第67話 旅は道連れ世は情け
夢を見ていた。
成長した私がアンナやアリス達と仲良く学校に通っている夢だ。
勿論、現実にそんなことが起こるはずがないことは分かっている。引きこもりアリスが学校に通うわけないし、アンナだって孤児だ。学費なんて到底払えっこない。
だけど……いや、だからこそと言うべきなのかな。
叶うはずのない願いだからこその夢。
前世ではろくに登校すらしていなかった私が何を今更と笑ってしまいそうになる。でも、もしももう一度願うことが許されるのなら……私はそんな平凡な日常こそを求めていたのかもしれない。
「…………う」
重たい思考の中、ゆっくりと意識が現実へと舞い戻る。
目覚めて最初に感じたのは雑音だった。地下迷宮にきてから久しぶりに耳にする音。それは久しく聞いていなかった自分以外の人間による"言語"だった。
「────はっ!?」
誰かが近くに居る。
その事実を認識した瞬間、私は弾かれるように立ち上がっていた。
姿勢を低く、何が起きてもすぐに対処できるよう魔力を集めて魔術の準備を整える。その時のことだった。
──ドクン──
唐突に心臓が跳ねるような痛みを伝えてきた。
思わず胸を押さえて蹲る私に慌てた声が降りかかる。
「待て! 落ち着け! 俺達は怪しい者じゃない!」
周囲を探すまでもない。その一団は私のすぐ目の前に陣取っていた。
すぐに見えるだけで6人。食事中だったのか、焚き火を囲むようにして座り込み何やら温かいスープのようなものを入れた器をそれぞれが手に持っている。
何だ……こいつら? 一体いつからここに?
少なくとも敵意は感じない。それに……よく見れば私の体には何やら治療した跡がある。私が自分で治療した記憶がない以上、これをやったのはこの人たちで間違いないだろう。
「…………敵じゃ、ない?」
「あ、ああ、そうだ! 俺達は倒れていたお前を拾っただけなんだ。誓って何もしていない」
敵意がないことを示すためか、腰に吊っていた剣を下ろしこちらに歩み寄る男。年齢は大体お父様と同じかそれより少し若いくらいだろう。ところどころ癖のある茶髪を跳ねさせるその青年は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて私に話しかけてくる。
「俺の名前はウィル。一応このパーティのリーダーをやらせてもらっている。俺達はこの迷宮を攻略するために編成された冒険者のチームだ。良ければ何があったか話してくれないか? お前みたいな小さな子が一人でこんなところにいるなんて普通じゃない、いや、別に好奇心で言ってる訳じゃないぞ? 何か俺達が力になれることがあるなら手を貸そうって話だ」
一気にそうまくし立てたウィルと名乗った青年。
よく回る舌だ。一見優しそうな男と、よく喋る男は信用するなとお父様に厳しく言い聞かされていた私はこの男の言葉を素直に受け取ったりはしない。
そもそも美味い話には裏があるのが世の常だ。安易に人を信じることなかれ。
「…………(じー)」
「あー、えっと……あはは……」
私の疑いの視線に気付いたのか、困ったような笑みを浮かべるウィル。
どうしたものかって顔だ。
「ウィル様」
そんな彼に助け舟を出したのは、彼のパーティメンバーなのだろう一人の女性だった。まだ10代半ば程度にしか見えないその女の子は私を一瞥すると不快感を隠そうともせず告げる。
「相手の名乗りを無視するような無礼者に親切にする必要なんてありません。それにこの子供が危険人物でない保障もない。安易に近寄らないでください」
「お、おいノワール。危険人物って……こんな小さな女の子なんだぜ?」
「それでもです。私が相手をしますからウィル様は下がっていてください」
そう言ってウィルの体を強引に後ろに下げるのはノワールと呼ばれた女の子。
こっちからはウィルと違って棘棘しい雰囲気を感じる。こっちを警戒しているみたいだ。真意の読みにくいウィルよりはこっちの方が私としてもやりやすいかも。
とはいえウィルの名乗りを無視したのは確かに失礼だ。
相手にどんな思惑があるにせよ、それはこちらが礼を失して良い理由にはならない。
「……私はルナ・レストン。貴方達はどうしてここに?」
「ウィル様が仰っていたでしょう。私達はこの迷宮を攻略するために集められたのよ」
「……質問が悪かった。貴方達はどうやってここまで来たの?」
「普通に道を通ってよ。経路を聞いているなら始点は南西部にある山岳地帯から。時間にしてそろそろ二週間近くになるかしら。たった7人でこれだけの成果を上げられるチームなんて他にはない。それだけ私達は指折りの実力者ということよ。せいぜい妙な考えは起こさないことね」
むう……一々癇に障る言い方をする奴だな。
話しやすくはあるけど、ムカつくぞ。
とはいえ貴重な情報源だ。怒らせて不和を招くのはまずい。
こいつの話を信じるのなら……この人たちは"出口までのルートを知っている"のだから。
「……マッピングは出来ているの?」
「当然でしょ。どこの世界に迷宮まで来てマッピングを忘れる馬鹿がいるのよ。自分の居場所が分からなくなったら詰みじゃない」
ぐっ……自分の居場所が分からなくなった馬鹿はここにいるんだよ。
ナチュラルに人をおちょくりにきてやがるな、コイツ。
「それで? なんであなたはこんなところに一人で居たのよ。仲間はどうしたの?」
「仲間……」
「? どうかしたの? まさか一人で入ってきたわけはないでしょ?」
「いや、別に……」
思い出すのはここに来る原因となった一人の男のこと。
あいつを仲間と呼べるほど私の懐は広くない。ただそれだけのことだ。
「仲間はいない。全員殺された」
だから私は結果だけを伝えることにした。
嘘はついていない。仲間なんて最初からいなかったのだから。
「……そう」
そこでノワールは初めて私に同情めいた感情を見せた。
少しだけ警戒度を下げたのか、さりげなく触っていた腰の剣から手を離したノワールは焚き火を指差し、
「ありあわせで悪いけどスープくらいならご馳走するわ。来なさい」
そう言って私をパーティの元へと引っ張っていくのだった。




