第414話 説明はきちんと相手に伝わるように
「貴様は本当に無茶をする。死んだらどうするつもりだったのだ」
「ごめん、ルーカスさん。でも、話し合う為に必要なことだったから」
ゾーイとの戦闘が終わった後、私はちゃぷちゃぷと足湯に浸りながら、ルーカスに火傷の治療を施してもらっていた。とはいえ、極僅かな量の血をもらい、『再生』スキルを既に発動させているため、傷の確認と言った意味合いが強い。
吸血モードの持続時間は吸った血の量に比例する。『再生』スキルだけを使いたい時は、こういうやり方があるのだ。
「……しかし、吸血種の力というのはすさまじいものだな。我々も多くの術式を記憶しているが、身体に直接作用するものは珍しい」
「私のは術式って言うよりは体質だけどね。それに吸血種の力って言うなら、こんなものでもないし」
「…………」
「それよりゾーイは? そろそろ終わったんじゃない?」
「今、まさに終わったぞ」
「ゾーイ様!」
私達が話しているところに、ゾーイはのんびりと歩きながらやってくる。
戦闘が終わった後に、ゾーイは周囲の水を元に戻す為、あちこちに奔走する羽目になっていたのだ。後始末のこと、考えてなかったのかな。
「この程度の作業、オレ様の手にかかれば朝飯前である。それよりルナ、貴様なぜルーカスにはさん付けでオレのことは呼び捨てなのだ。様をつけろ様を」
「いや、もうなんか今さら良いかなって」
命を賭けた戦いをした後にかしこまるのも変な気分だ。
まあ、命を賭けたのは私だけのわけだけど。
「そ、それはアレか、お前とオレの仲が特別だから、ということか?」
「まあ、そうだね」
私が肯定すると、ゾーイの耳がぴこぴこと揺れる。どういう感情なの、それ。
「オレとルナの仲であるなら仕方がないな。うむ、まったくもって仕方がない。仕方ないったら仕方ない」
「仕方なくないですよ! ゾーイ様! この者は神聖なるゾーイ様のお体にああも無粋に触れたのです! 何かしらの罰則を求めるべきです!」
「だがなー、ルナは長耳族の者でもないわけだしなー」
「それでもです! 身体的罰則はあまり意味がないようですので禁固刑などで対応するべきでしょう!」
「でもなー……いや、待て禁固刑か……」
ルーカスの熱弁に、ふむと考え込むゾーイ。
「オレ様の私室に拘禁するか? そうだな、それはアリだ。ちょっと十年くらい眺めさせてもらえば……いや、どちらかというとオレ様が……」
「えーと、ごめんだけど話さえ聞いてもらえればすぐに私は出て行くよ」
話が変な方向に傾きかけていたので、強引に話題を変える。
「やらないといけないことがあるんだ。それに、勝負に勝ったのは私なんだからまずは話をするのが先でしょ」
「む、それもそうだな。吸血種……イヴに関する話だったな。よし、話してやる。だがルーカス、お前はダメだ。周りの者にも言っておけ。ここからはオレとルナが二人だけで話をする」
「はっ、承知しました」
上司の指令を受け走り出すルーカスと入れ替わるように、私の隣にゾーイが座り込む。わざわざ人払いをするなんて、よほど聞かれたくない話なのかな。
◇ ◇ ◇
ゾーイが話し始めるまで、少しの時間が必要だった。
「……イヴは傲慢な女だった」
足元の水を軽く蹴りながら、ゾーイは昔を思い出すように話し始める。
「何においても一番でなくては気が済まないたちでな。それでオレ様とはよくケンカをしたものよ。殴り合いになったらまず勝てなかったがな」
「ゾーイはそのイヴと近くに住んでたの?」
「一緒に暮らしていたことがある」
「えっ……!?」
何の手がかりもないことを覚悟していたのに、まさかの事実を知ってしまう。
一緒に暮らしていたことがあるって、それもう家族みたいなものじゃん。
「それで、イブは今どこにいるの?」
「慌てるな。お前には全てを話してやる」
結論を急ぐ私に、ゾーイは逆にゆっくりと話を続ける。
「当時は今ほどに種族間の格差がなかった時代でな。色んな種族が同じ国に属していたこともあった。エルフリーデン王国ですらそうだった。そんな時代にオレはイブと暮らしていた。あと二人……金魚の糞みたいなやつらもいたがな」
「二人……つまり四人で暮らしてたんだ。そのほかの二人も長耳族だったの?」
「いや、人族と獣人族だった」
「……そっか。じゃあ、もうその二人はいなんだね」
長耳族と吸血種が長命種だというのは知っていた。
故に、それは必然の別れだと思ったのだが……
「そうだが、少し勘違いしているな。奴らが死んだのは老衰が原因ではない」
「え?」
「奴らは戦死したのだ。種族間の争いの中でな」
話しながらまるで冥福を祈る様に、ゾーイは瞳を閉じた。
「戦争というほどの規模ではなかったが、人が集まれば争いも増える。それが他種族となればなおさらな。当時では珍しい話ではなかったよ。復讐に走るものも多かった。一人の人物から受けた恨みを種族全体に向ける者ばかりでな。争いの火種が絶えることはなかった。だからオレ様は決意したのだ。長耳族だけの国を作ると。そうすれば少なくとも種族間の争いはなくなる」
「…………」
「イヴのことも誘ったのだがな、断られてしまったよ。二人の死がよほど堪えたようでな。オレ様はイヴよりも長く生きて来たから、そんな経験も多くあった。だがイヴにとってそれは初めての親しい者との別れだったらしい。奴はオレ様に聞いたよ。『ずっとこんな思いをして生きてきたの?』とな。だからオレ様は答えてやった。そんなことはないと。もっとずっと辛いことがあったと」
「…………」
ゾーイの言葉に、私は何も言えなくなっていた。前世を含めても30年ほどしか生きていない私が何かを語るには、年季が違いすぎると思ったからだ。
それほどに長い時間をゾーイは生きてきたのだ。
「それももう二百年近く昔の話になるか。それ以来、イヴの名を聞くことはなくなった。お前が尋ねてくるまではな。だから逆に聞きたくもある。イヴはまだ生きているのだな?」
「うん。それははっきりしてるよ」
「そうか……そうか」
ゾーイは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにその表情に影が落ちる。
一喜一憂とも違う、複雑な感情をイヴに対して抱えているのだろう。
「……イヴがいそうな場所とかに心当りはない?」
「見当もつかんな。それでも予想をするのなら、人の少ない場所であろう」
「人の少ない場所?」
「あまり多くの者とは関りにならない場所だ。目撃情報が皆無である点からも目立った行動はしていないはずだ。この国のような僻地に潜伏しているのだろう」
なるほど……となると、結果論ではあるがこの国を一番の目的地にしたのは大きく外れた選択ではななかったわけだ。
「旅の選択肢には他にもグレン帝国とかバレンシア聖教国があったんだけど……」
「その二つは恐らく違うな。仮にオレ様がお前の立場で次の目的地を選ぶなら……そうだな、フィーン連邦国あたりか」
「それはどうして?」
「比較的最近できた国なのだが、元は複数の種族が混在していた集落の集まりのようなものでな。人口もそれほど多くなく、吸血種であることがバレても問題になりにくい。今を生きるならそこが最も住みやすいだろう」
「なるほど」
「それにもう一つ理由をつけるなら……奴はオレ様達と過ごしていた時間をとても大切にしていた。だから複数の種族が共に手を取り合う環境を好むのではないかと思うのだよ」
最後に付け加えるように言った理由に対し、「……まあ、これはオレ様の願望かもしれないがな」とゾーイはどこか寂し気な表情を浮かべる。だから私は彼女に向けて、一つの約束をすることにした。
「……もしもイヴを見つけることができたなら」
「?」
「この国のことを教えるよ。ゾーイって言うとってもいい王様がいるってね」
「……はっ!」
私のその言葉に、今までどこか暗かったゾーイの表情が晴れる。
「やめろやめろ。オレ様は偉大ではあるが、良き王ではない。国の運営もそれぞれの村長に任せっきりであるしな。だがまあ……そこさえ省けば構わんさ」
好きにしろと言わんばかりの態度に、私もなんだか笑ってしまいそうになる。なんだかんだ言っても、旧友に会いたいことに変わりはないのだろう。一国の王というからどんな人物かと思っていたが、話してみれば意外と普通の子だった。子、なんて歳ではないかもしれないけど。
「あ、最後に一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「ゾーイって長く生きる長耳族だけあって色んな魔術に精通しているわけだよね?」
「そうだが?」
よし……となると希望はある。
イヴに関しての情報はそれほどでもなかったが、私が密かに求めていたもう一つの情報については聞けるかもしれない。
ごくり、と緊張で喉が鳴る。
私の只ならぬ真剣な様子に、ゾーイも背筋を伸ばすのが分かった。
「ゾーイ……」
「な、なんだ?」
私に気圧されてか、若干言葉に詰まるゾーイに、私は問う。
「肉体的に男になれる魔術って……ないのかな?」
「………………………………………………………………………………………………は?」
ゾーイは私の言葉の意味が分かっていないのか、ポカンと口を開ける。
仕方がない。言い含めるようにもう一度伝えてやろう。
「私はね、男になりたいんだ」
今まで打ち明けることのなかった私の胸の内を、今回ばかりは晒さざるを得ない。
なにせ世界有数の魔術師と思われる長耳族の長がここにいるのだから。
男に戻れるのであれば、私はどんな恥辱も方法も受け入れる所存だった。
とはいえ、あまり公言したい内容でもないので他に誰もいないこの場は絶好の機会だ。
訊くなら、今しかない。
「な、な、なんで男になりたい、のだ……っ?」
「それはまあ……そういう趣味ってことにしておいてよ」
女の子が大好きだから! と声高に宣言する勇気はさすがにないのでそこははぐらかす。
魔術を教えてもらうだけならそこまで深い説明は不要だろう。
「できれば今すぐにでも男になりたいんだけど……」
「ない! ないないない! そんな術は存在しない!」
ゾーイは慌てるように立ち上がり、胸元を手で隠すようにしながら後退る。
いきなりなんだ? 顔も真っ赤になってるが……
「ゾーイ?」
「話は終わりだ! オレ様にそっちの趣味はないのでな! 悪いが断らせてもらう!」
そう言ってゾーイはどこかに走り去っていってしまう。
そっちの趣味、というのは戦闘以外の術式については興味がない、ということだろう。
知らないのであれば仕方がない。また別の方法を……あ。
「そういえば色欲の暴走についてゾーイに説明するの忘れてたな……」
ゾーイが気にしていない様子だったからスルーしてしまっていた。
まあ、進んで説明したいものでもないし、聞かれないなら良しとするか。




