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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第2章 迷宮攻略篇

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第76話 恐怖は心の防衛本能

「上だッ!」


 私は叫びつつ、魔術の起動に入っていた。


「ひっ……」


「……つ、土蜘蛛っ!?」


 私の声に導かれ、周囲のパーティメンバーも次々にその怪物の存在に気付く。

 クラーケンや火龍と違い、コイツには『威圧』スキルがない。

 加えて『隠密』のスキルで気配遮断に長けたこのモンスターを感知するのは至難を極める。その存在を知っていた私も、以前の経験がなければ見逃していたかもしれない。こんな巨体のモンスターをだ。それほどに奴の陰行は完成されていた。


(まずい……こんな化け物相手には流石に戦えない)


 ウィル達にパーティが壊滅したときの状況はすでに話している。

 だから土蜘蛛の存在も彼らは知識として知っていた。

 まさかこの広い迷宮内で出くわすことになるとまでは思っていなかったようだが。それでも……


「全員戦闘準備! ノワール、リンは前衛で注意を引け! その間に俺とクリスで本体を狙う! クリス、攻撃は足を狙え! 機動力を奪ってから撤退するぞ!」


 ウィルの号令により、即座にパーティは機能し始める。

 流石というしかない統率能力。この良い意味でも悪い意味でも個性的なメンバーが集まるパーティを取り仕切ることが出来るのは彼を置いて他にいない。


「ウィスパーは退却用の障壁を用意! レオンとジルはその援護! ルナは戦力の足りないところを随時補強しろ!」


 流石……だけど、私の指示だけ妙に難易度高くない?

 まあもともと遊撃役として動いていた私にはいつもの仕事な訳だけど、この怪物を相手に上手く立ち回れる自信は流石にないよ?


「総員気合を入れろ! 行くぞ!」


 気付かれたことに気付いたのか、天井から勢い良く降下してくる土蜘蛛にウィルが真っ先に駆け出していく。チームを率いる将として、士気を高めようとしてくれているのだ。

 なかなか出来ることじゃない。

 やっぱり集団戦術においてはウィルほど頼りになる人物はいないようだ。


「うおおおおおおおっ!」


 咆哮と共に長剣が振り下ろされる。

 並みの魔物であればその一刀で切り飛ばされるだろう一撃はしかし……


「ぐッ……なんだってんだこの"硬さ"は!?」


 土蜘蛛の体に傷をつけるには至らない。

 鎧のように硬い体毛が体内への侵入を阻んでいるのだ。


「ノワール! 踏み込みすぎるな! 気を引くだけで良い!」


 そのステータスの規格外っぷりを悟ったのか、ウィルは前衛のノワールにそう指示を飛ばす。この怪物を相手にノワールの能力では荷が重いと判断してのことだろう。

 確かにウィルどころかクリスにすら劣るノワールのステータスではこの怪物に肉薄するのは悪手だ。でもそれは……ノワールだけじゃない。ウィルとクリスにも言えることだ。

 ステータスを数値として感知することが出来る私にはそのことが良く分かった。だから……


「ノワールッ!」


 叫び、私は疾走を開始する。

 足りない脚力を自覚しながらも、前に、前に。

 今まさにノワールに向け振り下ろされようとしている蜘蛛足に向け、跳躍からの横薙ぎの蹴りを放ち、軌道を強引に逸らさせる。

 ズズンッ、と重苦しい振動と共に地面に激突する蜘蛛足を前にノワールが驚きに目を見開いていた。


「ルナっ!?」


 盾役のノワールを守るという、本来の役目を考えれば本末転倒もいいところの連携だったがこのまま見逃していればきっとノワールは今の一撃で死んでいた。だがその全てを説明する暇のなかった私はただ一言……


「逃げて!」


 ぎょろぎょろと周囲を忙しなく見渡す蜘蛛の瞳が私を見据える。

 そこに写ったのは確かな歓喜の色だった。

 取り逃がした獲物を今度こそ仕留めんと蜘蛛足が脈動を開始する。

 クラーケンの触手ほどの規模ではないが、その一撃一撃は触手なんかの比ではない。加えて今の私はノーマルモード。『再生』の機能していない今、攻撃を食らえばあっという間に私は絶命してしまうことだろう。


「《森羅に(あまね)く常闇よ・集い・形成せよ──【ヴィルディング】》ッ!」


 右手に収束した魔力を槍の形に形成。

 再び頭上から振り下ろされる蜘蛛足に必殺の影魔術を放つ。 

 だが……


 ──ガィィィンンンッッ!


 まるで鋼でも叩いたかのような鈍い手ごたえと共に周囲に火花が舞い散る。私の最高の攻撃でも土蜘蛛の装甲を貫くことは出来ないようだ。以前に吸血モードからの一撃も防がれていたし、こうなるってことは半分以上分かっていたんだけどね。こうして実際に打つ手を封じられると辛いものがある。


「ウィル! 撤退準備を!」


「分かってる! だがその前にコイツの機動力を奪わないことにはどうにもならん! 逃げたところで追いつかれるだけだ!」


 確かに理屈としては分かる。

 撤退戦のセオリーでもあるしね。

 だけど……この怪物を相手に一本取ることが今の私達に本当に可能なのか?


「ルナは魔力の続く限り魔術をぶっ放し続けてくれ! その隙に俺が一撃叩き込む!」


「…………っ」


 ──そんな無鉄砲な作戦が上手くいくか!


 瞬間、叫びそうになった言葉を飲み込む。

 今の私はパーティの一員。ウィルの判断が正しかろうと、間違っていようとその指示には従わなくてはいけない。そうでなくてはチームとして機能しないからだ。


(『舞風』の術式は確立されていないし、今の私に使えるのは『影魔術』だけ……だってのにその一撃が防がれるっていうんじゃすでに私に有効な攻撃手段は存在しない。となると狙うのは奴の弱点(ウィークポイント)……眼球か)


 方針を決めた私は再び跳躍、蜘蛛の眼前に躍り出ては影魔術を放つ。


「ぐっ……やっぱり硬い……っ!」


 だが向こうも私の狙いが分かっているのか、そうそう簡単には狙い通りの場所を攻撃させてはくれない。もしも吸血モードならもっと正確に、素早く動けるってのに……くそっ!


「はあ……はあ……」


 魔力を練り上げ、術式を展開、詠唱を通じて世界の情報体に干渉。認識領域における最適、最速、最高の一撃をイメージとして収斂していく。

 魔法に比べて魔術は処理しなければならない情報量が多い。

 頻発する頭痛のような症状に目を細めながら、戦場を駆け抜ける。

 その時私を支配していたのはたった一つの感情だった。


 ──死にたくない。


 どこまでも純粋なたった一つの願い。

 これまでずっと吸血モードで戦い続けていた私は知らなかったのだ。

 吸血状態の興奮作用も『狂気』による後押しもない状態の私は……こんなにも弱いのだという事実を。

 魔術の精度、魔法の手数、身体能力の差異、スキルの大小……そんな上辺の部分ではない。もっと本質的、根っこにある精神的な部分で私は自分の弱さを認めざるをえなかった。


 これまでなんともなく戦えてきたのがまるで夢だったかのようにすら思える。

 怖いのだ。戦うことが。

 その感情を自覚した瞬間に足が震え始めるのが分かってしまうほどに。

 この時、この異世界に来て初めて私は私のまま戦場に立たされていたのだ。

 吸血鬼、ルナ・レストンとしてではなく、かつて小さな部屋で独り閉じこもっていた素の自分のまま……


「…………ひっ!」


 頭上を通り過ぎた死の颶風(ぐふう)に悲鳴のような声が漏れる。

 まるで身を引き裂かれるかのような圧倒的恐怖。思わず目を閉じてしまったのがまずかった。


 暗闇に支配された世界の中……凄まじい衝撃が私の体を吹き飛ばした。


 体がピンボールのように跳ねる。

 地面を転がされ、壁際に激突した私は体中から血を流しながら吐血していた。


「が……は……っ」


 あまりの激痛に息をすることすら困難だった。

 もしかしたらアバラ骨が肺にでも突き刺さっているのかもしれない。


「ルナぁぁぁぁぁッ!」


 誰のものとも知れない絶叫が周囲に響き渡る。

 すでに自らの血で真っ赤に染まった視界では何も判断することが出来ない。

 体の感覚すら、すでにない。五体満足でいるのかすら怪しい。

 このままだと……私は死ぬ。


(誰か……血を、血を……っ)


 声に出し、求めようとしたが駄目だった。

 潰された喉では意味のある音は出せない。壊れたリコーダーのような掠れた吐息が漏れるだけだ。


 この瞬間……私は私の死を悟った。

 確実に致命傷。指一本動かせない今の私にはどうすることも出来ないのだ。

 今更ながらに後悔が胸に押し寄せてくる。


 もし……もしも私が自分の身の上を皆に伝えてさえいれば……私は助かったかもしれないのに。誰かが私の為に血を吸わせてくれたかもしれないのに。

 だがそれは遅すぎる後悔。

 誰も信じることの出来なかった私自身の"弱さ"が招いた結末だ。

 一秒毎に迫りくる死の運命に対し、全てを諦めかけた瞬間……


「諦めないで、ルナっ!」


 ──その泣きそうな声が響いたのだった。


 そして数瞬後には誰かに抱きつかれる感触。

 誰だ? 一体誰が私を……


「死なせない……ルナは私が死なせないっ」


 より一層強く抱きつく小さな体。そして……ズブリ、とその甘美な味が口の中に広がっていく。

 その瞬間……


 ──死にかけていた全ての細胞に力が灯るのを感じるのだった。


 誰かが私に"噛ませてくれた"のだと気付くのに時間は必要なかった。

 ごくごくと嚥下する血液に少しずつ晴れてゆく視界。その先に待っていたのは……


「……リン?」


 いつも私に冷たい視線を送っていた一人の小さな少女だった。

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