勿論、そのことが分かっているのだろう。
動きにくいフィールドに閉じ込められた私に向け、再び糸で作られた弾丸を放ってくる。
何とか回避しようと動き回るが……蜘蛛糸により制限されたフィールド、加えて重量感の違う手足に上手く動けない私はもろにその攻撃を食らってしまう。
「ぐぅ……っ!」
まるで吸血鬼を殺すための杭。
心臓への直撃だけは避けながら攻撃を捌き続ける。
そして……
「何っ!?」
目の前で土蜘蛛は新たな糸を生成し始める。
それは今までの糸とは明らかに違う。必殺となる一撃だと理解できた。
チャージを終えたらしい土蜘蛛はそのまま……大量の糸の濁流を私に向け差し向ける。
一つ一つが剃刀の如き鋭さを持つ蜘蛛糸。
それが大挙として押し寄せてくるのだ。
かわす隙なんてどこにもない。
私は瞬時に回避することを諦め、影魔法で作り出した即席の盾を前方に配置する。そして……
──ガガガガガガガガッ!
耳障りな衝突音と共に、奴の蜘蛛糸と私の影魔法が衝突を開始する。
向こうはこの一撃で決めるつもりなのか、全く手を緩める気配がない。それに対し、私は……
(まずい……このままだと魔力がっ!)
闇系統の魔法の弱点。
それは射程の短さと、持続力の低さだ。
再生、肉体強化、影魔法。
ガンガン魔力を消費していた私はすでに魔力が底を尽きかけていた。
元々クラーケンとの戦いのせいで魔力も全回復には程遠い状況だったのだ。そこで再びの連戦となれば、限界も訪れる。
対して、土蜘蛛は万全。
加えて土系統魔法の利点は物理的強度と魔法持続力の圧倒的な高さ。
要は燃費が抜群に良いのだ。土魔法は。
このままだと、私は先に魔力切れを起こしてしまう。
そのあたりを踏まえての作戦なんだとしたら……ああ、まさしくド嵌まりしちまっているよ。くそったれ。
「はあっ……はあっ……」
魔法の連続使用に、嫌な汗が滝のように流れ始める。
体が異常を伝え始めているが、ここで手を止める訳にはいかない。
その瞬間に私は糸に飲み込まれ、そのまま全身を切り刻まれて絶命するだろう。それだけはまずい。
「ぐっ……ここまでやっても、まだ届かないのかッ!」
魔法、吸血、獅子王。
私の持てるカードは全て切った。
まさしく全力。
それでもまだ届かないというのなら……こいつらはまさしく怪物。御伽噺に出てくる異形に他ならない。
怪物を倒せるのは怪物だけ。
私は全てを捨てて怪物になる決意を固めた。
だけどそれでも足りないというのなら……
「私はこれ以上……何を捨てれば良いって言うんだよッ!」
歯痒さに漏れる絶叫。
それに対し返って来たのは……
「──何も捨てる必要なんてない」
どこまでも優しく、温かい、待ち望んでいた女の子の声だった。
「怪物を倒せるのは怪物だけ。そうだよ、もしそれが"一人"ならね」
「その声……まさか……」
土蜘蛛の攻撃に晒されながらも、私は周囲を探さずにはいられなかった。
下手をすれば集中力の乱れによって、次の瞬間にも崩壊する可能性があったがそれでも……私はその姿を求めずにはいれなかった。
そして……私は見た。
「貴方は一人じゃない。今度は……」
まだ傷だらけだと言うのに、立ち上がり、戦う意思をその瞳に宿す少女の姿を。
「一緒に戦おう、ルナ」
私の待ち望んでいた少女……リン・リーは揺るがぬ決意をその身に携え舞い戻るのだった。
この血潮渦巻く戦場に。




