第90話 土蜘蛛決戦①
通算四度目となる土蜘蛛との対決。
その初手は土蜘蛛からのものだった。
私に向けて放たれる蜘蛛糸。
硬質化した弾丸のようなその攻撃を私は上空に身を躍らせ回避する。
どうやら土蜘蛛は完全に私のことをマークしているらしい。血走った目でぎょろぎょろと私を追い続ける。
空中では避けきれないと思ったのだろう。
狙い済ましたタイミングで再びの弾丸。
普通、蜘蛛っていうのは尻からだけ糸を出すものだと思っていたがどうやら土蜘蛛は違うらしい。口から放射される糸を私は更に"空中を蹴って"かわし続ける。
「影魔法──殺陣」
周囲に展開された漆黒の糸。
それを足場に私は空中を駆け回る。
その動きはまさに蜘蛛顔負けの機動力。お株を奪う形になったが、悪いのは向こうだ。有利な自分のフィールドを放棄して、こうして深追いしてしまっているんだからね。
言ってしまうならコイツはさっきのやり取りで素直に負けを認めて引き下がるべきだったのだ。そうすれば……
「全く、クラーケンといいお前と言い……ここのモンスターは負けず嫌いばっかりだ、なッ!」
──私に殺されることもなかっただろうに。
音速に迫る勢いで叩きつけた正拳突きが土蜘蛛の体を吹き飛ばす。
あれほどの巨体だ。一体総重量はいくらになっているのやら。それを吹き飛ばせる私も大概だけど。
「……ん?」
土蜘蛛に触れた右手。
その手首から先に違和感が走る。
見れば薄っすらと白い糸が私の右手に巻きついていた。
「しまっ……!?」
気付いた瞬間、私の体はジェットコースターに乗せられたかのように空中を走り抜けた。当然、安全装置なんてついてないこのジェットコースターは私の体を慣性の法則に従い壁に叩きつける。
「か、は……ッ」
ごつごつとした壁は私の体を粉々に砕いた。
咄嗟に影糸を体に纏わせガードしようとしたが間に合わなかった。こういう時に高い物理防御力を持つ土蜘蛛が羨ましくなる。私と同じように壁に叩きつけられたはずの奴には傷一つついてないんだからね。
だけど……
「防御力は低くても……私には『再生』がある」
言ってみるならそれこそが私の防御力。
痛みを感じてしまうデメリットこそあるが、魔力が続く限り私が死ぬことはない。勿論、心臓や脳を潰されたらアウトだけど。そこだけは最優先で守ってるからひとまず即死は避けられる。
「やっぱり一筋縄にはいかないよね……」
目の前で臨戦態勢を整える土蜘蛛。
足を一本失い、眼球も幾つか潰れている。
それでも立ち向かってくるのは生存本能の現れなのか、それとも……
「ははっ、そりゃ誰だって負けたくないよね。負けたら死ぬってんならなおさらさ。だけど……もう遅い。お前は手を出してはいけない人に手を出した」
体中の細胞に力を込める。
頼むぜ、獅子王。
お前の持続時間はまだ分かっていないが、お前がいなくちゃ流石に勝てないんだから。肝心なところでガス欠なんて勘弁してくれよ。
「ふー……」
深呼吸を一つ。
心を落ち着かせ、眼前の敵を見据える。
さあ……第二ラウンドだ。
「ふッ!」
短い呼気と共に、戦場を駆け抜ける。
土蜘蛛の視力では追いつかないほどの機動を目指して、大地を踏みしめる。
まさしく一陣の風になった私は土蜘蛛の懐に飛び込み、体の下から特大の影槍を放つ。
射程5メートル。
だがそれだけあれば土蜘蛛の体を半分以上貫ける。
心臓に直撃すれば一撃で沈むだろう。それがどこにあるかは分からないが……
「当たるまで……当て続けるッ!」
両手に魔力を纏わせ、ボクシングのラッシュを思わせる連打で影槍を放ち続ける。数を放つ分、一つ一つの攻撃に収束が足りず土蜘蛛の装甲を貫けないものもあるがそれでも良い。
今は質より数だ。
上手く当たればそれだけで勝負を終わらせられる。
「ぐっ……!」
だが、流石にそのまま押し込めるほどこの怪物も甘くはなかった。
無茶苦茶な挙動で足元の俺を踏み潰そうと地面を突き刺し始めたのだ。
まるで地雷原にいるかのような感覚に襲われながら私は一度退却することにした。視界が悪く、どこから攻撃が降ってくるか分からないあの状況ではいずれ攻撃を食らってしまう。
地面に埋め込まれでもしたら面倒だ。
バックステップで土蜘蛛から距離を取る私に……
──ブシュッ!
唐突な激痛。
そして、背中からの出血。
何かと思えば、私の背後にはすでに土蜘蛛の特性糸で作られた殺陣が出来上がっていたのだ。
「ちぃッ!」
舌打ちと共に、反転。
土蜘蛛の糸を叩き斬ろうと月影で作った爪を振るうが……キィンッ! という甲高い音と共に弾かれてしまう。
土系統の『固定』は物理的な強度で言えば六属性随一の適性を誇っている。いくら私の影魔法が鋭くても貫くことは出来ないのだ。
だがその代わり、魔力を纏わせているせいで糸の場所が私の目にはっきりと見えてしまっている。通常の蜘蛛糸より対処は楽だ。
だが……
「土蜘蛛っ!?」
背後から突撃してくる土蜘蛛は自ら糸の刃に触れることもいとわず、私に突撃してきたのだった。
まさしく自滅と言っても良いその暴走は流石に予想外だった。
両手をクロスし、衝撃に備えるが私と奴ではあまりにも重量が違いすぎる。
あっさりと吹き飛ばされた私はそのまま……
「ぐっ、があああああああッ!」
刃の森。
土蜘蛛の作り出した殺陣の中に放り込まれてしまうのだった。




