第73話 嵐の前の
ウィルのパーティに加わり、脱出の糸口を掴めたのは良かったのだが一つだけ問題があった。
「やはりここは北側に抜けるルートが良いだろう。最短距離だし、近くに街もある」
「しかしその為に新しいルートを通るのもリスクが高いのでは?」
「それにこの季節は積雪も気になるぜ。下山するのに時間がかかるようなら南を目指したほうが良くねえか?」
「ふむ……いや、だがしかし……」
どうやらウィル達は迷宮を脱出するルートについて揉めているらしい。
フェリアル大迷宮には幾つかの進入ルートがある。最終的に中央を目指して進むことになるのだが、すでに私達は中心近くまで来てしまっている。
その為、どのルートを使って脱出するのか決めあぐねているらしい。
あ、ちなみに最深部は目指さないようだ。
そもそも伝説の黄金器の存在なんて信じていないのか、最初から魔物の素材や鉱石目当てで入ってきたらしい。
ウィルのパーティで地理に詳しいウィル、ノワール、レオンの三人で話しているのだが未だに結論は出ていない。そろそろ出発したいところなんだけどね。
「リンはどのルートが良いと思う?」
「……何で私に聞く?」
「暇そうだったから」
「…………」
ああ、露骨に嫌そうな顔をされてしまった。
「……北かな。寒いのは苦手じゃない」
それでも答えてくれるリンちゃん、マジ天使。
「そういえば獣人種の生存圏は北方にあるんだっけ。それなら寒いのが得意ってのも納得かな」
「……私は行ったことないけど」
「え? そうなの?」
「……私は奴隷の子だから」
「あ……」
しまった。
迂闊なことを聞いてしまった。
奴隷には幾つか種類がある。私のように途中から奴隷にされた者と、生まれながらに奴隷だった者。親が奴隷の場合、その子供も奴隷になるのが慣わしだ。
きっとリンのご両親も奴隷だったのだろう。獣人族が人族の中で生活している理由なんてそれくらいしかない。知識としては知っていたのに……ちっとは気を使えよ、私。
「その……ごめん」
「……謝る必要なんてない。私にはそれが当たり前だから」
ぐはっ! 返事にすら棘を感じる……ってそれはいつものことか。
そっぽを向くリンはいつもの調子で、特に何か思うところはないらしい。
奴隷であることが当然の環境、か。
そんな中で生まれ育ったらどういう感覚を持つようになるんだろう。
途中から奴隷にされた私には分からない話だ。
「むう……我ながら視野が狭い。こんなんじゃいつまで経ってもリンちゃんに嫌われたままだよ」
「好かれたいならまず私の耳から手を離すべき。それとリンちゃんって言うな」
そう言いながらもされるがままのリン。
どうやらウィスパーの命令により、私達パーティメンバーには手が出せないらしいのだ。おかげさまで私はやりたい放題リンの耳を弄れるってもんよ。
ああー、いいわぁ、このふわっふわの毛並み。癒されるぅ。
「良し! 皆、経路が決まったぞ! 出発だ!」
む? どうやら時間が来てしまったらしい。もう少しだけ触っていたかったけど仕方ない。
手早く準備を整えた私達は北に向け、進路を取る。
どうやら北側に抜けるルートを採用したらしい。
「希望通りになってよかったね、リン」
「……どの道私に拒否権はない。ただ従うだけ」
「またそんなこと言って。ちょっとくらい喜べば良いのに」
いつも無表情のリンからは感情が読みにくい。
まあそれも性格だし、仕方ないか。
一度で良いから笑っているところを見てみたいんだけどな。
「……私には斥候の役目がある。ルナは下がってて」
「別に私は一番前でも大丈夫だよ?」
「……いいから、下がる」
ぐいぐいとリンに押され、私はパーティの真ん中あたりに配置される。
本当の能力的には私も斥候をやったほうが良いんだろうけど、そこは隠さないといけないからね。ああ、リンと一緒に居られる口実が欲しい。
「ルナは本当にリンが好きだなあ」
ため息をつきながら歩く私にウィルが半笑いで語りかける。
あまり仲良くして欲しくない彼からしたら微妙なところなんだろう。
リンの存在はチームの中でも特に浮いている。奴隷だから当然なんだけど、同格とは扱われていないのが見ていて良く分かる。そんな相手にゲストである私が近寄るのはウィルとしても複雑な心境なんだろう。
だからといって距離を置くつもりはないけどね!
「私は全ての美少女の味方だからね。ウィルとリンが崖から落ちそうになってたらまずはリンから助けることにするよ」
「ははっ、それは泣ける話だ」
「でも実際、ウィルなら崖から落ちたとしても何とかするでしょ。あれだけ動けるんだし」
「身体能力って意味ならリンも同じくらいだと思うけどな」
「となるとやっぱり優先順位は好みの問題になるね……うん。やっぱりリンだ」
「そこは嘘でも俺にしといてくれよ。あんまりないがしろにされるとリーダーでも泣くぞ?」
「大丈夫です! ウィル様! 私はウィル様一択ですから!」
おどけた態度を見せるウィル。
それに対し最前列を歩いていたはずのノワールがどこから聞きつけたのか持ち前の地獄耳を発揮してそう返事をしていた。あの娘は本当にウィルのこと大好きだなあ。
「ほらね。ウィルにはノワールがいるんだから、リンは私に任せておきなさい」
「そういうことなら仕方ないな。リンのことはルナに任せることにするよ」
ウィルは最後に「そんな状況、まず訪れないだろうけどな」と言って笑った。
このパーティの優秀さをこの一週間でまざまざと見せつけられていた私も釣られて笑う。これまで出会ってきた全ての魔物に対し、ノーダメージで勝ち続けているのだからそれも当然だ。
ウィル達は強い。
私が手助けする必要もないくらいに。
だからその時の私はウィルの冗談に対し、笑っていた。
──この後訪れる惨劇なんて、知る由もなく。




