第420話 決意の旅立ち
「もう行ってしまうのか?」
「うん。急ぐ旅ではあるからね」
ライラとの激闘を終えた次の日、私はリーフの村を訪れ旅立ちの報告を告げていた。どこか名残惜しそうなルーカスには、ライラの犯した罪についてすべて伝えてある。彼は「そうか……」とだけ呟いて、それっきりライラについて何も語ることはなかった。
もしかしたら彼はとっくの昔にライラのしたことについて気付いていたのかもしれない。気付いていて、彼女を見逃していたのかも……なんて、流石にそれは考え過ぎか。
「ルナ……」
「あれ? マヤ? なにどうしたの、もしかして見送りに来てくれたの?」
ルーカスとの話し中に割り込んできたマヤに、私はにやりと底意地の悪い笑みを浮かべてやるのだが、
「うん。ルナにはひどいこといっぱいしちゃったけど、感謝してるから」
出会った頃からは考えられない純粋な好意に満ちた態度に、逆にこちらが面食らってしまう。そう言えばマヤにも一度殺されかけたことあったな……あれ? そう考えるとこの村に来てから滅茶苦茶死にかけてないか? 私。もっと早く離れるべきだったか?
「ルナ? 話聞いてる?」
「え? ああ、うん。聞いてるよ。私もマヤに会えて良かった」
「そっか。えへへ……嬉しい」
ぐっ……なんだ、マヤってこんな笑顔の可愛いタイプの子だったのか。
今までゴミ虫を見るような目でばかり見られていたから気付かなかったよ。
これはやっぱりこの村にもう少し滞在するべきかもしれない。
「えっと……その、だからね。ルナの旅の安全を祈ってこれ、作ってみたの」
「これ……花冠?」
躊躇いがちにマヤが渡してきたのは色とりどりの花で作られた輪っか状の冠だった。昨日の今日でこれを作ってくれたのだろうか。これだけの色の種類の花を用意するのは大変だったろうに。
「ありがとう……マヤ、ずっと大切にするね」
ああ、なんだろう。こういう手作りの品って気持ちがこもってる感じがして嬉しいよね。後生大事にするとしよう。
「すぐ枯れちゃうから、長持ちはしないけどね」
「あ、そうなの」
「でもそれがいいんだよ。旅の悪い運を花が枯れるときに一緒に持って行ってくれるから。そういうおまじないが込められてるの」
「へぇ……」
そういうのもあるのか。切れたら願いが叶うミサンガみたいなものか。
多少は長耳族の風習について知ったつもりだったけど、私もまだまだみたいだ。
「あと……旅の途中でライラを見つけたらさ、帰って来てってお願いしてくれない?」
「それは構わないけど……大丈夫かな? 村の人たち的に」
「た、たぶん大丈夫! マヤがいっぱい説得するし!」
両手を握りしめやる気を見せるマヤだが、彼女の頑張りで規則が変わるとは思えない。命令違反と無断で村を出た罪は決して軽くはないだろう。とはいえ……
「……分かった。見かけたら必ず伝えるよ」
「うん! ありがとう、ルナ!」
この小さな女の子の願いを無下にするのも憚れる。贈り物も貰っちゃったことだしね。というか、今の笑顔、私の時よりずっと輝いてないか? もしかしてこの花冠に込められてた愛情ってライラに向けられたものだったり?
(ライラめ。これだけ可愛い後輩がいて村を空けるとか信じられんな)
私が悶々とした気持ちを抱えていると、他の村人たちと挨拶を終えた旅の仲間達が次々に集まってくる。どうやらそろそろお別れの時間みたいだ。私が仲間達に目を向けると、ルーカスが近寄ってきてこっそりと私に耳打ちする。
「……ところで、例の話は良かったのか?」
「え?」
「前に二人の時に話しただろう?」
そう言ってルーカスの視線が後ろのアリスへ向けられる。アリスはきょとんとなぜいきなり見つめられたのか分からない様子だったが、それで私にはピンときた。もしもアリスが望むならこの村に留まれるように配慮して欲しいとお願いしていたあの件についてだろう。
「……ああ、それなら大丈夫かな」
「そうなのか?」
「うん。彼女にそんな気は毛頭ないみたいだから」
昨晩、それとなく聞いてみたのだが滂沱の勢いで涙を流し始めたアリスに私は自分の考えがどれくらいズレていたのかを思い知らされた。
『私のことが邪魔なら邪魔ってはっきり言ったらいいじゃないのぉ! お役御免だって! ついてこられても迷惑だってはっきりいいなさいよ! うわーん!』
そんなことはないと説明するのに数時間かかってしまった。善意で選択肢を増やしてあげたつもりだったのだが、余計なお世話だったらしい。ここまで贔屓にされて嬉しいは嬉しいのだが……ちょっと重くね? いやいや、そんなこと思ったらアリスに失礼だよね、うん。
「お前の旅の険しさを思えば、頼れる仲間は多いだろう。幸運なことだ」
「まあ、そうとも言えるかな」
「それとヒューゴの件についてだが……お前の望みとは真逆の結果を生んでしまうことになるだろうな」
「……王国との戦争、ですか」
「ああ」
ライラがヒューゴに手を出したことで、王国と調和国の関係は悪化してしまうだろう。
近いうちに王国から何かアクションがあるかもしれないというのがルーカスさんの見立てだった。
「だが、簡単に事を起こすつもりはないよ。お前を見習ってな」
「そうしてもらえると助かります」
すっ、と手を差し伸べたルーカスさんに私も握手を返す。
色々と文化の違う私達だけど、これは一緒みたいだ。
「お世話になりました」
「ああ。またいつでも来るといい」
決して友好的な出会い方ではなかったけれど、最後に私達は笑顔で別れることができた。
これが互いを理解し合えるということなら、やはり私はこっちの方が良いと思う。
それを確認できただけでも、この来訪には価値があった。
「それじゃあ……今度こそ行きます」
「息災を祈っている」
「またね! ルナ!」
ルーカスやマヤ、一部の守人や村人に見送られ私達は旅を再開する。
旅を始める前とは少し違った心持ちで。
「……種族が違っても、仲良くなれないなんてことはないって、この国に来て改めて思った。それと同時に、理解したくないと思う人たちがいることも」
最初は未来の私に言われるがまま始めたこの旅だったが、そのおかげで出会いの楽しさと苦しさの両方を知ることができた。
「色んな理由があるとしてもさ、やっぱり私は皆が仲良くやれたらいいなって思うんだ。だから……これからもよろしくね、皆」
振り返りながら旅の仲間に告げると、
「もちろん。そのためにここまでやって来たんだから」
ニコラは旅の地図を握った手を掲げ、
「はい! 私ももっとお姉さまと仲良くしたいです!」
アンナは若干変な方向の発言を残し、
「やっと前向きになれたって感じ? 良いのよ。あなたはあなたのやりたいことをやれば。私が……私達がしっかり支えてあげるから」
アリスはさらっと確信めいたことを言う。
やっと前向きに……か。確かに、今までは消極的な理由、仕方なくみたいなところが大きかった旅だけど、今は少し違う。
「あっ! そう言えばアリスちゃん! 昨日はありがとね、友達って言ってもらえてうれしかったよ!」
「えぁ!? そ、そんなこと言ってないんだけど!?」
「言ってたよ、『私の友達に何をしてるの!』ってすっごく嬉しかったんだから!」
「き、聞き間違えじゃないかしら」
「ええー? 絶対に言ってたよぉ」
「あっ、ちょ! 引っ付かないで!」
「良いじゃん良いじゃん! 感謝の印! はいぎゅー!」
「うぎゃーーーーー!」
アリスとアンナも仲良くなれたみたいだし……やっぱり私の思想は間違ってないと思う。片方が悲鳴を上げてるような気もするが、照れ隠しだろう。きっと。
こういうのも旅の良さだと思う。
出会って、交流して、たまには喧嘩をすることもあるけど、そこでしかできなかった出会いや思い出はきっとある。
私は少しずつ、この旅自体を楽しみ始めていた。
「さあ、この調子でやって行こう! 次の目的地は……」
私は片手をあげ、昨晩の内に相談していた次の国を宣言する。
「──フィーン連邦国!」
多種多様な種族が入り乱れて暮らす、『自由』を標榜する国の名を。




