第43話 食べようと思って食べられない生き物はほとんどいない
食べ物に関して、ゲテモノ系の描写があります。
食事前、食事中の方はご注意ください。
フェリアル迷宮は深部へ向かって段階的に幾つかのエリアに分かれている。
一つはガンツ達と歩いた入り口付近の比較的御しやすいモンスターが現れる、初心者向けの『初層』、罠やトラップの類が増える『中層』、そして強力なモンスターが跋扈する『深層』。そして……黄金の金属器があるとされる『最深層』だ。
『深層』あたりからは攻略できる冒険者の数が激減するため地図にも載っていない場所が増えてくる。
生息するモンスターに関しても未知の部分が多く、フェリアル迷宮が最難関のダンジョンと呼ばれる所以となっている。
私が遭遇した土蜘蛛の存在を考えるなら、まずここは『深層』より深くにあることは間違いないだろう。あんな怪物が中層辺りに出るならもっと有名になってるはずだしね。
となると、まずは中層を探していくのが基本路線となるわけだけど……その前に、
「はあ……はあ……」
私にはやるべきことがある。
それは……
「う……こ、これを食べるの?」
今、私の手の中にあるのは先ほど捕まえた蛇だ。
深層といえども、普通に活動している動物もいるらしく私でも捕まえることが出来た。スライムを倒してから更に二日、私の空腹は最早限界だった。
蛇を見つけた瞬間こそ、『食料だッ!』と思って全力で捕まえたのだが、こうしていざ手にしてみると物怖じしてしまう。
だって考えてみて欲しい。
調理器具なんて当然持っていない状態で生の蛇をどう食せば良い?
そんなもん、生食しかない。
斑模様の皮膚を持つ爬虫類は見た目からして気持ち悪い。食べるどころか、口に入れることすら躊躇われる。
「う……でも、ここで食べとかないと次はいつ食料に巡り合えるかすら分からない……た、食べるしかないの……?」
究極の選択。
だけど答えなんて決まっている。
死ぬことに比べたらどんな苦行だって耐えられる。耐えられるはずだ。
覚悟を決めろ。
あのくそったれ奴隷商人も言っていたじゃないか。
何かを得るためには何かを捨てなければいけない。
私は……たんぱく質を手に入れるため、人間性を捨てる!
「ぐ、うおおお……お、俺は……俺は人間をやめるぞぉぉぉぉっ! サドラァァァーーッ!!」
最早何を言っているか分からない意味不明の勢いのまま、私は蛇を口の中に持っていき、カプリ、と鋭い犬歯を突き立てる。
そして……
「~~~~~~~~~~っ!」
ぎゅっと目を閉じ、咀嚼していく。
じんわりと口の中に血の味が広がる。
一瞬だけ甘美な味わいを舌が感じ取る……けど、食感が果てしなく気持ち悪い。
ざらざらとした鱗に、腐り落ちたリンゴのような蛇肉。
これまで一度も味わったことのない食感だった。
なぜこんな気持ちの悪いことをしなければいけないのか。閉じた瞳から涙さえ溢れ出てくる。
「う、うう、ううう……」
蛇の血を僅かとはいえ飲んだ影響か私は吸血モードになっていた。そのため『狂気』のスキルが発動し、僅かながらに生食に対する抵抗感が薄くなる。それでも辛いものは辛いけど。
生涯初めての蛇の味を確かめながら私はお父様の料理を思い出していた。
お父様は料理人になって日が浅いようだったけど、腕自体は抜群に良かった。肉も魚も野菜も全て美味しく調理してくれたお父様の料理が今は懐かしい。
戻れるなら……どうかあの日々に。
記憶の中で色鮮やかな食卓を思い返しながら……
──もぐもぐ、もぐもぐもぐ、もぐ……ゴクン──
ついに私は、人間としての尊厳を捨てた。
そして……私はこの日、一つの事実を知ることになる。
「……む」
それは……
「なんだ、蛇って結構美味いじゃん」
つまり、食わず嫌いは良くないってことだね。
聞くところによると、普通に料理として蛇の刺身とかあるらしいですよ。
死ぬまでに一度でいいから食べてみたい……なんて一瞬だけ思いましたが、冷静になって考えるとそんなこともなかったです。




