SS1(第15.5話) 家族が出来た日
今回はショートストーリー(SS)となっています。
時系列的には15話と16話の間に起きた話になりますので、その点ご注意ください。
それはまだアンナと出会って数日しか経っていなかった頃の話。
私がいつものように孤児院へ遊びに行くと、遊び場に一人ポツンと座り込むアンナの姿があった。砂場で城を作っているのか、真剣な表情で黙々と作業に没頭しているみたい。
周囲には孤児院の子供達がいたが、誰もアンナに話しかけようとしない。
父親を失ったばかりのアンナとどう接したらいいのか分からないのだろう。
孤児院の子供はほとんどが最初から孤児だった子、アンナのように家族を失い孤児院に預けられることになる子供は少数派なのだ。
「…………」
その微妙な空気に当てられてか、私の足も自然と止まっていた。
やっぱり……辛いよね。
私だってお父様を失ったら辛いなんて言葉では現せないくらい落ち込むと思う。アンナに起こったのはまさにそういうことで、ニックさんは私の目から見てもとても良い人だった。ショックは大きいはず。
でも……
「アンナちゃん」
だからって私達が気後れしてどうする?
今私達がすることは遠くから同情することではなく、近くで寄り添ってあげることじゃない。
「……あっ! ルナちゃん! 今日も来てくれたんだね!」
声をかけた私を見つけるやいなや、アンナは輝くような笑顔で出迎えてくれた。
「アンナね、今日は砂でお城つくってたの! ルナちゃんも一緒につくろ!」
「うん。いいけど……あっちの日陰になってるところでお願いね」
にこにこと人懐っこい笑みを浮かべるアンナは父親を失ったショックなんて微塵も感じさせなかった。
あれ……思ったより平気そう?
良かった。これなら思ったより大丈夫かもしれない。
「アンナは用水路を作るからルナちゃんは外堀と正門の建築を進めててね」
「あ、結構本格的にやるのね」
用水路とか、外堀とか良くそんな単語を知ってるな。ちょっとびっくりした。
しかし、砂遊びなんて何時ぶりだろうか。
ちょっと前に雨が降ったからかなり丁度良い固さになってるのが助かる。
ぺたぺたと二人、小さな手を動かしてちょっとずつ形を作っていく。
ふう……結構良い感じに出来上がってきたかな?
「ルナっ、危ないっ!」
ようやく城の上層部に着手し始めた時のことだ、突然私の名を呼ぶ声が聞こえてきて振り替えれば、こちらに飛んでくる球体の姿が目に映った。
「危なっ!?」
反射的に身をかわし、球体をやり過ごす。
直撃することはなかったけどぎりぎりだった。
何事かと球体の飛んできた方向へ視線をやると申し訳なさそうに近寄ってくるニコラの姿があった。
「ああ、ごめんよ……イーサンが思い切り蹴るから……」
どうやらニコラとイーサンでサッカーみたいな遊びをしていたらしい。それでイーサンの蹴ったボールがコースを外れ私達の方に飛んできたと。
「あのね……狭い遊び場なんだから加減ってものを考えなさいよ」
「う、ご、ごめん……」
蹴ったのはイーサンだというのに本気で反省している様子のニコラ。当のイーサンは遠くで暢気に手を振ってやがる。あのやろう……後でシメる。
「まあいいわ。次から気をつけてね」
「うん…………あ」
ニコラの視線が私の後方、ボールの飛んでいった方へ移る。
釣られて私もそちらへ視線をやると……
「…………あ」
砂の城に深々と突き刺さるボール。
それを前に、泣きそうな顔のアンナ。
これは……あかんやつや。
「おーい! ニコラー! 早くボール持って来いよ!」
沈黙が舞い降りた砂場に遠くからイーサンの場違いな声が聞こえてくる。
あのやろう……今すぐシメる。
「一分だ。一分で片を付ける」
「る、ルナ? 顔が般若みたいになってるよ?」
ニコラの静止を振り切り、私は宣言通り一分でイーサンをボコボコにして砂場に舞い戻る。ニコラにはイーサンの治療に向かわせ、私はアンナのメンタルケアを。
「アンナ? 大丈夫だよ、お城ならもう一度作ればいいから、ね?」
アンナは両手で顔を隠し、流れ落ちる涙を必死に隠そうとしていた。
「私も協力するから……もう一度つくろ?」
優しく語りかけると、アンナはゆっくりと口を開き、「……違うの」と呟いた。
「違う?」
「……ご、ごめんなさい。お父さんのこと、ちょっとだけ思い出しちゃって……お城はもう一度作ればいいけど……お父さんは、もう、帰ってこないんだって思っちゃったから……そしたら……もう……」
言葉足らずの鼻声でアンナは胸の内を明かしてくれた。その悲痛な声に私は胸が締め付けられるかのような錯覚を覚える。
……私は馬鹿だ。
大丈夫かも、なんて。そんなことあるわけないのに。
アンナはまだ5歳なんだ。まだまだ甘えて良い歳なのに、周りに心配かけないように必死に耐えていたんだ。それなのに私は……そんなことも気付かず、軽率なことを口走ってしまった。
「ごめん。ごめんね……ルナちゃんには関係ないことなのに……」
「…………」
家族を失った痛みは簡単には埋めることなんて出来ないだろう。
だけど……それでも私は何とかしてあげたかった。
少しでもアンナの心を救ってあげたかった。
そうでなくては前世の記憶を持っている意味がない。精神年齢を無駄に重ねただけだ。ここで何も出来ないようなら……そんな私に価値なんてない。
「アンナちゃん……貴方の誕生日はいつ?」
「? ……2月の6日だけど」
私の唐突な問いにきょとんとした表情で答えるアンナ。
「そっか……なら私の方がお姉さんなわけだね。私は1月生まれだから」
「…………うん」
「だったらさ……」
私はそっとアンナの手を取り、真っ直ぐに泣き顔を見つめ、言う。
「今日から私がアンナちゃんのお姉さんね。何か困ったことがあったらすぐ私に言うこと。全部私が何とかしてあげるから。……まあ、出来る範囲でだけどね」
「…………え?」
「何? もしかして嫌なの? 言っておくけど、私は強いわよ。イーサンとか年上の男に虐められてもすぐ助けてあげるから。アンナちゃんは何も心配しなくていいわ」
「そんな、嫌なわけないよ。でも……いいの?」
「ええ。もちろん。だから……"関係ない"なんて、そんな寂しいことはもう言わないで。いいね?」
ゆっくりと言い聞かせるように微笑みかける。
するとアンナはその瞳に再び透明な雫を溜め、
「っ……うん……うんっ!」
涙で塗れた顔のまま、何度も何度も頭を縦に振って見せた。
「さーて、それならひとまず途中だったお城から再建しましょうか。ちょっと待ってて、今奴隷連れて来るから。えと、アンナちゃんは……」
言いかけて気付く。
ちゃん付けで呼ぶのは可愛いけど、ちょっと他人行儀かもしれないなと。
なので私は……
「"アンナ"は先に準備しておいて。誰が見てもびびりあがるような城作るんだからね」
改めてアンナの名前を呼ぶ。
精一杯の親しみの情を込めて。
「うんっ! 分かった!」
そして、それが同時に……
「ありがとう……"お姉様"っ!」
アンナが私のことをお姉様と呼ぶきっかけになるのだった。
お姉様と妹分。
奇妙な姉妹が生まれた瞬間だった。




