第51話 追い込まれれば鼠でなくとも牙をむく
吸血モードの身体能力は元の私を凌駕する。
ステータスの数値的には倍以上増加しているね。
つまり今の私は腕力も、脚力も、膂力も全てが倍以上になっている状態ってこと。普通のパンチ一発で人間程度なら撲殺できる自信があるよ。まさにワンパ○マンだね。いや、今の私は女だからワ○パンウーマンか。
まあ、何が言いたいのかというと今の私はそれぐらいに身体能力が強化されているってこと。普通に考えれば敵なしだ。でも……
「ぐっ……こいつら……っ!」
今の私が相手にしているのは蟻型の魔物、オルミーガだ。
そのステータスの中で特筆すべきなのはその物理防御の高さ。
数値にすれば500と言う、土蜘蛛を除いて最高の値を叩き出している。生半可な攻撃ではその鎧のような表皮を貫くことは出来ない。
そして彼らはその防御力の高さを盾に、突進を続けてくる。
まるで津波のように襲い来る蟻共。
まさしくそれは恐れを知らぬ進軍だ。
一番近くにいた蟻の突進を横にズレてかわした私はそのまま回し蹴りをそいつの胴体に叩き込む。
蹴りの勢いそのまま軽く吹き飛んでいくが蟻本体にダメージは見えない。それだけ硬い防御力なのだ。
体重がそこまでないからか、吹き飛ばすことはそれほど難しくない。現に今もそうやって彼らの包囲網が迫ってくるのに何とか抵抗している状況だしね。
けど、こちらからも決定的なダメージを与えられていないのが実状だ。
影魔法で貫ければ話は早いんだけど……
「はぁっ……はぁっ……」
右腕に走る激痛に魔法を構築することが出来ない。
魔法の構成には範囲規模の指定、使用性質への魔力変質、術式の脳内構築が必要になるのだがそのどれも実行している余裕がない。
少しずつ痛みは治まってきているがまだ……時間がかかる。
その間は何とかこの蟻共の猛攻を耐えなければならない。
「ははっ……最高だよ、君達。簡単にクリア出来るようなヌルゲーには私も興味はないんだ。最後の最後まで……楽しませてくれよッ!」
時間を稼ぐために跳躍し、空中に活路を求める。
だが、それほど広くもない洞窟内のこと。
すでに壁や天井にまで蟻の包囲網は広がっていた。
これは……ミスったかもしれない。
「くっ……!」
壁にへばり付いていた蟻の毒針を必死にかわす。
これだけは絶対に食らうわけにはいかない。もう一度あの激痛に見舞われれば今度こそその隙に食らい付かれてしまうだろう。
だからそれだけはダメ。
私は蟻を蹴り飛ばし、その反動を利用して再び空中に舞う。
だけどその動きを見越してか、天井にいた蟻が一斉に降下を始めていた。
雨と言うよりは最早土砂だね、これは。
逃げれるような隙間がない。まあ、どの道空中だし逃げれるような体勢にはないんだけどさ。
ひとまず、近くにいる蟻を足場に毒針だけは食らわないよう注意して時間を稼ごう。地上にいるよりはまだ、敵の攻撃も少ないし。
よし、方針は決まった。まだ痛みがひくまで時間はありそうだし、このまま……
「…………え?」
ようやく活路が見えてきたその瞬間、私が足場にしようとしていた蟻が急に膨らみ始めた。まるで空気でも詰め込んだかのようにパンパンに膨らんだその蟻はなんと……
──バンッッッ!
爆音と共に、"爆発"しやがったのだ。
これは……まさか、自爆!?
ぐ、まずい。これは流石にかわせな……
「……が、は……ッ!」
空中にいた私は回避することも出来ず、その爆発になす術なく呑み込まれてしまう。硬い蟻の表皮が手榴弾のような効果を発揮しているのだろう。体中に突き刺さる破片に、痛みを感じる暇すらなく私は再び地面へと叩き落されていく。
しかし、今の……自爆だって?
汚い……流石魔物、汚い。
こんな離れ業が使えるならスキルに『自爆』って書いとけよ!
くそ……まあいい。今は鑑定結果に愚痴ってる場合じゃない。
なにせ……私の左足が今の一撃で吹き飛んでいっちゃったからね。
動くことすら出来なくなっちゃった。てへっ♪
……いやいやいやいや!
何現実逃避してんだよ、私!
目の前を見ろ!
今まさに、死が迫ってきてんだよ!
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」
ぎちぎちと歩み寄る蟻共はとてつもなく気持ち悪い見た目をしている。そもそもこんなサイズの蟻とか反則でしょ! 何でこんな奴らと戦わなきゃいけないんだよ(←今更)!
「ぐっ……こ、ここまでか……」
左足の再生にはまだ時間がかかる。
痛みが引き、魔法が使えるようになるにもまだ時間がかかる。
そしてその間、蟻共がじっとこちらの回復を待ってくれるはずなく、一匹の蟻がまさに今私へと突撃を開始したところだ。
迫り来る蟻の巨体。
避けることも防ぐことも叶わないだろう。
だったら、せめて……
「少しでも……生き残る可能性があるほうに……っ」
こんなところで諦める訳にいかなかった私は自らの右腕を蟻の牙に突っ込ませ、勢いを殺そうと試みる。だが……
「うっ、ああああッ!」
そんなもので蟻の攻撃を防げるわけもなく、私の右腕は凶悪な牙に両断され、私自身は蟻の突進に巻き込まれる形で地面へと押し倒されてしまう。
これでチェックメイト。
頭上でギロチンのような牙をひけらかす蟻はゆっくりと私の首もとへとその凶器を近づけていき、そして……
──次の瞬間、生首と共に鮮血が宙を舞った。




