第85話 大切な人を守る為に
「何で来たのかだって? わざわざ言わないとそんなことも分からないかな」
腕の中で驚きの表情を浮かべるリンに、私は不貞腐れた表情でそう言ってやる。何でここに来たのかなんて、わざわざ言わせないで欲しいよ全く。
説明代わりに私はリンのおでこにぴんっ、と一発指を弾く。
「これはよくも一撃入れてくれやがったなのお返し。怪我しているみたいだからこれくらいで許すけど、私、本当に怒っているんだからね?」
リンは私を気絶させた後、レオンに私を任せて一人土蜘蛛の下へ向かったらしい。
何でそんな無茶をと思わないでもない。
だけどそれを私が言うのもお門違いなのかもしれない。
だって最初にそれをしようとしたのはほかならぬ私なんだから。
「もしレオンが気絶していた私に血を分けてくれなかったら間に合わなかっただろうね。帰ったらちゃんとお礼を言うんだよ、リン」
「……ルナ」
ぎゅっ、と私の袖を掴むリンは不安そうな表情を浮かべる。
何で来てしまったのかと、リンはそう言っているのだ。
「心配しなくて良い。パーティの皆はすでに道を抜けたから。後は私達だけ、もう一度コイツから逃げ切ることはそれほど難しくないよ」
レオンから幾らでも吸って良いと大量の血を貰ったからね。
今の私はかつてないほどの絶好調。その代わりレオンは足元が覚束ないほどに憔悴していたけど、まあそれはいい。
「それに……私がリンを置いていけるような人間に思える? 言っておくけど私、わがままだから。自分にとって大切な事は何一つ譲るつもりはないよ」
そっと岩陰にリンの体を預け、体の容態をチェックする。
これは……すぐにでも治療をしないとまずい。
それほどの傷だ。
だけどそれを顔に出してリンを不安にさせることだけは嫌だった私は代わりに笑顔を浮かべて、リンの頭を撫でてあげる。
「後のことは私に任せて。その役目は……私のものだから」
「る、な……っ」
すでに体に力が入らなくなっているのだろう。
震える指先をこちらに伸ばすリンの手を、私はしっかりと握り締める。
「すぐに終わらせる。だからリンは少しだけ待っていて」
「あっ……」
最後にリンの頬を指で撫ぜ、私は立ち上がる。
そして……
「貫き、穿て──『舞風』ッ!」
全ての感情、そして渾身の魔力を込め、手元のナイフを土蜘蛛に向け放つ。
私の心を燃やしているこの激情は紛れもない赫怒の炎だ。
この瞳に宿る紅よりもさらに赤く、紅く、どこまでも赫く私は今、怒っていた。
「よくもリンに手を出してくれたな、土蜘蛛。お前の相手は私だろうが」
私の放ったナイフが土蜘蛛のどてっ腹に突き刺さる。
それと同時に私はリンを巻き込まないよう、駆け出していた。
「まったく、どいつもこいつもよお……」
吸血状態の興奮からか、それとも単なる怒りの発露故か、荒くなる口調のまま私は愚痴にも似た独り言を漏らす。
言ってやらなくては気がすまなかったのだ。どうしようもなく。
「"それ"は私の役目だって言ってんのに」
不満を拳に乗せ、土蜘蛛の体に叩き込む。
ズズンッ、と大地を揺らして倒れこむ土蜘蛛。
明らかに今までの私とは違う、圧倒的な膂力。
その力がどこから沸いてくるのか。その答えを自然と私は察していた。
だからこそ思わずにいられなかったのだ。
その役目は"俺"のものだと。
「どこの世界にヒロインに背中を守ってもらう男がいるってんだ? ああ? 役割が全然違うだろうが。確かに私は世界一の美少女かもしれないけど、本質を見間違うなっての」
つまりはただのわがまま。
男は男、女は女の役割があると石器時代の理論を持ち出す古い考え方だ。
だけどそれは私にとって何よりも重要なことだった。
「戦うのも、守るのも、血を流すのも……それは女の役目じゃない。それは男の役目だ」
自分を男だと言い張りたいのなら、絶対に譲ることの出来ない一線がそこにはあった。
肉体が変わってしまっても、異世界に飛ばされても、色欲に蝕まれてもそれは変わらない。ルナ・レストンの魂は昔から何一つ変わってなどいない。
「だからもっと力を寄越せよ──"色欲"。大切な女が後ろにいるんだ。ここで退いたら男が廃るだろうがッ!」
私の体を包むこの力は間違いなくスキルの恩恵だ。
吸血鬼としての能力ではない。
それとはもっと別の……私の魂に刻まれた"大罪"の異能。
事此処にいたり、私もようやく理解する。
大罪の意味を。色欲の本質を。
言うなれば色欲とは大切な者へと捧げる愛の代名詞なのだ。
故にこそ私の持つ『色欲』の大罪は、"愛する者の前でこそ真価を発揮する"。
今までずっと孤独の中、戦い続けてきた私には決して得ることの出来なかった力。
それが今、大切な人を守る為……
《条件を達成しました。『色欲』より派生スキル『獅子王』を解放します》
──『覚醒』を始める。
まず始めに感じたのはステータスの上昇。
吸血鬼モードに匹敵する上昇幅を私は自分の中で感じ取っていた。
肉体強化の上に更に肉体強化の重ねがけ。
しかし、それでも吸血モードのような全能感はそれほど感じない。興奮状態になっていたのもきっと『狂気』スキルが影響していたのだろう。
自分の自我を強く保ったまま、力だけが底上げされていく感覚。
……なるほどね。
この力の本質……性質が良く分かった。
獅子王とは良く言ったものだよ、本当に。
雄の獅子は自分では狩りをしない。自らの飢えを満たすためには行動しないのだ。獅子王が動くのは自分の縄張り、その集団の中にある異性を守る時。
つまり私にとっては、今まさにこの瞬間だ。
この異能に名前をつけるとするならば……それは……
「光栄に思えよ、土蜘蛛。お前はたった今選ばれた。新しい力の……"実験台"にな」
──大罪解放、獅子王降臨。
私の中に眠る大罪。
その真の力の覚醒だった。
【ルナ・レストン 吸血鬼
女 9歳
LV8
体力:202/202
魔力:3078/5670
筋力:890
敏捷:1065
物防:658
魔耐:518
犯罪値:212
スキル:『鑑定(80)』『システムアシスト』『陽光』『柔肌』『苦痛耐性』『色欲』『魅了』『魔力感知(19)』『魔力操作(64)』『魔力制御(25)』『料理の心得(13)』『風適性(19)』『闇適性(23)』『集中(13)』『吸血』『狂気』『再生(14)』『影魔法(15)』『毒耐性(5)』『変身』『威圧』『獅子王』】




