第74話 人はそれぞれ逃れられぬ業を背負っている
「よし、今日はこの辺りで休憩にしよう。ルナとリンは料理を頼む。食材が残り少ないからペース配分も考えてくれ」
ウィルの命令を受理した私はリンと一緒にクリスの元へ向かう。
パーティ一番の力持ちであるクリスが私達の食料を預かってくれているのだ。
「二週間分は確実にある。だが迷宮では食料は余るくらいが良い。魔物の肉でも食べられるものは調理してくれ」
「大丈夫。その辺は分かってるから」
何せ食糧問題はずっと私を苦しませ続けてきた難題だったからね。
ようやくまともな食事にありつけるようになったんだ。あの日々に逆戻りはごめんだ。
「ふんふんふーん♪」
「……ご機嫌だね、ルナ」
「そりゃあねえ。もう少しで外に出られると思ったら心躍るってもんよ」
「……ルナはどうしてこの迷宮に来ることになったの?」
「あれ? どうしたの珍しい。もしかして私のこと気になってる?」
「……やっぱり良い」
「嘘嘘! 茶化さないから普通に会話しよう!」
リンはすぐにいじけるからからかうのも神経使っちゃうね。
そもそもからかうのをやめろよって話なんだけど、どうにもリンの弄られオーラが私を狂わせる……うん。自重しようぜ、私。
「……ルナは普通の人とは違う」
「え……?」
「……そんな気がする」
一瞬驚いたけど、続く言葉にほっと胸を撫で下ろす。
危ない危ない。吸血鬼だってことがばれたかと思ったよ。
ばれてたらこんな風に暢気に会話なんてしてくれないというか、絶対パーティの皆に言っているだろうからそれはないと思うけど心臓に悪い。
「リンは私のどこが普通の人と違うって思うの?」
「…………匂い、かな」
「匂い?」
「うん……絶対に拭い取れない、そんな"血"の匂い」
「…………っ」
常人離れした獣人族の嗅覚は馬鹿に出来ない。
そんな彼女が言うのだから間違いないのだろう。
だとしたら……やばいやばいやばい!
私が吸血鬼だってばれちゃう!
「ま、まあこれでも結構波乱万丈な人生歩んできているからねえ。あ、服とか着替えたほうが良いかな?」
「……そうじゃなくて、もっとこう……体の芯に染み付いているような匂い」
あかーん!
リンは私のことを疑い始めてるぅ!
それが吸血鬼の匂いだってことには気付いていないみたいだけど、これはまずい! まずいですよ、奥さん!
「あ、あはは……そっか。私は普通と違う匂いがするのかあ……でもそれ他の皆には言わないでね? くちゃい奴とか思われたら嫌だから」
「……うん。分かった」
ふう……どうやら一命を取り留めたようですよ、奥さん。
というかさっきから誰だよ、奥さんって。
動揺して思考が暴走していたようだ。クールにいこうぜ。
「……でも」
「でも……?」
「……私、嫌いじゃないよ。ルナの匂い」
「え……? 告白?」
「………………(じとー)」
「ごめんっ、ごめんって!」
手を出せない代わりにゴミを見るような瞳で見つめてくるリン。
これが地味に効く。私に対しては肉体的な攻撃より、精神的な攻撃の方が効果も高そうだ。
「……ルナは本当にどうしようもないね」
「しみじみ言われると流石に傷つくんですけど……」
それからしばし無言になった私達は遅れていた調理の速度を上げることにした。リンにしてみればこれも大事な命令だからね。疎かにするわけにはいかないのだ。
黙々と作業するリンに先ほど言われた言葉を思い出す。
改めて考えると種族の違いを隠すってのはかなり大変なんだよな。特にこういう集団生活の中では特に。
いつバレるか分からない不安。子供の頃とは違う窮屈な閉塞感を感じてしまう。
(吸血鬼として生まれたことは選べたことじゃないんだけど……こういうときは自分の身の上を恨まずにはいられないね)
秘密というのはどうしたって他人との距離を生む。
かつてアリスに対して秘密を明かすか悩んだこともあるように、私は基本的に臆病な性格なんだと思う。だからこそ"意識して"楽観的に行動しなければ前に進めないほどに。
でも……私が私である以上、この命題は今後も一生付きまとう問題だ。
いつか私は向き合わなくてはいけないのだろう、この逃れられぬ血の運命に。
「…………」
私が一人思案に暮れていると、調理がひと段落したタイミングでポツリと思い出したかのようにリンが言う。
「……不安になる必要はない。普通と違うのはルナだけじゃないから」
「…………え?」
あまりにも突然な言葉だったので思わず聞き返してしまう。
別に突然難聴になったわけじゃないんだけどね。リンの口から言われた内容があまりにも予想外だっただけだ。
「……なんでもない」
最後にそう言い残したリンはそのまま自分の作業を終わらせ、どこかへいってしまう。去り際に見えたその横顔がまるでリンゴのように真っ赤に染まっていたのが見えた。見えてしまった。
もしかして……今、リンは私を励まそうとしてくれてた?
不器用な言葉で、恥ずかしい思いを我慢して。
そんな……そんなのって……
──可愛すぎるでしょボケがぁぁぁぁっ!
やられたぁぁぁっ! 完全に今の一撃で心持って行かれたぁぁぁっ!
ちっくしょう! 今の完全に不意打ちだったぞ、おい!
こんな隠し芸を持ち合わせていたなんてずりいよ!
アリスが可哀想になるくらいの完璧なツンデレっぷり! 最早ツンデレキャラのポジションは完全に食われちまってるよ!
はあ……はあ……駄目だ。意識したらどんどん、こう……"アレ"が押し寄せてきてた。
久しぶりすぎて忘れていた『色欲』スキルの発作が。
一人でいる時はほとんど感じなかった色欲の衝動が私を苦しめる!
ああ、だけどリンに襲い掛かったりしたら絶対に嫌われる……ど、どうしよう。私はこの衝動をどうすれば良いっ!?
「ちょっとルナ、あなたリンに何をしたのよ。さっき真っ赤な顔で走っていくのが見えたわよ? セクハラも良いけどほどほどにしておきなさいよね」
「ノワールぅぅぅぅぅっ!」
「え? ちょっ、えええええっ!?」
丁度良いところに丁度良い奴が来た!
普段から私がセクハラしていると思われていたことには突っ込みを入れたかったが、今はそれどころではない。私は今、別のモノを入れたいのだから!
「るるるる、ルナっ!? いきなり何をするのよ!?」
「はあ……はあ……大丈夫。ノワールの物理防御力なら耐えられるはずだから」
「本当に何をするつもりっ!?」
戦慄するノワールの顔を舌で舐め取る。
美少女の味がした。
「それでは久しぶりに……頂きます」
「いやああああぁぁぁぁぁっ!」
私のアレがソレする寸前……ノワールは背中に装備していた重量級の盾を手に取り、力任せに振り下ろす。そして……ゴインッ! とヤバ目の音がして私の意識は暗闇へと落ちていった。




