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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第2章 迷宮攻略篇

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第81話 他人と知人の境界線

 出会ってからたった二週間程度。

 『友達』なんていえるほど深い付き合いをしてきたわけじゃない。

 『仲間』なんていえるほどお互いを良く知っているわけじゃない。

 『同士』なんていえるほど心の底を見せ合ってきたわけじゃない。

 だから……それらの言葉は私とリンの間には当てはまらない。


 だとしたら?

 私とリンの間には何が残るっていうの?

 私は……リンとどういう関係になりたいと思っているの?


 答えは出ない。

 出るはずもない。

 自分の心を誤魔化し、悦楽に浸ることだけを考えてきた私にはそんな答えを望む資格なんてないのだ。


 私はいつだってそう。

 外の世界を恐れて自分の殻に閉じこもる。

 本当の自分を(さら)け出すことが怖くて、仮面を被るのだ。


 アンナには私の罪を謝ることが出来なかった。

 アリスには私の種族を明かすことが出来なかった。


 いつも……いつもいつもいつも、私は"そう"だった。

 その臆病な生き方を、矮小な在り方を、私は何より……


 ──"醜い"と、思っていた。



---



「何だよ……コレはッ!」


 悲鳴のような怒号が響き渡る。

 それはもう少しで深層を抜け出せるところまできた時のこと。

 私達の進む道に無数の"糸"が張り巡らされていたのだ。


「間違いないこれは……ここが……」


 その無数の糸の一本に手持ちの道具を当て、粘着質な糸に絡め取られる様を見つめるウィルが、重苦しい表情で呟く。


「──土蜘蛛の……"巣"だ」


 どこまでも続く蜘蛛糸。

 その終わりない牢獄の入り口で私達は進むことが出来なくなっていた。だが今、引き返せば間違いなく土蜘蛛と鉢合わせする。

 私達は逃げ切ったつもりで、その実"追い込まれていた"って訳だ。


「あ、ああ……ああああぁぁぁっ!」


 進むも地獄、帰るも地獄。

 その残酷な現実を前に、ジルは頭を抱えてその場に蹲ってしまった。

 迫り来る恐怖に抗う方法はそれほど多くない。現実逃避にも似た感情の爆発は周囲への責任転嫁として現れていた。


「なんで……なんでこんな道を選んだのよ! 安全な元来たルートを使えばよかったのに!」


 醜い責任転嫁だが、ジルを責めることは出来ないだろう。この極限状態で誰も文句を言うなと言うほうが無茶だ。誰かのせいにしてしまえば自分の正当性は保てるのだからそれも当然。

 そうしてぶちまけられた感情の行き先は主にルートの選定に当たっていたウィル、ノワール、レオンに向いた。

 そして……


「確か"あなた"もこのルートに賛同していたわよね! どうするのよ! このままだとまたあの怪物と出くわすことになるのよ!?」


 それはただ自分の希望を言っただけのリンも含まれていた。


「……私は自分の希望を口にしただけ。ルート選定の権利なんて持ってはいなかった」


「だから何だってのよ! あなたが望んだ結果がコレなんでしょ!? だったら何とかしなさいよ!」


 ヒステリックに叫ぶジル。これまで優しい姉御肌だった彼女の豹変に誰もが驚いていた。だが、同時にそれも仕方ないのかもしれないと納得もしていた。

 これまで長く逃走を続けてきたせいで精神が参ってしまっていたのだ。

 それに懸念だったのは土蜘蛛だけではない。私もまた……ジルにとっては頭を悩ませる問題だったのだろう。


「やめろ! 落ち着け! 解決策ならある!」


 このままだと乱闘になりかねない雰囲気すらあったパーティをウィルがそう言って強引に引き締める。このルートを一番押していたのもウィルだったからね。責任感の強い彼としては早く何とかしたいところなんだろう。


「一体ここからどうしようってのよ! ここにくるまでほとんど一本道だったじゃない! 土蜘蛛に見つからず別ルートを探すなんて不可能よ!」


「それは分かってる。だが、それでも策がないわけじゃない。だから落ち着け」


 ジルの肩に手を置き、優しく語りかけるウィル。

 彼女が少し落ち着いたのを見て、頷いたウィルはその策を皆に披露した。


「時間がないから率直に言う。確かにこのままだと俺たちはやがて土蜘蛛に見つかるだろう。そして戦闘になれば……俺たちのほとんどは生きてここから出られない」


 ……まあ、確かにそうだろうね。

 私が吸血モードで戦ったとしても何の意味もない。私は誰かを守りながら戦えるようには出来ていない。私は自分の傷は治せる。だけど他の誰かが少し傷を作っただけで戦線はいともたやすく崩壊してしまうのだ。

 私が1%の勝利をもぎ取ったとしても、その頃には皆死体になっている。


「"だからこそ"、俺は全体の生存率を上げるため、一つの提案をしようと思う」


 慎重なウィルの物言いに、全員に緊張が走った。

 彼が何を言おうとしているのか、それだけで分かってしまったから。

 そして私達のその予感は……


「──囮だ。囮を使おう。この中の誰か一人が先に引き返し、土蜘蛛の注意を逸らすんだ。そしてその隙に残りのメンバーが逃げ切る。恐らく……これが今の俺たちに残された最善だ」


 残酷にも的中してしまうのだった。

 なるほど、確かにウィルの提案は道理にかなっている。

 8人の生存率を上げるため、最適な作戦のように思える。

 だけど、それは……その作戦は……


「お、おい……その囮になった奴ってのは……」


「…………」


 ウィルは何も語らない。

 だがそれが何よりの答えだった。

 たった一人で土蜘蛛に挑めという無茶振り。

 当然、囮となった人間は生きては帰れないだろう。


「そ、そんな……それなら一体誰が……」


 震える声をノワールが漏らす。

 そう。問題はそこなのだ。

 言うなればこれは"誰を犠牲にするのか"とも言うべき問い。

 そしてその答えはすでに決まっていた。


「…………」

「…………」


 少しずつ、少しずつ……その人物に視線が集まっていく。

 土蜘蛛を相手に注意を引くには機動力がいるだろう。

 時間稼ぎの意味もあるため、それなりに身体能力が求められる役目なのだ。

 となると候補は限られる。


「…………」

「…………」


 身体能力に優れ、危機回避能力も高い。

 加えて死地に送り出すことに抵抗の薄い者……


「…………」

「…………」


 そう。答えなんて……最初から決まっていた。


 私達の中でその存在は常に浮いていた。

 私達のパーティの中で常に冷遇され、雑用を押し付けられていた。

 だけどそれも当然。

 だって"彼女"は友達でも仲間でも同士でもないのだから。


「…………」


 周囲の視線が集まる中心に……彼女、


 ──リン・リーは無言のまま立っていた。

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