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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第411話 ゾーイ


 長耳族主導の大国、シン調和国。

 規律と伝統を重んじる長耳族の首都なのだから、もっと厳かな雰囲気の場所をイメージしていたのだが……こんな温泉街みたいな場所だとは思わなかった。


「意外そうな顔をするのだな」


「それはまあ、そうでしょ」


 首都と言えばその国の中枢、首脳陣が構える場所でもあるはずだ。つまり、見るからに遊び惚けているそこらの長耳族たちもきっと立派な役職を持っているはず。まったくそうは見えないけども。


「長耳族における位の高さはそれだけ生きてきた年数の長さでもある。長い人生の中で多大な功績を挙げたものが首都への移住を認められるのだ。つまり、多少の余暇を楽しむくらいの自由は認められてしかるべき、というわけだな」


 私が幻滅していることに気付いてか、ルーカスはフォローを入れてくる。


「そもそも部族ごとの規則に差がある長耳族において、政治屋の仕事はそう多くはないという背景もある。高い能力と地位に加え、持て余した暇の行きついた先が……」


「……この惨状というわけだ」


 言葉を濁し、無言で肯定するルーカス。彼も村長として普段から集落をまとめあげているため思うところがあるのかもしれない。


「と、ルーツの簡単な説明もしたところで向かうとしよう。万が一にでも遅刻するわけにはいかないのでな。族長を怒らせるのは怖い」


「へぇ……そういうとこには厳しい人なんだ」


「いや、単純に不貞腐れて話をして下さらなくなる可能性があるのだよ」


「…………」


 なんだろう。仮にも一国の主を形容する言葉としてそれはどうなんだ?

 これもあれか。ルーカスなりのジョークだったりするのだろうか。


「足元には気を付けるがよい。ずぶ濡れで謁見などしたくはあるまい?」


 ルーカスに続く形でお湯の溜まっていない縁の部分を歩いて進むと、周囲の長耳達が好奇の視線を向けてくるのが分かった。

 長耳族以外の人間が首都へ入ること自体が珍しいという話だったので、興味があるのだろう。こういう注目のされ方は学園自体にイヤというほど経験してきたので、なるべく背筋を伸ばして歩くことを意識しておく。


 こういう場面の印象は思いのほか人の記憶に残るもので、後々下に見られないためにも堂々としていた方が良いのだ。

 私がなるべく尊大には見えない範囲で胸を張って歩いていると、


「おい」


 近くの湯船(?)から声がかかる。

 見るとそこには私に声をかけたと思われる少女が、複数の男性長耳族を周囲に侍らせながらこちらをじっと見つめていた。美男美女が多い長耳族の中でも特に整った顔立ちをした男達はたった一人の少女を囲むように集まっており、少女の腕を揉んだり団扇のような葉っぱで風を送ったりと王様のような扱いを受けている。まるで逆ハーレムのような状況だが、その肝心の女の子は……正直に言うときつめの顔をしていた。


 つり上がった瞳と長すぎる耳はどこか刺々しい雰囲気を漂わせ、お湯に浸る長すぎる髪はくすんだ金色をしている。何というか、ヤバそうな空気感だ。私は気付かなかった振りをして通り過ぎようとするのだが、


「おい待てや。今完全にこっち見てただろ。無視すんな」


 少女はばしゃっ、と音を立ててお湯から立ち上がるとキンキンと高い声を響かせて威嚇してくる。うわぁ、完全にヤカラだ。苦手なんだよね、こういうタイプ。


「えーと、悪いけどちょっと急いでてさ。子供の相手をしてる暇はないんだよね」


「なっ……! こ、子供だと……っ!?」


 私が面倒になって軽くあしらうと、少女は顔を真っ赤にさせて頬をひくひくと動かせる。しかし、こうして立ち上がって見るとよく分かるが、この子、めちゃくちゃちっちゃいな。私よりも背が低いぞ。140センチもないんじゃないか?


 入浴用の服と思われる白い修道服のようなゆったりとした服からは分かりずらいが、体重もかなり軽そうに見える。長耳族は見た目で年齢を測るのが難しいが、この子なら分かる。たぶん、マヤとそう大差ない。まだ10歳程度とみた。


「このオレを子供と言ったか貴様……ッ」


「え? うん。だってどう見ても子供だし」


「また言った! このオレ様を二度も子ども扱いしやがったな!」


 一人称がオレというかなり珍しいその女の子はばしゃばしゃと足を振って水を飛ばそうとしてくるが、短すぎるせいか、それとも力がなさすぎるせいか思った通りの効果が出ていないばかりか逆にバランスを崩し、


「ごぽっ、お、溺れ……ばぶぅ……っ!」


 水深1メートルもなさそうなお湯の中で溺れそうになっていた。

 何やってんだこの人。


「はぁ……もう、仕方ないな」


 このまま見ているのは可愛そうだったので、温泉の中に入った私は少女の手を取り引っ張り上げてやる。下半身の服が濡れてしまうが、最悪どこかで着替えを借りれば良い。

 私の手を借りて生還を果たした少女はぜえぜえと息を切らせながらもきっ、とこちらを睨みつける。


「卑劣な吸血種(ヴァンピール)め……巧妙な罠を仕掛けおって!」


「いや、私は何もしてないけど……」


 自分の非を意地でも認めないつもりなのか、先ほどの一件を私のせいにされていた。やっぱり関わるべきではなかったかもしれない。そう思って温泉を上がろうとした矢先、


「だ、大丈夫ですかっ! ゾーイ様!」


 ハーレム男達が慌てた様子でこちらに恐る恐る近づいてくる。

 あんな子供に対して様付けしているってことは、あのゾーイとかいう少女は相当に地位が高いらしい。もしかしたら王様の娘だったり……ん?


「あれ、あなたもしかして……」


「ゾーイ様!?」


 私が真実に近づきかけた時、背後から駆け寄ってきたルーカスがその場に膝をついて低姿勢で少女に話しかける。


「まさかこんな近くまでいらしておいででしたとはっ!」


「ふん。久方の客人なのでな。それなりの対応をしてやろうと思ったのに……」


 ビシッ、と私に向けて指を突きつけるゾーイ様。


「なんだこやつは! とんでもなく無礼な奴ではないか! 話と違うぞ!」


「も、申し訳ありません!」


 私の代わりに頭を下げて謝るルーカスに、頬を膨らませて分かりやすく怒って見せるゾーイ……ここまで来たら疑いようもない。


「だが、無礼なやつを相手にしても礼儀を忘れないのがこのオレ様! 仕方がないから名乗ってやろう! 我こそがシン調和国の最主にして、世界最強の精霊術師……」


 そこまで言って溜めを作ったゾーイは腰に手を当て、親指で自分を指すと、


「ゾーイ様だぞい☆!」


 こちらに向けてウィンクをして決めポーズを見せつけてくる。

 私が反応に困っていると、周囲の長耳族たちは「おおおっ!」と意味の分からない拍手を始める。いや、マジでなんの拍手なんだそれ。


「えと……とりあえず、ルナ・レストンです。よろしくお願いします」


「なんだ。つまらん口上だな。名乗りの時が最もテンションが上がるというのに」


 やれやれと肩を竦めるゾーイは一度髪をかき上げる仕草をして、


「それで? このオレと話がしたいんだったな?」


 一段と低い声で話し始める。鋭い目元と相まって、詰められているような感覚に陥る。周囲の空気も、ピリッとしたものに変わる。

 今のところかなりポンコツっぽい言動だが、それでも纏う雰囲気は一国の長のもの、と言ったところか。


「……吸血種の長、イヴという者について何か知っていることはありませんか?」


「ああ。あるぞ」


「っ!」


 私の問いに軽く答えるゾーイだが……その堂々とした返答を見るに、かなり信憑性のある話とみた。何としてでも話を聞きだす必要がある。


「それではその……知っていることを教えてください」


「なるほどな。あの性悪女について聞きたい、と。ふむふむ、よく分かった」


 わざとらしく腕を組み、うんうんと頷いたゾーイは顔を上げ、




「けど教えてやんねー! 残念だったな、ばーーーーかっ!」




 これ以上にないほど憎たらしい笑みを浮かべて煽ってくる。

 こ、こいつ……マジで性格が終わってやがる!


「こんなのが一国の主だなんて……っ」


「あ、コイツ今オレ様のことをこんなの呼ばわりしたぞ。許せん。極刑だ」


「ぞ、ゾーイ様。この者は長耳族ではありませぬ。故に長耳族の法では裁けぬ存在なのです。どうか寛大なお心、もう一度ご再考くださらないでしょうか?」


「やーだね。いくらルーカスの頼みでも嫌なものは嫌だ。それにオレの法で裁けないのなら、オレの法に守られてもいないということだろう? つまり、ここでこいつをぶっ殺しても咎める奴などいないわけだ」


 にぃ、と深い笑みを浮かべるゾーイの口元から犬歯が覗く。

 周囲の長耳族は慌てて彼女を止めようとするか、その場から裸足で逃げ出していくのだが、当の本人はそんなことまったく気に留めていない様子で、


「お、そうだ。こうしようじゃないか、ルナ。このオレ様と戦って生き延びることができたらお前の質問になんでも答えてやろう。それも無制限にな」


 謎の展開に戸惑う私へ、名案とばかりに顔を輝かせてそんなことを提案してくる。ゾーイと戦って生き延びる、彼女の実力を知らない私からしたら、その難易度は未知数だ。だが……


「分かった。やろうか」


「ルナ!」


 ルーカスは止めるが、何もないところで転ぶような女に戦闘で負けるとは思えない。魔術の腕は恐らく高いのだろうが、勝負が始まった瞬間に距離を詰めて首を抑えればそれで魔術師は封じ込める。この距離なら私に絶対のアドバンテージがある。


「グッドだ、ルナちゃん。勇気ある人間は好きだぞ」


「私は暴力的な人間は嫌いなんだけどね、ゾーイちゃん」


「ちゃんっ!? このオレをちゃん付けだと……っ!」


 敢えて動揺を誘うため挑発的な言葉を浴びせる私に、ゾーイは見事に引っかかる。話術も大したことはなさそうだ。案外可愛い奴かもね、ゾーイちゃん。


「そうだ。ルールはそっちに決めさせたんだから……」


 狙い通りに生まれた隙に私は、練り上げていた纏魔を乗せた足元の水を先ほどゾーイがそうしたように相手に向けて蹴り上げる。


「勝負開始のタイミングは私が決めるね。はいよーいドンッ!」


 ドン、の声に合わせて──バシィィィィッ──と、まき上げられた水が私とゾーイの姿を互いに隠す煙幕になる。出所を隠した私は水の幕の奥からゾーイの首元に手を伸ばし、掴もうとするのだが……


「ははっ! 分かりやすい奇襲だなァ!」


 聞こえた声は空中から。見ると、ゾーイは空中に浮いていた。

 今の一瞬であの高さまで跳躍した? いや、そんな身体能力はないはず。詠唱も聞こえなかった上に、する暇もなかったはず。一体どうして……


(ん? なんだアレ……)


 ゾーイを見上げる私は、彼女の身体の異変に気が付く。彼女の両足が薄い緑色に発光しているのだ。いや、正確には脚全体ではなく絡まる蔦のような文様が脚に浮かんでおり、それが発光している。あれは一体……


「……! そうか、魔法陣を自分の身体に……っ!」


「気付いたか。だが遅いぞ」


 私に向けて伸ばしたゾーイの右腕がこれまた、赤色の光となって文様を刻む。

 そして……ヴォオオオオオオオオオオオッッ!!! と、何の前触れもなくゾーイの手から爆炎が燃え広がる。燃料も何もないというのにその炎は周囲の湯の上を走る様に広がっていき、その場の温度を急上昇させていく。


「ゾーイ様! ダメだ! ああなったら止まらない! みんな、避難しろ! ゾーイ様の精霊術に巻き込まれるぞ!」


 背後でルーカスが叫んでいるのが聞こえる。避難する前にこのバーサーカーを何とかしてほしいのだが……いや、これは勝負を望んだ私が悪いか。


「ほう、今の一撃で消し炭にならんとは」


「……やると言ったからにはちゃんとやるよ。全力でね」


 ギリギリで展開が間に合った『天覇衣』で炎をいなした私に、ゾーイがにんまりと笑みを浮かべる。戦いが好きなのだろう。相手の力量を見る前に、あんな出力の魔力をぶっ放すなんて正気ではないが。

 しかし、今の一撃で理解した。


「生き残れば勝ちって言ったよね?」


「ああ、そうだが?」


「勝利条件は理解したよ。けどさ」


 私は左手を振って『天覇衣』を解除し、右手の指先をゾーイに突きつける。


「別にアンタを倒しちまったって構わないんだろう?」


 言うが早いか小声で最速の詠唱を刻む。ゾーイの浮遊魔術がどんな性能か分からない以上、視界に捉えている内に勝負を決める。つまり……


「黒砲……ッ!」


 初手から全力全開、最大出力だ!


「──『国崩』ッ!」

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