第54話 人は誰でも変身願望を抱えている
私は自分の行いを後悔したことはない。
それはその時その時に自分が最善だと思った道を歩いてきたから。
要は、自分に嘘を付かない生き方をしてきたってこと。
そのせいで中学時代はムッツリーニ伯爵なんて不名誉なあだ名を授かったりもしたが、それも良い思い出だ。
もしかしたら私に友達が少なかったのも、その辺の自意識の高さが邪魔をしていたのかもしれないね。まあ、だからって今更生き方を変えるつもりもないんだけど。
そんで何が言いたいのかっていうと、私はこれまで常に前を向いて生きてきた。後悔しないよう、前向きに、むしろ前のめりに生きてきた自覚がある。
そんな私が今……来た道を逆走しているという事実。
それは非常に稀有と言うべき珍事だ。
たとえ迷子になったとしても歩いてきた道のりを逆戻りなんかしたことのない私が道半ばにして引き返すなんて本当に珍しいことだ。
……なんか自分で言ってて思ったけど、私単なる天邪鬼じゃね?
まあいいか。それも私らしさってことで受け入れていこう。
前向きにポジティブシンキングで!
誰もに愛されるような人に私はなる!
……えーと、何の話だっけ。
そうそう、珍しくも私が来た道を逆走し始めた理由についてだった。
先ほど獲得した新スキル『変身』の可能性に私は気付いたのだ。気付いてしまったのだ。
見ようによっては弱体化するだけのキャ○チョメ的能力。だが、この能力は視点を変えればかなり有効な使い道がある。
その一つが……これだ。
「よし……何とか戻って来れた」
私は今、初めてスライムと出会った場所、つまりは湖の広がるエリアまで戻ってきていた。ここは土蜘蛛に追われ、私が転がり落ちた場所でもある。頭上を見上げれば、懐かしの縦穴が見える。
……ここまで言えばもう分かるだろう。
私が何をするつもりなのか。
「上手くいってくれよ……頼む!」
私は魔力を纏い、体全体を『変身』させた。
イメージするのは前に襲われたこともある蝙蝠の群れ。
私は全身を100体近くの蝙蝠に変身させていた。一匹一匹はか弱いただの蝙蝠だ。元の私の戦闘力の足元にも及ばない。たとえ、100匹合わせたとしても。
なのになぜ、私はあえてそんなことをしたのか?
それは蝙蝠の体でしか出来ないことをするためだ。
私が気付いた『変身』スキルの可能性、それは"変身した動物の能力を得られる"ということ。つまり元の体では出来ないことも出来るようになるということだ。
そして蝙蝠で出来ること。
いや、別に蝙蝠でなくても鳥類を始めとする翼を持つ者にのみ許されたその能力とは即ち……『飛行』することだ。
蝙蝠群となった私は縦穴に向け、一斉に羽ばたき始める。
そう。私の狙いはこれだ。
正直言って最初からこの縦穴を登ることは諦めていた。
水場にあるせいか、周囲の壁はツルツルと滑っているし、影糸を使ったとしても射程はせいぜい10メートル程度。縦穴を登るには圧倒的に射程が足りなかった。
だが……蝙蝠となり、空を飛べるようになればそんなもの関係ない。
20メートルだろうと100メートルだろうと私は飛んでいけるのだ。
(覚えたての能力ですら完璧に使いこなす私! カッコいい!)
細い縦穴を登りきった私は、見覚えのある通路に戻ってきていた。
土蜘蛛から必死に逃げていたあの通路だ。
嫌な記憶が蘇るが、あの戦いは引き分けだったんだと自分に言い聞かせ精神の安定をはかる。
良し……まずは元の体に戻ろう。
蝙蝠の群れを集めて……うん、良い感じ。思ったより簡単に『変身』出来たね。使いやすくて良いスキルだ。今後も折を見て使っていこう。
後は目的地に向かうだけなのだが……その前に。問題発生だ。
「……参ったな」
というかこうなる事態は想定出来ただろうに。
これは私の思慮が足らなかったばかりに起きた悲劇だ。
私は全身を蝙蝠に変身して縦穴を登ってきた。
そして、上った後、蝙蝠を集めて元の体に戻ったのだが……そうなるとどうなるか。どういう結果に陥ってしまうのか。変身前の私はこうなるだなんて、ちっとも想像していなかった。
少し頭を働かせれば分かったはずなのに……
「…………」
私は縦穴から地下を覗き込み、確認してみる。
ああ……やっぱりだ。
「仕方ない……戻るか」
私は自らの非を認め、地下に戻ることにした。
その途中、脳裏を過ぎったのは変身スキルの説明に関してだった。
【変身:吸血鬼の種族スキル。魔力を消費し、体の一部または全身を別生物に変身させることが出来る】
注目して貰いたいのは途中にある一文。
"体の一部、または全身"の部分だ。
その言葉の通り私は体の一部、または全身しか変身させることが出来ない。体以外の物……例えば服などは変身させることが出来ないってことだね。
つまり何が言いたいのかというと……
……蝙蝠になって飛んできたはいいけど、全裸になっちまってたぜ! てへぺろっ♪




