第52話 A級戦犯の意味は誤解されがち
鮮血が宙を舞う。
それは薄暗い洞窟内でも色鮮やかに映って見えた。
「……お前はミスをした」
パタパタと頬を打つ鮮血の雨に頬を染めながら……私は目の前で絶命していく蟻に冥府の土産となる言葉を送る。
「今回の戦犯は間違いなくお前だよ。お前は……私の右腕を切断してしまった」
それはつまりただの勝利宣言。
「これでようやく……痛みから解放されたよ」
キラリ、と空中で怪しげに光るのは漆黒の糸。
私が作り上げた影糸だ。
蟻の牙が私の首を跳ね飛ばすその寸前、私の生成した影糸がそれより早く蟻の首を跳ね飛ばしていたのだ。
さっきまで使えなかった『影魔法』。それが唐突に使えるようになったのには理由がある。
私に絶えず痛みを送り続けていた蟻の『毒針』のスキル。
その発信源たる右腕を、奴は痛みごと私から切り離してしまったのだ。
まあ、それを狙ったのは私自身だけどね。本当に危ないところだった。うまく切り飛ばせなければあのまま私は蟻の牙にやられていたことだろう。
私は『再生』スキルを持っているけど首を刎ねられても回復できる自信は全くなかったからね。吸血鬼を倒す方法は首を刎ねるか心臓を潰すかが定番だし、下手をすればあの一撃で全てが決まっていた。
だけど……
「ぎりぎりで……間に合った!」
──ゴッ! と激しい衝突音を放ちながら、蟻の巨体を蹴り飛ばす。
さきほど蟻の血を飲んだおかげもあり、失っていた左足も再生できた。
今の私はまさに完全体。これで……もう負けない。
「さて、それじゃあ幕引きと行きますか」
そこからは一方的な虐殺だった。
影糸を空中に展開した私はその上を伝って、蟻共が届かないエリアから影魔法をお見舞いし続けた。
蟻の主な攻撃方法は体当たり、牙を使った噛み付き、尻尾部分にある毒針、そして一度だけ見せた自爆攻撃の四つ。空中にいればそのほとんどを完封できる。
前回やられた頭上からの奇襲に関しても、すでに影糸を展開しているから問題ない。降ってくる蟻は全て私に届く前に自動的に斬殺される必殺の陣が出来上がってしまっている。
ここが狭い洞窟内で助かった。もしこれがもっと広い場所なら射程の短い私の影魔法ではカバーしきれなかったよ。まあ、狭いエリアだったせいで蟻に囲まれたんだけどね。
しかし……それはそうとようやく役に立ったな、影糸。
構想は修行時代からあったとはいえ、実戦でこれほど効果を発揮したのは何気に始めてのことじゃないだろうか。
影魔法・殺陣とでも名付けようかな。
こういうのは効果をイメージする上でも大切だと師匠から教わったし、うん、そうしよう。
土蜘蛛の蜘蛛糸を見れて本当に良かった。あれのおかげでこの魔法は実戦レベルの完成度にまで高められた気がする。
土蜘蛛の場合、強度=切れ味を増すために土系統の『固定』を司る魔力でコーティングしていたようだけど私の闇系統の『収束』に特化した魔力でも代用は出来そうだ。
魔力消費の少ない土系統に比べて闇系統の魔力は燃費と言う面でかなり劣るけど……まあ、その点は仕方ない。結局は効果を真似てるだけの二番煎じだからね。同じ効果が出せているだけ、良しとしなければ。
それに……魔力消費が激しい魔法だとしても、それはあまり私には関係のない話だ。総魔力量5000オーバーを舐めんなってことだね。
地上の敵は影魔法・影槍で。
空中の敵は影魔法・殺陣で。
それぞれに撃退していく。
だが奥からどんどん溢れるように出てくる蟻共に際限はない。というかこれだけの数をこのエリアの獲物だけで賄えるのか本当に疑問なんですけど……こいつらどうやって生活してたんだ?
《経験値が一定基準に達しました。レベル上限を解放します》
100を超えたあたりからはもう、倒した数を数えることすら面倒になってきた。
地上では無駄と知りつつ自爆する蟻が増えている。
劣勢を悟っているのだろう。仲間が蹂躙されていく中、せめて一矢報いようと果敢にも飛び掛ってくる蟻達。
だが……
「──無駄だね」
殺陣は超えられない。
地に落ち己の無力を知るがいい、虫けらめ。
時間にして一時間近くになるだろうか。私は途中で何度も蟻の血でブーストしながら戦い続けた。一度攻略法を見つければどんな強敵だろうとただの作業ゲーとなる。
だけどまあ……経験値的には美味しかったよ。
その点だけは感謝してやる。
「私の餌になってくれて、ありがとう」
私は死屍累々となったその一角で、最後の一匹に向け……最後の影槍を放つ。
そして……
《経験値が一定基準に達しました。レベル上限を解放します》
《レベルが一定基準に達しました。スキル『変身』を解放します》
私はこの戦争を勝ち抜いたのだった。




