第50話 毒にも色々種類があるらしい
かさかさと何かが蠢く音がする。
気分はまさに、台所でGの存在を感知した主婦そのものだ。
「…………ごくり」
思わず唾を飲む緊張感の中、ゆっくりと暗がりから現れたのは……たった一匹の蟻だった。
何だ、ただの蟻か……と思ったらそんな訳もなかった。ここはフェリアル大迷宮。そこに住む蟻が普通の蟻であるはずもない。
少しずつこちらに近寄ってくる蟻は段々その姿を大きくしていく。
遠近感のせいで小さく見えていただけの蟻は私の目の前に来る頃には体長1メートル程度にまでその存在感を主張するようになっていた。
というか……ちょっとでかすぎ。
【オルミーガ LV2
体力:100/100
魔力:50/50
筋力:200
敏捷:50
物防:500
魔耐:50
スキル:『剛力』『毒針』】
ん……?
これまたなんか偏ったステータスしてやがるな、コイツ。
まあ私の魔力ほどじゃないけど。
だけど筋力値と物理防御は驚異的だ。
スキルもなんか油断できない感じだし……ゴリゴリの物理戦車タイプと見た。だけどまあ、そんなに速くもないし今の私には『影魔法』がある。魔法耐性の低いこの蟻ならさくっと殺せるでしょう。
と、言うわけで。
「悪いね」
不用意に近寄ってきた蟻を影槍で串刺しにする。
微かな抵抗の後、蟻は緑色の体液を撒き散らしながら奇妙な泣き声を上げぶっ倒れていく。
ふむ……流石は吸血モード。
今までの苦戦が嘘みたいな楽勝っぷりだぜ。
さて、それじゃあ腹も膨れたし石ナイフの製作を……ん?
何だ? まだ音が……消えない?
耳を澄ますと、かさかさと擦れるような音が聞こえてくる。さっき蟻を殺したばかりだというのに……なんだろう。嫌な予感がする。
そっと振り返り、視線を向けるとそこには……
──ギチギチと凶悪な牙を鳴らす蟻共の姿があった。
うわぁ……蝙蝠と同じパターンだよ、これ。
そうだよな、蟻って群れで狩りするもんな。こんな狭い道でばらばらになることもないだろうし、一匹いればそりゃ何百匹いてもおかしくないっすわ。
問題はこいつらが仲間の弔い合戦に興味あるかってことなんだけど……うん。めっちゃ威嚇してきてるわ。向こうはやる気満々みたい。そうでなくても貴重な食料だ。見逃す道理がない。
「ふふっ……丁度良いよ。こっちももう少し暴れたかったからね」
向こうが見逃すつもりがないのなら構わない。
私もまた、遠慮なくやらせてもらうッ!
──ダンッ! と地面が爆ぜる勢いで私は駆け出す。
自ら蟻の軍隊に突っ込むように。
一番近くにいた尖兵蟻は私に対し体当たりするかのようにその牙を差し向けてくる。鋭利な切っ先は触れれば切れそうだ。だけど……当たらなければどうということはない。
私はその牙を悠々と跳躍してかわすと、足元に影槍を放つ。
まるで標本のように串刺しにされた蟻を足場に、再び跳躍。
「あはははははっ!」
空中から一方的な蹂躙、気持ちぃぃぃぃっ!
どうだ、ほらほら! 手も足も出まい!
ふはは、ふはははっ! いやー、これ最高だわ! 白鷹があの戦法に特化してたのも頷ける。この圧倒的制圧! 最高だぜ!
「内臓ぶちまけろ! 雑魚どもがっ!」
吸血の興奮と、今までにない圧勝ムードに私のテンションはかつてない最高潮にあった。だが……
「あははは……はっ!?」
下ばかり見ていたせいもあって、私は壁を伝って頭上に回りこむ一匹の蟻に気付かなかった。重力に引かれ突撃してくる蟻は私の体を押し、地面へと引きずり落とす。
そして、その瞬間を「待ってました!」と言わんばかりに群がってくる蟻ども。地上に蠢く蟻の群れ、気持ちわりぃぃぃぃっ!
「くそっ、調子に……乗るなッ!」
奴らの牙が私に届くその前に、私は全方位に向け影槍を無造作に放つ。
狙ってる暇なんかなかったからほとんど勘だ。それでもかなりの魔力を注ぎ込んだ甲斐もあり、ほぼ全ての蟻を吹き飛ばすことに成功する。
ただ……
「ぐ……ッ!?」
その弾幕を逃れた一匹の蟻の毒針を、私は右腕に食らってしまう。
ほとんど痛みもなく突き刺された針。痛みが襲ってきたのは、その直後のことだった。最初はちりちりとした火傷のような痛み。そして次の瞬間……
──直接神経を炙られるかのような強烈な激痛が私の右腕を走った。
「────────────ッ!!!」
呼吸すら忘れるほどの激痛。
神経の糸を紙やすりで削られているような感覚。
立っていることすら不可能だった。
「…………か、はっ!」
痛い。痛い痛い痛い痛いッ!
これは……ヤバイ。耐えられない系の痛みだ。
ここに拳銃があれば頭を打ち抜いていたかもしれない。そんなレベルの奴だ。
蟻のスキルに『毒針』があることは分かっていた。だから身構えてはいたんだけど……こういう系の毒だったとは予想外すぎる。
「はっ、はっ、はっ……は、く、くそっ……」
……こいつら、性格悪すぎんだろ。こんな毒を狩りに使ってくるなんて。『苦痛耐性』のスキルがある私がこんだけ痛みを感じるって相当だぞ。
くっ……だけど良かった。
私には……『毒耐性』のスキルもある。
何とか立ち上がれないこともない。
「はぁ……はぁ……」
痛む体に鞭打って立ち上がると、私はすでに蟻共の包囲網の中にいた。
四方八方どこを見ても蟻だらけ。
どうやら最初の一手で私の退路を塞いできたらしい。
なかなか戦術的な動きをする蟻共だよ。
だけどな……覚悟しろよ、てめーら。
「てめーは俺を、怒らせた」
お前らは一匹たりとも……生きては帰さんッ!




