第70話 挨拶と自己紹介はコミュニケーションの基本
魔力は生命の源である生命エネルギーを運用したものだとされている。
師匠がその分野の研究者だったこともあり、私も基本くらいは聞かされていた。生命エネルギーである魔力には限りがあり、それを回復するには休息をとる必要がある。息切れを直すために立ち止まって休憩するみたいに。
ただその回復速度は息切れなんて比にはならないほど遅い。
魔力が切れるまで活動を続けた場合、普通の人ならその回復には丸一日の療養期間が必要とされている。私が見た限り、一般人の魔力量は200やそこらが良いところなので一日で魔力は200前後回復する計算だ。
さて……そこで問題なのが私の魔力量はおいくらなのかってこと。
今の私の魔力量は5270。
5270だ。527ではない。5270だ。
これを完全回復させるには一体どれだけの時間が必要になる?
答えは……"26日"だ。ほぼ一ヶ月近く。いくらなんでもかかりすぎだ。
だけどそれだけの時間をかけなければ魔力とは回復しないものなのだ。こればかりはどうしようもない。
【ルナ・レストン 吸血鬼
女 9歳
LV8
体力:159/202
魔力:378/5670
筋力:150
敏捷:164
物防:130
魔耐:92
犯罪値:212
スキル:『鑑定(80)』『システムアシスト』『陽光』『柔肌』『苦痛耐性』『色欲』『魅了』『魔力感知(19)』『魔力操作(64)』『魔力制御(25)』『料理の心得(12)』『風適性(19)』『闇適性(23)』『集中(12)』『吸血』『狂気』『再生(12)』『影魔法(14)』『毒耐性(5)』『変身』『威圧』】
ステータスを見ても私の魔力の枯渇具合が分かってもらえると思う。
ツッコミどころはそれでもまだ一般人の魔力量を遥かに上回っているっていうところね。ははっ、最近忘れがちだけど『色欲』スキルマジでチートすぎる。
とはいえ一度魔力欠乏に陥ったせいで、まだ安静にしている必要があるんだけどね。だけどそれだけの被害を受けた甲斐はあったと思う。流石はクラーケンと言うべきか、一気にレベルが3も上がっていた。加えて新しく手に入れた『威圧』スキル。
どうやらこれは通常状態でも使えるスキルみたいだ。
自由にオンオフも出来るし、使い勝手は良さそう。
このスキルを極めればいつか「食らえ! 覇王色の○気!」とか出来たりするんだろうか? 夢が広がるね!
「それでルナはここから脱出することが目標な訳だよな? それならどうだ、俺達と一緒に来ないか?」
私がウィル達に一通りのあらましを伝えると、ウィルが真っ先にそう言った。
役に立ちそうもない私をチームに加えるメリットなんてほとんどないはずなのに。それを皆も分かっているのか、焚き火を囲むメンバーはノワールを筆頭にやれやれって顔で肩を竦めている。リンだけは遅めの食事に意識が向かっているのか無表情だったけど。
多分、ウィルという人物はそういう人柄なんだろう。
困っている人を放っておけないお人よし。
ただ気になるのは……
【ウィリアム・ブランシェット 人族
男 22歳
LV16
体力:426/426
魔力:150/150
筋力:376
敏捷:433
物防:345
魔耐:220
犯罪値:269
スキル:『知能』『器用』『剣術』『体術』『弓術』】
この人、私に対して本名を名乗っていないのだ。
いや、ウィリアムっていう本名に対してウィルという愛称が付くのは分かる。だけど探りを入れてみたところこの人、ウィルが本名だと他のメンバーにも言い伝えているようなのだ。
レベルも妙に高いし、この人本当に何者なんだ?
なぜ本名を隠しているのか問いただしたいところではあったけどいきなりそれを聞くのも不自然だ。となると気付かないフリをするしかない。その点が唯一、不信感として残っているんだけど……
「……良いの?」
「ああ。ここで会ったのも何かの縁だ。一緒に行こうぜ!」
若干熱血入っているウィルからは特に後ろめたさを感じられない。
ならこのチームに加わらせてもらうのもアリなんだろう。でも……
「ルートさえ教えてもらえるなら一人でも大丈夫」
正直、吸血鬼である身分を隠したまま一緒にいることに耐えられる気がしない。ここぞというところで困ったことになったら嫌だからね。かといって吸血鬼であることを打ち明けるのもそれはそれでまだ心の準備が出来ていない。
私も地図は持っているわけだし、ルートを教えてもらって別行動が無難だろう。
「一人でも大丈夫って……おいおい、いくらなんでもそれは無謀ってもんだぜ? 食料だってないし、二週間もかかる道のりを一人で行けるわけないだろう?」
だが、ウィルは私の予想を超えたお人好しだった。
「でも……私は怪我してるし、一緒にいても役に立てるとは限らない」
「役に立てるかどうかなんてガキが気にしてんじゃねえよ。良いから一緒に来い。怪我しているならなおさら一人で行かせられるわけないしな」
私の主張を全部無視して、ウィルは強引に私をパーティに誘った。
こういう正義感ぶった人間は正直苦手だ。
自分勝手な私が矮小な人間に思えてくるから。
でも……
「……分かった」
長い迷宮生活で、私の精神は限界を迎えていたのも事実。
肉体の限界はまだ遠くても精神的な綻び、その兆候があった。
ただ一言で言うのなら……きっと私は人恋しくなっていたんだと思う。
「私を……貴方達のパーティに加えて欲しい」
だからだろう。伸ばされたウィルの手を反射的に取ってしまったのは。
「ああ、よろしくな。ルナ」
それは私にとって数ヶ月ぶりとなる、人の温もりだった。
こうして私は彼らの八人目の仲間となった。
この選択を後悔する日が来るかどうかは……今の私には分からなかった。




