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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第2章 迷宮攻略篇

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第80話 それは優しくも残酷な幻想

 土蜘蛛の魔の手から逃走を始めて十数時間。私達は休む暇もなく行軍を続けていた。

 あ、蜘蛛だから魔の手じゃなくて魔の足かな?

 まあどっちでもいいか。そんなこと。

 休憩もろくに取らず動き続けているせいか思考が定まらない。

 そして、それは多分他の皆も同じ事。


「……なあ、そろそろ休憩しないか?」


 いつも自分から話始めたりしないウィスパーが口を開いたのだからその疲労たるや相当のものだ。この中で一番体力ないからなー、このもやし。

 見た目的に体力なさそうな私とリンの二人は種族的にチート級の運動性能を持っているから実は見た目に反して一番疲れていないという。ただ精神的な疲労からだけは逃れられないけど。


「ふう……」


「……ルナ。疲れたなら血を飲む?」


 ため息を漏らした私にリンが近寄ってくる。

 どうやら時間経過でノーマルモードに戻った私を心配してきたらしい。ええ子や……おっちゃん、涙でそう。

 でも……


「ありがとう、リン。でも今はいいよ。まだまだ動けるから」


 今は止めておこう。

 レオンとノワールの喧嘩以来、ずっとぴりぴりしているからね。ここでまた吸血モードになったらただでさえきつい警戒の目が更に強くなっちゃう。


「……分かった」


 しかし、本当にリンは私を恐れていないみたいだ。

 一度素直になったことで遠慮がなくなったのか、むしろ以前より擦り寄ってきているし私としてはうはうはなんだけど……


「…………っ」


 私の方を見ていたノワールが視線に気付き、そっぽを向く。

 ……やっぱり注目されているみたいだ。

 私は勿論、リンも改めて種族の違い、身分の違いというのが浮き彫りになってしまったのか同じように少しずつ距離が出来ている気がする。

 このままだとリンはこのパーティで居場所を失ってしまうかもしれない。


 それは……それだけはまずい。

 レオンならまだ良い。別に男だからどうでも良いというわけでなく、純粋にこのパーティを抜けたとしてもやっていけるという意味でまだ問題がない。


 だけどリンは違う。

 リンはウィスパーの奴隷だ。

 それは彼女が自分の意思でパーティを抜けることが出来ないということを意味している。迷宮を脱出した後、仮に私とレオンが抜けたパーティに残るリンのことを思うなら……私はここでリンを突き放すべきなのかもしれない。


 だってそのほうが絶対に良い。

 どうせいなくなる私なんかに構って、ノワール達の印象を悪くするのはどう考えても悪手だ。リンにはリンの人生があるのだから。

 そしてそれは私よりよっぽど窮屈で、自由が利かない人生。

 たった一つの失敗で失ってしまう人生だ。

 生殺与奪の権利を他人に委ねるとはそういうこと。

 奴隷とは……そういう人種なのだ。


(今更どの口が言うんだって話だよね……"ソレ"を教えたのは私だってのに)


 以前私はリンに言った。

 もっと自由に、好きなことを口にすれば良いと。

 今でもその考え方は変わらない。だけど、そのせいでリンが以前のような距離感を選ばなくなったのだとしたら……これは私の責任だ。


「ウィスパー……ちょっと良いかな?」


 それぞれに休憩を取る面々。その中でも少し離れた位置に腰掛けるウィスパーに私は歩み寄り声をかけた。


「ルナか。どうした?」


「ちょっと相談したいことがあってね。出来れば二人で」


「……話せ」


 もともと小さい声の声量を更に絞り、他の人間に漏れないようウィスパーが語りかける。私もウィスパーに倣い、小声でその提案を口にした。


「リンを奴隷の身分から解放してあげて欲しい」


「…………お前、自分で何を言っているか分かっているのか?」


「分かってる。その上で言っている。リンを奴隷の身分から解放して欲しい」


 熟考した末、私はその結論に至っていた。

 リンをこのままにはしておけない。

 出会った頃ならまだしも、今の私はリンに"情が移りすぎている"。同族としての共感、命を助けてもらった恩義、単なる友情。あれやそれらの感情が混ざり合って私はリンを奴隷のままにはしておけなくなったのだ。どうしても。


「ウィスパーがリンを大切に扱っているのは分かってる。だけど、納得がいかなくなった。リンを……いや、人は人を隷属すべきじゃない」


 はっきりとした口調で私はその奴隷制度に対する明確な反逆の意思を告げた。

 それに対し、ウィスパーは深くため息をつくと、


「……ルナ、お前は幾つか勘違いをしている」


「え?」


「リンは……人じゃない。"亜人"だ。少なくともこの国の法律ではな」


「……っ!」


 今まで見せなかったその冷たい側面を見せるのだった。

 何だかんだ言ってこれまで良くしてくれたウィスパーがそう言うのは……なんだか胸が痛かった。彼は奴隷に対して優しかったのではない。ただそこにある現実に対し、"慣れていただけ"だったのだと、その時私は理解した。

 誰も自分の持ち物に対し乱暴に扱ったりしないように。

 ウィスパーはリンをただの物としか見ていなかったのだと、その時はっきりと分かった。


「仮にリンを奴隷の身分から解放したとしよう。それで? ああ、確かにお前のちっぽけな義侠心は満足するだろう。だがそれだけだ。リンにとっては何のメリットもない」


「そ、そんなことはないでしょ。奴隷なんかでいるよりよっぽど幸せな人生が送れるはずよ」


「"それが二つ目の勘違いだ"」


 反論する私にウィスパーは断言する。


「リンは奴隷でいるほうが幸せだ。いや……奴隷としてしか生きられないといったほうが正確か。考えてもみろ、奴隷という身分を失ったリンはそれからどうやって生きれば良い? 異形種として絶対に受け入れられることのない国で、どうやって暮らしていけば良い?」


「それは……」


 ウィスパーの問いに、私は何も答えることが出来なかった。

 現実的に想像したら、その答えなんて分かりきっていたから。


「ルナは優しすぎるんだろう。そう言うことを言い出す奴は今までにも何人かいた。奴隷を扱うことは人倫にもとる。命は平等だ、なんて聞こえの良い言葉を並べる平等論者はそれこそ山ほどいる。だがそういう人種はどういうわけか、理想を語るだけで現実を見ようとはしていない。奴隷が今の身分を捨てた後に待っている苦難を欠片も想像できてはいないんだ。今のお前のようにな」


「…………」


「理想を語るなとは言わん。だが……理想を押し付けるのはやめろ。言葉には責任が伴う。口先だけの奴が俺は一番嫌いなんだ」


 最後にそう締めくくったウィスパーははっきりとした拒絶の意思を見せた。

 最悪、私が吸血鬼であることを脅しに使ってでも認めさせようかと思っていたのだがそれも無駄のようだ。というより完全に論破されてしまった私には、そうするだけの気力なんて残ってなかった。


 軽率と言われれば確かにその通りなんだろう。

 リンのことを考えていたつもりで私はリンの為になることをしてやれていなかったのかもしれない。

 だけど……それでも私は……


「……言っておくが今の言葉はお前にも当てはまることだからな、ルナ。普段の見た目が人族と大差ないお前なら確かに社会に溶け込むことは容易だろう。だが万全を期すなら、最悪のシナリオを回避するためには……"奴隷"であるべきなのかもしれない」


 奴隷であるべきなのかもしれない。

 その言葉は奴隷であることを強く拒絶した私の胸に深く突き刺さった。


「……分かったよ。話してくれてありがとう、ウィスパー」


「ああ……良く考えろ」


 振り返り、ウィスパーの元を立ち去る。

 これ以上……そんな正論なんて聞いていたくなかった。


 ああ、そうだよ。確かにウィスパーの言う通りだ。

 確かにこの世界には奴隷という身分があって、奴隷であるほうが幸せな状況もあるんだろうさ。だけど……だけどさ、それってこの世界の常識が押し付けたただの傲慢じゃないか。


 支配するものとされるものが分かれていて、それが当然だとふんぞり返るその精神。ああ、嫌な気分だ。反吐が出そうなほどに。


 きっと私の中にある元の世界の常識が私にその強烈な違和感を押し付けているんだと思う。この世界で生きるには握り潰さなくてはいけない感情。だけど……リンを前にそんなことだけはしたくないと、強く拳を握る自分がいた。


『何かを得るには何かを捨てなければならない』


 かつての言葉が蘇る。

 リンを助ける為に何かを捨てなければならないのだとしたら……

 私は……

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もうめんどくせーからこの世界の人族皆殺しにしよーぜ☆
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