第64話 戦う意思は戦士の証明
吸血モードの持続時間は残り20分程度。
左腕の再生にかかる時間は30秒と言ったところだろうか。
片腕を失った私はまさしく、格好の獲物のように写っていることだろう。
前方から迫るのは触手、後方から襲い来るのはクラーケンの分身体。
どう見ても詰んでいる。五体満足の状態ですら対処できなかった攻撃を今の私に耐えられる訳がない。
全方位に向けた影槍も連発は出来ないし、時間稼ぎにしかならない。
操魔法で逃げようにも、すでに完全な包囲網が敷かれてしまっている。逃げ場はどこにもない。
しかし……
(分が悪い賭けになるけど……もうこれしかない)
──活路はまだ残されている。
たった一つだけ。しかも下手をすれば一発で絶命する自爆を内包した策だ。
だがこれしか生き残る筋道が見えなかった私は……
(頼むぞ……『変身』!)
全身を魚の群れに変身させ、逃亡を図った。
一度試して最悪の結果を残した変身をもう一度使ったのには理由がある。勿論、この包囲網を奇跡的に抜けられるなんて暢気なことは考えていない。
私が狙っているのはただ一点。
クラーケンが私を捕食する為に開けるその大口だ。
予想通りクラーケンは水流操作のスキルを使い、まるで掃除機のように私を食らいに来た。
自分より遥かに大きい生き物が口を開けて待っているのは正直おぞましい。だけど虎穴に入らなければ虎子を得られないように、リスクを恐れているようでは勝利を掴むことは出来ないだろう。
私はクラーケンが私を飲み込むその寸前、『変身』スキルを解除して等身大の自分へと舞い戻る。いくつかの分身体はすでに飲まれてしまったのか体のあちこちに欠損が見られた。
これもまたすぐに『再生』しなくては……だけど、その前に。
(どんな生物だろうとさ、内部だけは鍛えられないでしょっ!)
──影魔法・影槍。
唯一残された右手で渾身の一撃を放つ。
これで通用しなければ本当に詰みだ。私はこのままこいつに食われるだろう。
だが……運は私に味方してくれていた。
──ドンッッッッッ!
まるでパイルバンカーを打ち付けたかのような鈍い重低音を響かせながら私の魔法がぎりぎりのところでクラーケンの魔法抵抗を突き抜けた。
ようやく本体に与えた一撃。
今までにない手ごたえがあった。
クラーケンもこの一撃は流石に堪えたのか、ズズンと巨体を揺らしながら身悶えている。
さて、今の内に脱出するとしよう。
いくらなんでもこんな危険地帯にいつまでもはいられない。
水を操りクラーケンの口内を脱出した私は急いで水面を目指し、そしてついに……久方ぶりの陸地へと生還を果たしたのだった。
「けほっ……こほっ……そ、そうだった。変身スキルも解除しておかないと……」
エラ呼吸から肺呼吸に切り替える。
時間にしたら十数分程度のはずなのに、えらく長いことこの状態でいたような気がするよ。ふう……やっぱり陸地はいいね。安心感が違いますわ。
賭けに出たおかげで時間稼ぎにも成功したし、体も完全回復。
もう駄目かと思ったけど、案外なんとかなるもんだね。
問題はこれからどうするかってことかな。今すぐ逃げ出せばきっとクラーケンは追って来れない。だけど……
「……まあ、こんな中途半端な結末なんて認められないか……"お互いに"」
振り返ると、そこには体の半分近くを水面に浮かべオオオオオッと奇妙な音を発しているクラーケンの姿があった。さきほどまで青白かった瞳が今は真っ赤に充血している。
どうやら本気でキレちまったらしい。
案外短気な奴なんだな。お前って。
「そっちもやる気満々みたいだし……次はこっちのホームで第二ラウンドといきますか」
ポキポキと関節を鳴らして戦闘準備に入る。
水中では良いようにやられたけど、陸の上で同じように行くとは思うなよ。
「頼むから逃げてくれるなよ、蛸野郎」
手早く回収した荷物を装備し、完全体になった私はクラーケンに向け宣戦布告する。
「お前はここで、私が殺す」




