第82話 命を賭けて
パーティの視線がたった一人の少女に突き刺さる。
その視線はどんな言葉よりも雄弁にその本心を物語っていた。
つまり……『私達の為に死んでくれ』と。
「ふざけるなッ!」
その奇妙な団結感が漂う空気の中、ついに私は我慢できなくなって大声を張り上げていた。
ほとんど衝動的に、周囲の面子を睨みつけながら私はリンの前に移動する。
彼らの瞳から彼女を守るかのように。
「お前ら自分が何を考えていたのか分かっているのか? こんな小さい子を……人身御供にしようとしていたんだぞ?」
この中で最年少のリン。
犠牲にするにはいくらなんでも若すぎた。
だがそんなことは問題ではない。彼らが問題にしているのは"年齢"ではなく、"身分"なのだから。
「……やめて、ルナ」
そしてそれはリンも良く分かっていることだった。
背後から聞こえる声に振り向くと、首を横に振るリンの姿があった。
「リン……? 貴方分かっているの? このままだと貴方は……」
ふるふると首を横に振るリン。
その瞳には寂しい決意のようなものが宿っていた。
この幼い少女は健気にも自分の運命を受け入れようとしているのだ。
「私は……奴隷だから」
ポツリと漏れたその言葉。
それは私にとって到底受け入れられるような言葉ではなかった。
「奴隷だから……何? 奴隷だから何だって言うの? それが何の関係があるっていうのよ。確かにウィルの作戦は正しいと思う。たった一人の犠牲で皆が生き残れるならそうすべきだと思うよ。だけど……だからってその役目をリンだけに押し付けるなんて間違ってる。それは私達が平等に背負うべきものでしょ?」
何が正しくて、何が間違っているのか。
私の中で明確な基準があった。
だけどそれは……
「……ルナ、やめろ」
この世界では通用しない基準だった。
私を諌めるウィスパーの声が聞こえてくる。
「"良く考えろ"。俺は確かにそう言ったはずだ。その結果がこれか、ルナ」
確認の意味を込め、鋭い視線で私を睨みつけるウィスパー。
一度目は退いてしまったけど……二度目はない。
私は一歩踏み出し、睨み返すようにしてウィスパーに言い放つ。
「ええ、そうよ。これが私の答え」
左手を横に伸ばし、ウィスパーとリンの間を遮る。
リンには手を出させない。誰が相手だろうと絶対に。その意思を込めて睨みつけるのだ。世界の常識に屈さぬように。今度こそ……自分に素直になれるように。
「愚かだ……その選択は間違っているぞ、ルナ。誰も幸せになんてならない。無駄に事態をややこしくするだけだ。お前だって時間がないのは分かっているだろう? 俺たちはここでぐずぐず議論している暇なんてない。だから……」
ウィスパーの手が私に伸びてくる。
「そこを退け。俺はリンに"死ね"と命令しなくてはならない」
ゆっくりと私に近づいてくるウィスパー。
私の肩を押し、どかせようと伸びてくる手を、私は……
「やめろ」
「…………ッ!?」
バチンッ、と強く弾き返した。
加えて私は意識して『威圧』スキルを発動させていた。
これまで使ったことがなかったスキルだけどウィスパーの顔を見る限り……どうやら効果は抜群だったようだ。
後ろでことの成り行きを見守っていたパーティの面々もまるで土蜘蛛にでも出くわしたかのような顔で私を見ている。
──ああ……やってしまった。
これで私はもう、確実にこのパーティにはいられなくなってしまったよ。
だけど……それでもいい。リンが救えるのなら、それで。
何かを得るためには何かを捨てなければならない。
だとしたら私はリンを助けるために……他の全てを捨ててやる。
友達との平穏も、仲間との安寧も、同士との絆も全て。
リンにそうするだけの理由が私にはある。
この感情を表す言葉が何なのか、それはまだ見つかっていないけれど……
「私がやる」
「…………え?」
私は……
「囮役は私がやる。リンが命を賭ける必要なんてどこにもない」
リンの為なら……この"命"すら、使っても良いと思えたから。
「私の全力を持って土蜘蛛を足止めする。確実に皆が逃げられる時間は稼いであげるよ。だから……お願いだ、ウィスパー。奴隷の身分のままで良い、せめて"奴隷のような扱い"だけはやめてあげて欲しいんだ。こういうとき真っ先に消費すべき消耗品としてではなく、リン・リーというただ一人の人間として彼女を見てあげて欲しい」
「ルナ、お前……正気か?」
私を見るウィスパーの瞳が大きく開かれる。
私の言ったことが信じられないのだろう。
それもそうだ。私は今、奴隷一人のために命を捨てると明言したようなものなのだから。この世界の常識から考えても……いや、元の世界であっても異常な思考かもしれないね。
誰かの為に命を賭けられる人間がどれだけいる?
友人、家族、大切な人ならまだ分かるよ。だけど出会って二週間ばかりの奴を助けるために命をかける奴なんているか?
普通はいない。
いたとしたらそいつは頭がおかしいか、相当の馬鹿だ。
つまり私は……きっと相当の馬鹿なんだろう。
「リンを使う代わりに私を使えば良い。これで全て解決。何の問題もなくなる。違う?」
私をパーティから追い出せるし、土蜘蛛の脅威からも高い確率で逃げ切れる。
これ以上ない適任。効率で見るならリン以上の適役だろう。
だから……これで良い。
「そんな……お前、そこまで……」
私の覚悟を前に顔を歪め、押し黙ってしまうウィスパー。
正論ばかりを口にしていたウィスパーも流石に話の通じない馬鹿の説得は諦めてしまったようだ。
きっと彼は私のためを思って言ってくれたのだろう。少しだけ申し訳ない気持ちもあるけど今は……リンのことを優先させてもらおう。
「リンも自分が奴隷だからなんて悲しい理由で囮を引き受ける必要なんてないよ。ウィスパーが私の頼みを引き受けてくれるかは分からないけど……リンは自由になるべきだ」
振り返り、私を信じられないといった様子で見つめるリンと向き合う。
リンにとっては私がそこまですることは予想外だったのだろう。呆気に取られた表情をしている。
だけどね、これはそんなに驚くようなことじゃないんだよ、リン。
君は私に優しくしてくれた。
私の秘密を守って、いざという時に助けてくれた。
だから今度は私が君を守る番なんだ。ただそれだけのことなんだよ。
「奴隷だとか平民だとか貴族だとかそんなことは何の関係もない。人は誰だって自由になる権利を持っている」
誰しも自分の運命を変えられないというのなら……そんな人生に、価値なんてない。
私はリンのこれからの人生の栄光を願って、彼女の頭を撫でてあげようと手を伸ばし……
──ドスッ!
体の中心、腹部に強い衝撃が走るのを感じるのだった。
「が……はッ……!?」
肺の中の空気がまとめて全部吐き出される。
視線を下げれば私の体にめり込むほど強く突きたてられた短刀の柄が見えた。
そしてそれを持っていたのは……
「……リ、ン?」
小さく体を震わせるリンだった。
あまりの衝撃に膝を突き、悶える私の傍をリンが横切っていく。
その去っていく背中に、私は彼女が何をしようとしてるのかはっきりと分かってしまった。
「ま……待って……リン……」
つまり、彼女もまた私と同じことをしようとしているのだ。
自分の命を使って誰かを助けようとしているのだ。
たった二週間程度の付き合いしかない他人の為に……。
薄れゆく意識の中、霞む視界で私は確かに見た。
「ありがとう……ルナ」
なびく外套を羽織り、短刀を抜きて臨戦態勢を整える勇者の姿を。
私を前に始めてみせる"笑顔"を作るリンはどこまでも優しい声音で語りかけてくる。
「その言葉だけで私は……十分救われた」
その背中に宿るのはどこまでも真っ直ぐな決意。
貴方だけは死なせない。
その背中がそう語っていた。
だけど……それは……
「リン……っ」
それは……それだけは私の役目だ!
だからやめろ……やめてくれ! リン!
私はそんなこと望んでなんかいない!
そんな、そんな……
──そんな悲しそうな笑顔なんて、浮かべないでくれ!
(…………リンっ!)
霞む視界に伸ばす右手。
だが……その手がリンへと届くことはなかった。
背を向け歩み去るリンの姿。
意識が途切れるその寸前、それが私の最後に見るリンの姿となるのだった。
感想100件突破記念!ということで今回はイラストをつけさせてもらいました!
いつも読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます!
イメージと違うなーと思ってしまった方は申し訳ない、これが私の精一杯ですのでどうかお許しくださいm(_ _ )m
今後も機会があれば挿絵を挟もうかと思っているんですけど、こういうイラストがアリかナシか、要望などありましたらご一報頂けると嬉しいです。このキャラ描けやゴラァ!とかでもオッケーですので!




