第65話 持久戦続行中
クラーケンの触手が私の右手を絡め取る。
このままでは折られることを悟った私は瞬間的に右手を『変身』させ、蝙蝠群へと変異して部分的な離脱を図る。
そうして生まれた隙に、クラーケンの表皮に影槍を放つが……駄目。やっぱり普通に攻撃しただけではこの高い魔法抵抗を貫くことは出来ない。
ならば……
──操魔法・舞風。
右手に持っていた石ナイフを影槍の援護に回す。
魔力で作られたものではないので、クラーケンの魔法抵抗を関係なく貫くことが出来る私の有力な攻撃手段だ。
クラーケンの体に突き刺さった箇所から舞い散る血飛沫に蝙蝠群が殺到する。
丁度良かった。そろそろ血の補給をする必要があったからね。これでまた吸血モードの持続時間が延びる。とはいってもこれっぽっちの血だと持って数分。決着を急がなければ。
「ぐ……っ!」
私が蝙蝠群を体に戻し、血液補給している間にクラーケンは何本もの触手を水面に叩きつけ視界を乱してきた。
どうやら混戦に持ち込むつもりらしい。
どこから攻撃が来るのか分からなくなった私は仕方なく影糸を体中に巻きつけて防戦態勢を取る。そして……
──バァァァァァァン!
まるでトラックに轢かれたかのような衝撃が体に走る。
横なぎに振るわれた触手に弾かれる形で私は地面を舐めるように転がされる。
くそう……今の一撃はなかなか効いた。
影糸でガードしてなかったら転生してたところだぜ。
「はあ……はあ……」
呼吸を整え、視界が晴れるのを待つ。
それから一呼吸おいて、クラーケンの全身がゆっくりと視界に戻ってくる。
体中のあちこちに傷を作っているクラーケン。
地上に戻ってから何度も何度も舞風をお見舞いした成果だ。
途中何度もクラーケンの血でブーストをかけながら戦ってきたけど……あれから一体どれくらいの時間が経ったんだ?
少なくとも一時間以上はずっと殴り殴られを繰り返している気がする。
ステータスは……うん。クラーケンの体力は確実に削れてきている。このままいけば倒すことが出来るだろう。それまでに私の吸血モードが持てばという制限はつくけど。
私の場合、持久力を見るなら体力よりも魔力を見たほうが早い。
再生スキルを使って魔力を体力にしているみたいなものだからね。逆に言えばこれだけ魔力があるから、あの化け物とも対等に渡り合えているわけだし魔力様様だ。
今現在、クラーケンの体力は全体の60%。私の魔力は全体の50%といったところ。若干私の方が押されている。だけど、向こうは傷が残るからね。後半になればなるほど動きは悪くなるはずだ。
後は私が精神的な疲れをどれだけ無視できるかなんだけど……うん。まだいけそうだ。
魔法の使いすぎが原因か若干頭が重いけどそれぐらい。
戦おうと思えば2日でも3日でも戦っていられそうだ。
まあ、そこまで行くと確実に魔力が持たないだろうけど。
もう少し血があればもっと身体能力を強化できそうなんだけど、戦闘中に血を吸うのはかなり難しい。タイミングを誤ればそのまま一撃で持っていかれてしまう。
となると私が取れる戦法は今現在挑戦中のヒットアンドアウェイの持久戦だ。血がなくなったら私の負け。魔力が尽きても私の負け。逆にクラーケンの体力が先に削りきれれば私の勝ち。
勝利条件はシンプルだけど、かなり厳しい。
単純にクラーケンの体力が高いというのもある。
巨体の分、生命力に溢れているんだろうね。ずるい話だ。
贅沢を言えるならもう少し決定力の高い攻撃手段が欲しい。
影槍は勿論、舞風も当たり所によってはダメージにならないし。
気分は、うわっ……私の攻撃力、低すぎ……? って感じ。
まあぼやく暇があるなら、今の手段で戦うしかないんだけど。
……良し。そろそろ休憩終わり。
集中しろよ、私。一瞬でも気を抜けばその瞬間に持っていかれるぞ。
彼女達の元に戻るためにも……こんなところで負ける訳にはいかないんだから。
脳裏を過ぎった二人の少女の影。
今頃何をしているだろうか?
私がいなくなったことに対して少しは悲しんでくれているだろうか?
……もしそうだったら、嬉しいな。
「……ふー」
逸れかけた思考を深呼吸で元に戻す。
今は全て忘れよう。ただ目の前の敵を屠るためだけの機械になれば良い。
瞳を閉じ、想いを心中に封じ込める。
そして、再び瞳を開いたとき……私の目は、どこまでも真っ直ぐに目の前の強敵に向かっていた。
吸血鬼特有の淡い紅色の瞳が迷宮内で不気味に揺らめく。
どこまでも紅く、紅く、紅く……。




