第71話 人生、諦めが肝心
一般人のステータスは体力、魔力が200前後。その他は100前後が平均値といったところだ。ウィルの仲間達は全員、冒険者ということもあってその倍近いステータスを持っている。
ウィルにいたっては吸血モードの私に匹敵するステータスを持っているし相当な実力者だ。まあ魔法が使える分、圧倒的に私の方が強いとは思うけどね!
まあ今やれば瞬殺されるけど。私ノーマルモードだし。
【ノワール 人族
女 16歳
LV12
体力:120/120
魔力:67/67
筋力:122
敏捷:105
物防:140
魔耐:87
犯罪値:56
スキル:『知能』『器用』『盾術』】
ノワールのステータスはこんな感じ。このメンバーの中では一番低いステータスだ。それなのに盾役ってかなり危ないと思うんだけど……まあ、スキルもあるし盾やら何やらを装備して物理防御はそれなりに高いから大丈夫か。
【リン・リー 獣人族
女 8歳
LV16
体力:216/216
魔力:72/72
筋力:120
敏捷:215
物防:82
魔耐:54
犯罪値:52
スキル:『五感』『俊敏』『気配感知』】
そしてリンのステータスで特筆すべきは種族スキルの『五感』と『俊敏』だね。敏捷値が高いのが獣人族の特徴らしい。筋力はそれほどでもないから、小さいナイフを持って攻撃するみたいだ。チームの中では斥候役というポジションに落ち着いている。
鼻が利くからトラップなんかも嗅ぎ分けられるらしい。私は魔力痕跡のない自然を利用したトラップは見抜けないからかなり助かっている。
これで後鑑定していないのはウィスパーだけ。
ちょっと探りを入れてみよう。
「……ねえ」
歩きながらウィスパーの服を引っ張ってみる。
「……なんだ」
おお、ちゃんと声出せたんだ。という声小さいなあ。あ、それで囁き声なのか。道理でちょっと変わった名前だと思ったよ。これ、絶対本名じゃないわ。
「ウィスパーって名前、本名?」
「……違う」
やっぱりか。
「なら本当の名前はなんて言うの?」
「なぜオレがお前にそれをわざわざ教えてやらねばならん」
良いから名前ぐらい言えや。
……とは流石に言えないよな。本音と建前を使い分ける女、それが私。
…………あ、いや男。本音と建前を使い分ける男ね。ふう、危ない危ない。この突っ込みも久しぶりだったから忘れかけてたよ。セフセフ。
「私は本当の名前を言わない人を信用することが出来ない。円滑なコミュニケーションを図るためにも、きちんと名前は共有すべき」
「……ガキの癖に細かい奴だ」
まあ、今のはウィルに対しての牽制でもあるからね。
ウィルにはこの会話が聞こえていることだろう。本名を隠している理由もいつか吐かせてやりたいところだ。
「……オレは自分の名前が分からないんだよ」
「え……?」
「記憶喪失の一種……なんだろうな。一時期を境にどうも記憶がおぼろげなんだ。古い記憶が思い出せない。出身も、親の顔も、名前すらもな」
「それは……ごめん」
興味本位に尋ねた自分が恥ずかしい。
まさかそんな漫画みたいな事情を抱えた人がいるなんて……あ、でも私なら名前、分かるんじゃね? 鑑定で見てみれば一発なわけだし。
「ウィスパー」
「……まだ何かあるのか」
「ちょっと顔見せて」
「……なぜだ?」
「良いから」
未だフードを被って顔を見せようとしないウィスパーから強引に剥ぎ取ろうと手を伸ばす。だが長身の彼に胸元までしか手が伸びず、私の手は虚空を掴むだけだった。
「……しゃがんで」
「……嫌だ」
「お願い、しゃがんで」
「嫌だ」
「…………ふんっ!」
私は強引にフードを掴もうとぴょんぴょんジャンプしてみるが……まだ届かない。
くそっ! こんなところで身長の低さを恨むことになろうとは!
「しゃがめー!」
最早、やけくそだった。
ここまで来たら絶対鑑定してやる!
「……はあ、注文の多いガキだな」
ウィスパーはぼそぼそ声で嘆息してみせると……
「ほらよ。これで良いか」
私の正面で億劫そうにではあるがきちんと屈んでくれた。
顔を見せるだけならフードを取るだけで良いのに。なんだよ、こいつ。案外良い奴じゃん。よし、これで手が届く……って、これ。
「ウィスパー……」
「あんまり見ていて気持ちの良い顔じゃないだろ。分かったらフードを戻せ」
「…………うん」
フードによりずっと隠されていたウィスパーの素顔。
そこには見るも無残、とまでは言わないがまるで獣に引っかかれたかのような傷跡が残っていた。左目から口元にかけて。ウィスパーはずっとこれを隠していたのだ。周りが気を使わないように。
「…………」
「ほら、早く戻せ」
「……傷跡は男の勲章」
「……あ?」
「前にお父様が言ってた。男にとって傷跡は勲章だって。だからウィスパーも恥じる必要なんてないよ。少なくとも私には隠さなくて良いから」
「…………」
「私、ウィスパーの顔、格好良いと思うよ」
「……ちっ、そういうのは言わなくて良いんだよ」
ウィスパーは私の手を振り払い、フードを元に戻そうとした。
照れているのかな? まあいい。それより今は……
(──『鑑定』っ!)
ウィスパーの記憶を全て取り戻すことは出来ないけど、もしかしたら名前くらいは取り戻せるかもしれない。そう思ってのことだったのだが……
「…………え?」
私の脳内に飛び込んできた情報は想像を絶するものだった。
【※※※※※ 人族
男 ※※歳
LV※※
体力:※※※/※※※
魔力:※※/※※
筋力:※※
敏捷:※※※
物防:※※
魔耐:※※
犯罪値:9942
スキル:『知能』『器用』『魔力感知』『魔力操作』『魔力制御』『土適性』『光適性』】
ぐっ……何だこれは?
頭が割れるように痛い……直接鈍器で脳みそを殴られてるみたいだ!
「はあ……はあっ……」
何だ……何なんだよ、これは!
鑑定をしてこんな風になったことなんて一度もなかったのに。それに……こんなステータス、今まで見たことないぞ! 情報のノイズが酷い。名前どころか年齢、ほとんどの能力値が解読不能だ。
というか……犯罪値が9942だって?
こんな高い数値みたことない。明らかに普通じゃないぞ。まさかこれが原因なのか?
「……おい、ガキ。どうした?」
「ちょ……ちょっと傷が……」
「……そうか。少し休め、ウィルにも休憩に入るよう頼んでくる」
「……うん」
鑑定を切り、一呼吸入れると痛みは大分楽になった。
だけど……今のは本当になんだったんだ?
分からない。分からないけど……あの犯罪値の高さは尋常じゃない。
私はこれまで多くの人間を見てきて、一つの傾向に気付いた。それは犯罪値の数値は性格に比例するということ。親切で優しい人ほどこの数値が低い傾向にある。
逆に山賊なんかは1000とか2000とかが普通にいた。
だけど……9942なんて数値は山賊共でも見たことがない。それほどに悪人という印象は受けなかったのに……一体何をすればあれほど高い数値になるというのか。
「……一体、何者……?」
本名を隠すウィルことウィリアム。
獣人の奴隷であるリン・リー。
そして犯罪値が異常値を記録しているウィスパー。
……どうやらこのパーティ、一癖も二癖もある連中の集まりらしい。
私はこのままこのパーティと一緒に行動すべきなのか、僅かに逡巡し……
「……ま、いっか」
自分も吸血鬼やら色欲やらで普通じゃないことを思い出し、気にしないことにしましたとさ。




