第415話 許されない罪はない
『お前はもう出禁だ! 勝手に入ってきたら次こそ本気でやってやるからな!』
そんなゾーイの言葉を最後に、私は首都を離れることになった。治療の時間を含めても数時間しか経っていない、短時間の遠征だったな。なぜか最後にゾーイを怒らせてしまっていたようだが……
まあそれはいいとして、イヴに関する話も聞けたのは大きな前進と言える。
次の目的地も決まったし。
「その顔を見るに、収穫はあったようだな」
来た時と同じように、立体魔法陣を使った転移を施してもらったのだが、私と違いルーカスは跳躍酔い(私命名)していない様子。きっと何度もこの跳躍を繰り返している内に慣れてしまったのだろう。
「うん。連れてきてくれてありがとう。ルーカスさん」
「別に構わん。お前とゾーイ様が戦い始めた時はどうなることかと思ったがな」
「仲裁に入ってくれても良かったのに」
「バカを言え。私とて命は惜しい」
肩を竦めて困った表情を浮かべるルーカスは、これまた冗談かどうか怪しい発言だ。
なんとなくだけど、なんだかんだ結構強い気がするんだよね、この人。
仮にも村長な訳だし弱くはないと思う。まあ、本人がそう言うなら良いんだけどね。
「さて、と。話もできたし、村に帰ろうか」
「うむ。ああ、だがその前に一つだけ良いか?」
「なに? 改まって」
「イヴとやらの情報を得た以上、お前がこの国に滞在する理由はなくなった。つまり、すぐにでもここを立つ心づもりなのであろう?」
「まあ、そうだね。挨拶くらいはしていくつもりだけど」
「その前にだな……その、彼女が望むなら、ライラを一緒に旅に連れて行ってはくれまいか?」
「え?」
ルーカスの話は私にとって予想外のものだった。
ライラを私の旅に同行させるというのは、確かに楽しくなりそうな提案だが、当の本人が承諾するとも思えない。リーフの村が大好きだからね、ライラは。
「どうしてそんなことを?」
「……ライラは堕魂者だ。一度、そこに堕ちたものは長耳族の集落において優遇されることはない。一時は時期村長候補と目されるまで信頼を集めていたライラだけに、今の境遇は見ていられなくてな」
「……だとしても、彼女は村のことを大切に思ってる」
「ああ、分かるとも。分かるからこそ、その想いに応えることのできないことに不甲斐なさと申し訳なさを感じてしまうのだよ。それにライラの持つ才能はこんな小さな村に埋もれさせておくべきとも思えん」
「ライラの才能……?」
「ああ。ライラには天賦の才がある。精霊術を正しく扱う才能がな。あやつが堕魂者となっても未だに守人の任を解かれていないのは、ひとえにその才能によるところが大きい。ライラが元々何と呼ばれていたか知っておるか?」
「いや……なんて呼ばれていたの?」
「血の番人、だ」
血の番人。女の子に付ける異名としてはかなり厳ついな。
まあ、あまり似合わないとも思えないところはあるけど。
「規律を重んじる鋼の心と、誰よりも優秀な守人としての腕前……信を得るに十分な理由が彼女にはあったのだ。あの事件を起こすまではな」
「……それ、ライラの妹さんの話だよね」
私が先回りして答えると、ルーカスは意外そうに眉をあげてみせた。
「なんだ。知っておったのか。ライラから聞いたのか?」
「うん」
「そうか……自分から話すとは少し意外だが、知っておるなら話は早い。この村にいれば、嫌でも妹のことを思い出すだろうし、それに……」
「……それに?」
「ルナ。お前はライラの妹──レイラによく似ておる」
「私が?」
「ああ。猪突猛進というか、こうと決めたら意地でも譲らないところとか……一言で言うと、放っておけなくなるようなそんな子であったよ」
ライラの妹と私が似ているなんて言われても、正直困ってしまうが……ライラが私に対してなんだかんだ優しいのはそういう部分があったのかもしれない。
しかし、だからと言って……
「……話は分かったよ」
「そうか、なら……」
「でも、だからってライラを強引に連れて行くようなことはしないよ。大切なのはあくまで本人の意思だから。彼女が村のことを大切に想っているのは私にだってわかる。彼女の好意に報いる術がないって言うなら、それはあなたの責務だよ」
「む」
「今の規則でライラに報いることができないなら、規則を変えちゃえばいい。堕魂者を救済する措置とかね」
「それは……短い時間を生きる人族のような考え方だ。取り返しがつくとなれば、犯罪を犯す抵抗感が弱くなる。今の秩序を守るためには今の規則は最適なのだ」
「だとしても、時には人を許してあげることも大切だよ」
国としての方針や、上に立つ者としてのルーカスの意見は分かる。
だが、そんなお題目なんてどうでもよくて、私には一つの想いがあった。
「──許されない罪なんて、きっとこの世のどこにもないんだから」
人は些細なことで間違いを犯す。時にはそれが大ごとに発展してしまうこともあるだろう。周囲の環境やタイミング、逃れられない運命のように、転がり落ちるように罪に手を染めてしまう人がいるかもしれない。
また、あるいは逆にその罪そのものが間違いである可能性もある。
人の定めた法律には、やはりミスがあるものだ。法律でなくても、現場を検証する人間のミスや、偶然で冤罪をかけられることもあるだろう。
完璧でない世界だからこそ、あらゆることを許す広い心が必要だと私は思う。
「……ルナの言いたいことは理解した。それでも応えることはできぬがな」
「分かってるよ。私の言ってることが絶対に正しいとも思ってはいないからね」
人それぞれに意見や立場がある。そこを否定するつもりはない。
ああ、そうだ。立場と言えば……
「私からも一つお願いをしていい?」
「なんだ?」
「私の連れにハーフエルフがいたでしょう? アリスって言うんだけど、彼女が望むなら……この国に居場所を作ってあげてくれないかな?」
この国に来てからずっと考えていたこと。それはアリスについてことだった。人族の国で長く長耳族として扱われてきた彼女にとって、自分と似た姿をした人物たちが暮らすこの国は居心地が良かったと思う。
今まで知ることのなかった安住の地を見つけたのなら、そこに留まるのも一つの選択肢だと思ったのだ。まあ、彼女の場合、梃子でも動かず私についてきそうな気もするけど……彼女が願った時、それが叶えられる環境を作ってあげたいと思うのだ。それが今でなくても、今後いつか願ったタイミングで叶うように。
なんだかんだで村の人たちとも打ち解けてきているみたいだしね。
「……なるほど。ようやく腑に落ちた」
「え? 何が?」
「お前たちの旅の目的を聞いてずっと疑問に思っていたのだよ。情報を集めるなら、隣国の方がはるかに向いている。事実、選択肢として考えてはいただろう? グレン帝国やバレンシア聖教国などが例に挙がるか。それでもシンを選んだ理由は仲間のためだ。違うか?」
「……そういうの、言わぬが花って言うんじゃないの?」
「ふっ……確かにそうかもな。お前の提案については同じ返答を返すとしよう。その者が望むならこの村でも、他の村への案内でも尽力しよう」
「ありがとう」
「なに、お互い様さ」
なんとなく漂う良い雰囲気に話は終わりだと思ったのか、ルーカスは呪文を唱えて立体魔法陣のある部屋から外へ通じる道を作り出す。
最後に彼と話をすることが出来て良かった。
光量の増えた視界に、近くの葉を笠替わりにしようと物色していると──
「ルーカス様!」
部屋の外で待機していたらしい、長耳族の男性……彼は確か、アラスターとかいう名前だったか。そんな彼が血相を変えて飛び込んでくる。
「どうした? 一体何があった?」
「それが……ッ」
ルーカスの足元に這いつくばる様にして、彼は信じられない一言を叫ぶ。
「捕えていた人族の男……ヒューゴが何者かに殺されました……ッ!」




