第83話 罪人の歌
リン・リーは考える。
己の勝率、つまり生存可能性はどれほどのものなのかと。
そして一瞬後には結論を下していた。
──絶無。自分が生き残る可能性は0%だ。
それもそのはず。獣人族という種族は高い身体能力を持って生まれるがただそれだけ。自分の身体能力をいくら強化したところで、相手の装甲と貫ける攻撃力がなければ意味がない。
そして土蜘蛛の体を貫けるような攻撃手段は短刀……それも数打ちの粗悪品しか持ち合わせていない自分には存在しないのだ。
ならば自明の理として私は敗北するしかない。
こちらの攻撃は一切届かず、向こうの一撃は掠っただけで致命傷。
端から勝負になるはずなんてないのだ。
だけどそれでも戦わなければならない。
それこそが己の唯一の存在価値なのだから。
リンは奴隷の子として生まれ、奴隷としてこれまでの一生を歩み続けてきた。その道中、使い捨てにされた同胞は数えることすら出来ずいつか自分もこのように扱われて死ぬのだろうと思っていた。
そのことを悲観したことはない。
むしろそれで良いとすら思っていた。
自分は使われるだけの消耗品。
そう思っていれば激痛に襲われることもなく、穏やかな精神でいられたからだ。要は奴隷拘束の術式に完全に心が折れていたということ。
自分の運命を甘受し、来るべきときを待つだけの操り人形。
獣人族という決して受けいれられるはずのない自分がこの社会で生きていくにはそれしかなかったという事情もある。
要らないと判断された瞬間に捨てられる命。
醜く生にしがみつく為には隷属するしか道は残されていなかった。
だけど……
『人は誰だって自由になる権利を持っている』
力強いその断言に、確かに私は魂を震わせていた。
嗚呼、こんな強い生き方もあるのかと心底感嘆した。
その光のような在り方に当てられた私は自分の弱さ、卑屈な部分が暴かれたような気分にすらなった。私はこの人の輝きを損なう影であってはならないと、そう反射的に思ってしまった。
そう思ってしまったら駄目だった。
私は反射的にルナを気絶させるため動いていた。
体中を苛む激痛の中、私は本当に久しぶりに"命令違反"を犯したのだ。
ウィスパーから言われていたパーティメンバーへの攻撃の禁止。
私はその罪を犯したのだ。
まさか自分の中にそんな気力が残っていることが驚きだった。当の昔に腐り落ち、爛れてしまっていた感情。自分で自分の生き方を選択しようとする強い意思があの時の私にはあったのだ。
それはもしかしたらルナの強い光に当てられた結果なのかもしれない。
同じ異種族として排斥される運命にありながらもルナは立ち向かおうとしていた。強く、清く、逞しく、そして何よりも気高く。
私はその生き方を……
──とても"美しい"と、そう思ったのだ。
「だから……その輝きだけは奪わせない。絶対に」
ぎゅっ、と強く握り締める短刀の柄。
思い返すのはルナの見せた最後の表情。泣きそうな、辛そうな、痛そうな、そんな表情だった。
(ごめんね、ルナ。最後の最後に痛みしか残せない私を許して欲しい)
どうか貴方だけは幸せに。
そう願いを込めて……
「行くぞ"土蜘蛛"。私の光はお前なんかに汚させない」
リン・リーは眼前に聳え立つ怪物。
土蜘蛛に向け、疾走を開始した。




