第58話 友達作りのコツは共通の話題を作ること
私は猫が好きだ。
あのあざと可愛い動きも、ふわふわな毛並みも、自由に生きるスタイルも全てひっくるめて好きだと断言できる。
前の人生では母親が猫アレルギーだったせいで飼う事は叶わなかったけど、一人暮らしを始めたら絶対に飼ってみようと思っていたくらいだ。
そして……その中でも"子猫"という存在は核兵器にも似た破壊力を備えていると私は思っている。
「にぃー……」
「ぐはっ!」
頼りないその鳴き声は、長く続く迷宮生活で荒んでいた私の心にダイレクトヒットした。
一言で言えば……可愛すぎる!
「な、何て庇護欲をそそる声なんだ……恐ろしい子……」
いつ食料が尽きるか分からない現状を考えるに、本来ならこの子猫も食料として扱ったほうが良いんだろう。だけど……
「にぃー……にぃー……」
私には……出来ないっ!
こんな澄んだ瞳を持つ子猫を食べるなんてそんな非人道的なことは出来ないっ! そんなことをするくらいなら餓死したほうがマシだ!
というわけで。
「ふっ……負けたわ。見逃してあげるわよ。生まれたばかりのその命、大切にね」
私は全面降伏し、立ち去ることにした。
可愛いは正義。だとしたらそれに仇為すものは悪だ。
別に誰にどう思われようと構わないけれど、自分の中にある義の心にだけは嘘をつけない。
そして……
「見逃すは見逃すけど……その前にちょっと触るくらいは良いよね!」
自分の中にある欲望にもまた、嘘はつけなかった。
「ふぉぉぉっ! な、なんじゃこの毛並みは!? ふわっふわや! ふわっふわやでぇ!」
手の中に納まるほどに小さい子猫の毛並みをゆっくりと撫で付ける。
その間もにーにーと鳴く子猫はちょっとだけ嫌がっているように見えた。だけどそんなこと関係ないねっ!
私は私の本能に従って生きる!
「ああー、癒されるぅ」
もう、ほんとなんでこんなに可愛いの?
もはや犯罪的だよ。
可愛い……あかん。鼻血出てきた。
「はあ、はあ……駄目だ。連れて行きたい誘惑に駆られてきた」
こんな洞窟内で子猫を育てるなんてどう考えても不可能だというのに。
私も母乳が出ればもしかしたらワンチャン……いや、それはねえよ。いろんな意味で。駄目だ。あまりの可愛らしさに脳みそがやられたか?
というか改めて考えると何でこんなところに子猫が一人で……お?
私が子猫をまさに猫かわいがりしていると、背後から何やら物音が。
振り返るとそこには、成熟した大人の猫がいた。
もしかして……いや、もしかしなくても多分、この子猫の親だろう。
私が子猫を抱えているのを見て、滅茶苦茶警戒している様子だ。
これはいかん。
私は彼女達に危害を加えるつもりなんて毛頭ないのだから、それをまずは分かってもらわないと。
そうと決まれば……『変身』だ!
「に、にゃー……?」
私は頭に猫耳、臀部に尻尾を生やして和平交渉に臨んだ。
だが、恥じらいが入ったせいもあってか未だ親猫はこちらを警戒している。
むう……これじゃ足りないか。もっと猫になりきらないと。
猫は二足歩行したりしない。
ということで私は四つんばいになって、猫の目線で語り合うことにした。
「にゃー、にゃー」
「………………」
ま、まさかのガン無視!?
くそっ! この程度じゃ足りないってのかよ!
いいぜ……そこまで言うなら(何も言ってない)やってやるよ。
猫になりきってやるよ!
「にゃーにゃー、にゃにゃー! にゃっにゃっ!」
私は仰向けになって地面を転がってみせる。無邪気な子猫をイメージしてみた。我ながらなかなかの完成度だった。
だが親猫はまだ認めてはくれない。
ごろごろと喉を鳴らして甘えてみるが……これも駄目。
いや……待て。親猫がゆっくりこっちに近づいてくるぞ!?
これは警戒心を緩めてくれたのか? 良し、このまま敵対意思がないことをアピールするぞ!
「にゃーにゃーにゃーっ♪」
「シャーッ!」
──ザクッ!
痛っ!? ふぇっ!? 何!? 引っかかれた!?
そんな馬鹿な! 完璧に擬態していたはずなのに!
「ぐるるるるるっ」
「ご、ごめん! 分かった! 私が悪かったからそんな可愛くない声出さないで!」
どうやら親猫は本気でキレてるらしい。
言葉が喋れたら「ふざけんな、てめぇ!」とでも怒鳴ってきそうな勢いだ。
これ以上ここにいても親猫を更に怒らせそうなので、私は断腸の思いで撤退することにした。
ああ……さようなら子猫ちゃん。ひと時の癒しをありがとう。
後ろ髪を引かれながら走り去る私はこのとき、一つの事実を学んだ。
かなりの優秀さを誇った『変身』スキルにも、限界はあるということを。




