第45話 吸血戦線
【ニュクテリス LV5
体力:50/50
魔力:150/150
筋力:50
敏捷:100
物防:30
魔耐:30
スキル:『吸血』『毒牙』『超音波』】
走り回りながら蝙蝠の一体を鑑定すると、こいつらはニュクテリスという名前であることが分かった。いや、分かったところで覚えにくいし、使うつもりもないけれど。
とにかく。
ステータスを見る限り、こいつらはスライムより危険なモンスターであることが分かる。何せ『吸血』持ちだからね!
いやー、あの屈指の強スキル、『吸血』をお持ちとは。なかなかやるじゃん、お前。うん。見所あるよ。認めてやる。だからさ……
「もう追ってこないでぇぇぇぇっ!」
いつまで経っても諦める様子のない蝙蝠達にいい加減、こっちの心が折れそうだった。
というか普通に怖い。
こういう背後から迫る敵っていうのは精神的なプレッシャーが半端ない。夢にしたって、何かに追われる夢が一番怖いとか言うしね。私も昔は狼人間に追われる夢を見てその度に泣きそうになってたよ。絶対クレ○ンしんちゃんのヘン○ーランドの大冒険が原因だね。あれ、ほんとトラウマになるって。マジで。
「ふ、振り切れない……っ」
私の走る速度と蝙蝠の飛翔速度はほとんど同じくらいのようで、いつまで経っても距離が開くことはなかった。それどころか縮まっているような気すらする。
だけど、その分蝙蝠の数もかなり減っていた。どうやらここまで付いて来れなかった蝙蝠もいるらしい。目算で大体50匹くらいにまで減っている。それでもまだ全然多いけどさ。
(闇系統の魔術を……いや、のんびり詠唱している暇はない。だったらスライムの時と同じように水辺に誘い込む? そこまで私の体力が持てばいいけど……)
吸血モードであれば瞬時に使える影魔法も、今のノーマルモードでは詠唱込みだとしても不完全にしか使えない。圧倒的に錬度が足りないのだ。唯一、練習した操魔法なら今の状態でも使えるけどそれも水中でしか効果を発揮できない。
……こんなことになるならもっと実践的な魔術を習っておくべきだったと悔やまれる。師匠のところではまず魔力の制御法を学ぶことをメインにやっていたから、こういう魔術についてはほとんど素人に近いのが実際だ。
どうする……?
どうすればいい?
どうすればこの状況を切り抜けられる?
今の私の手にあるカードは大きく分けて三つ。
無詠唱でも使える風の槍。だがこれにはかなりの集中力が必要になる。逃げながら使えるような技じゃない。加えてそれほどの威力が出ない欠陥技だ。
次は詠唱が必要となる闇魔術。これもまた詠唱しているような暇が今の私にはない。詠唱している間にガブリとやられるのがオチだろう。
最後は操魔法・発勁。だけどこれは水中限定の技だ。どこか水辺を見つけることが出来ればいいけど、そんなことが都合よく起こるとは思えない。
つまり、現状は全ての手札が封じられた状態。まさに八方塞というに相応しい状況だ。笑っちまいそうになる。
「ぐっ……!?」
そして、ついに一匹の蝙蝠が私の速度に追いついてしまった。
左肩付近に僅かに走る痛み。噛み付かれたのだ。咄嗟に右手で払うと、ピギッ! と甲高い悲鳴を残して蝙蝠は叩き落とされていった。
もう追いつかれ始めている……いよいよ状況は切羽詰ってきた。早く打開策を見つけなければ……
「────ッ!?」
全力で活路を探す最中、唐突に私の視界がぐにゃりと揺れた。
(これは……な、に……?)
平衡感覚が狂う。
真っ直ぐに走れない。
そうか……これが『毒牙』のスキルか!?
確かに蝙蝠のスキルにあった『毒牙』のスキル。噛み付かれた時に毒を入れられたんだ。
くっ……まずい。これは非常にまずい。
ただでさえ追いつかれそうだってのに、こんな状態では……
鈍い思考で危機を悟る。そして、その危惧はそのまま現実になる。私の体に何十匹もの蝙蝠が群がってきたのだ。
首筋を、肩を、腕を、足を、次々に痛みが走っていく。
バタバタと耳障りな羽音の中、必死に両手を振り回し迎撃するが二本の腕では到底ガードしきれない。体中の至る所で注入される毒液に、ついに意識を失いかける。その刹那……
「間に……合った……ッ!」
──私は勝利を確信した。
「《森羅に遍く常闇よ・集い・形成せよ──【ヴィルディング】ッ!!》」
それは一種の賭けだった。
私の手札にある詠唱を必要とする闇魔術。
私はそれを蝙蝠共に追いつかれることと引き換えに完成させていたのだ。
要は私の術式構築速度が速いか、蝙蝠共が毒牙で私の意識を完全に奪うのが先かという勝負。
そして私はその賭けに……勝ったのだ。
私の体を中心に生成された魔力は収束し、一つの形となる。つまりは漆黒の槍へと。今回はそれをヤマアラシの針のように全方位へ展開させる。
「一匹残らず……狩り尽くすッ!」
──ズドドドドドドッ!
収束し、風系統の魔力を纏った漆黒の槍は弾丸のような勢いで周囲に拡散し、蝙蝠達の体を次々に突き刺していく。
敏捷性はあるが、それほど体力はない。
それもまた鑑定した時に分かっていたことだ。
「はあ……はあ……」
くらくらと揺れる視界。
蝙蝠の迎撃に成功したとはいえ、いくらなんでも毒を食らい過ぎた。もしこれが致死性の毒だったら……このまま死んでしまうかもしれない。
「こんな……ところで……」
頼りない足取りで、出口を探す。
だが……そんな状態ではもちろん、ろくに動くことすら出来ず私は数歩動いただけで地面に倒れこんでしまった。
「……アンナ……アリス……っ」
朦朧とした思考で思い返すのは二人の女の子のこと。
それぞれにまた会おうと約束したはずだったのに……
(……ごめん……私、ここまでみたい……)
どうやらその約束は……果たせそうにない。
重い瞼を閉じ、二人へと届かぬ謝罪を繰り返す。
そして……
──私の意識は闇へと落ちていった。




