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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第2章 迷宮攻略篇

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第88話 因縁

 リンを抱えた私と並走するようにウィスパーが駆ける。

 身体能力を強化する魔術を使っているのか、今までみたことのない俊敏性だった。私はそんな彼にちらりと視線を送り……


「……ウィスパーは私のことなんて、とっくに見限っていると思っていたよ」


 どうしても聞いておきたかったことを尋ねてみた。

 どうして助けに来てくれたのか。

 その答えが欲しかった。


「……そうだな。今でも思う。なんで俺はこんなとこにいるんだかな。下手をすれば死んじまうってのに」


 そう言って苦笑するウィスパー。

 だけどその口調とは裏腹にどこか楽しそうですらあった。

 苦笑いではあっても、ウィスパーの笑顔なんて始めてみたからね。

 ずっと仏頂面で世界の全てがつまらなそうに見えていたかつてのウィスパーの姿はそこにはない。一体何が彼を変えたのか、少しだけ気にはなったがそれを追求している暇はないだろう。


「……そろそろ良いだろう。止まれ、ルナ」


 ウィスパーの静止の声。

 土蜘蛛は私達を見失っているのか追って来てはいない。

 だけどそれも時間の問題だ。早く逃げたほうが良いはずなのに……どういうことだ?


「リンを寄越せ、ルナ」


「ウィスパー、一体何をするつもり?」


「治療だ。その様子じゃリンは数分と持たん。殺したくないならさっさと寄越せ」


 ぶっきらぼうな口調だったが、その瞳に嘘は感じられなかった。

 どの道私にはリンを助ける術はないのだし、ウィスパーに任せるしか手はないか。


「ウィスパーは治癒魔術が使えるの?」


「使えん。だがリンに限って言えば、一つだけ治癒する方法がある」


「そんなのがあるの?」


「ああ……一から説明してやってもいいが時間がない。お前は土蜘蛛の足止めに向かえ。その間に治療を終わらせる。大体10分も稼げば十分だろう」


「10分って……簡単に無茶を言うね」


「ふん。今のお前ならそれほど難しいことじゃないだろう」


 じっと私を見つめるウィスパーは全てを見てきたかのように語る。

 それだけ観察眼に優れているってことなんだろうけど……本当にリンを任せて大丈夫なのか?


「……ウィスパー。一つだけ聞いて良い?」


「何だ?」


「ウィスパーは……何で、吸血鬼だと分かった私にあれだけ強く言い返せたの? 歯向かえば殺される。そんな風には思わなかったの?」


 今まで感じてきた小さな違和感。

 その正体を探る私はその質問に思い至った。

 誰も彼もが私と距離を取り、まるで爆発物と接するかのように振舞ってきた。あのウィルでさえそうだったというのに、ウィスパーだけは違った。


 レオンのように擦り寄ってくるならまだ分かる。

 だけどウィスパーははっきりと私に反発してみせたのだ。

 私がその気になれば、指先一つで殺されると分かっていたのに。それなのになぜ……


「俺は……」


 私の質問に、ウィスパーは一度だけ口ごもり、その本心を漏らし始める。


「……ずっと羨ましいと思っていた。当たり前に記憶を持ち、当たり前に生きているお前達が。俺にはないんだよ、自分はこうだっていう芯がな。だから一般的な常識に縋って生きるしかなかった。あそこでお前の言い分を認めてしまったら俺は今までの生き方すら否定することになる……あの時はそう思った。それだけのことだ」


「……ウィスパー」


 淡々と語る彼の口ぶりにようやく理解する。

 ゆっくりと小さな声で語るその真実はウィスパーがずっと抱えてきた孤独の片鱗だった。

 記憶を失い、自分の名前さえ思い出せないという状況がどれほど精神的な重圧を持つのか私には分からない。そうなった経験がないからそれも仕方ない。だけど、想像することくらいは出来る。


 ウィスパーは往くべき道を見失いながらも、懸命に生きてきたのだろう。

 そしてその拠り所となっていたのが、常識と言う名の指標だったのだ。

 正しくあれば、正しくいられる。

 自らが何者かすら分からなくなったウィスパーにはそれしか残っていなかったのだ。だからこそそれに執着し、それを軽々と無視できる私が羨ましかったのだろう。

 初めて私の前で本音を語ってくれたウィスパーに対し、私は……


「……リンを頼むよ、ウィスパー」


 たった一言、言葉を残してその場を去った。

 今まで感じていた不信感、その全てとは言わないがそのほとんどが解消されたからだ。


 ウィスパーはきっと悪い人ではない。

 そう思えたから、私はリンを任せることが出来た。


 彼はきっとどこにでもいるただの人間だ。

 犯罪値が高かろうと関係ない。迷い、立ち止まり、自分に自信の持てないただの人間だったのだ。

 他の人たちと同じように……私と同じように。

 それが分かっただけで、良い。


 ウィスパーにどんな過去があろうと関係ない。

 私は彼を信じて、己の役目を全うするだけだ。

 つまり……


「ここまでお膳立てしてもらったんだ。いい加減、決着付けようよ」


 ──土蜘蛛、討伐。


「私とお前の……因縁になッ!」


 私はリンをウィスパーに任せ、全ての意識を土蜘蛛へと集中させる。

 私を苦しめ続けた因縁に決着を付けるために。

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― 新着の感想 ―
なんというかな、フレーズ的になんか虚飾さんがこっちを見てくんねんな
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