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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第410話 長耳族のルーツ


 ルーカスからの伝令が来たのはすぐ翌日のことだった。旅の仲間たちと朝食を一緒に取っていると、珍しくライラがやってきて同行を命じたのだ。


「ライラも一緒に首都へ行くの?」


「いや、堕魂者は首都に入れない決まりだ。私が案内するのは……口で説明するよりも見てもらった方が早いな。ついてこい、ルナ」


「分かった」


 ここから首都まで何日かかるかも分からなかったが、肝心のイヴに関する情報を得るためだ。ここは素直に従うとしよう。

 私がみんなとの朝食を切り上げてライラについていこうとすると、


「ちょっと待ちなさい! それ、私もついていくわ!」


 椅子から立ち上がったアリスがびしっと指先をこちらに突きつける。誰かが同行を求めることを考慮していたのか、ライラは困ったような表情を浮かべた。


「悪いが首都へ連れて行けるのはルナ一人だけだ。それ以外の者は許可できない」


「え……そうなの?」


「一族でも認められた者しか入れない聖域なのだ。理解して欲しい」


「うぐ……」


 ここに来てから長耳族にとって規則がどれほど重要視されているかを知ったアリスは自らの主張が覆らないことを予感してか、両手を握りしめている。


「……アリス。大丈夫だよ。すぐに帰ってくるから。それにアリスには村の子供達と遊ぶ約束があるんでしょ? そっちを優先してあげて」


 最近、長耳族の人たちとの付き合いが増えたことを嬉しそうに語っていた私は、アリスにそう告げるのだが、アリスは最後まで不服そうだった。


「……ルナはそれでいいの?」


「え? うん。話をしてくるだけだし特に危険なことはなにもないと思うし」


「そういうことじゃなくて……!」


「えっと……?」


 アリスが何を言いたいのか分からなかった私は彼女の言葉を待ったが、アリスは私の反応が気に入らなかったのか不貞腐れて「もういい」とどこかへ行ってしまう。たまにあるアリスの理不尽だ。今日は機嫌が悪い日なのかもしれない。


「……追わなくていいのか?」


「大丈夫だよ。また後で話してみるから」


「そうか。なら行こう」


 残ったアンナとニコラに後のことを任せ、ライラに続いて部屋を後にする。

 アリスがなぜ不機嫌になってしまったのか、その疑問を考えながら。



  ◇ ◇ ◇



 ライラに案内されたのは古い大樹の前だった。

 首都への道を教えてもらえるという話だったが、地図でもあるのだろうか。


「来たか」


 そんなことを考えていると、樹上から声がかかる。見上げると大樹の枝に腰掛けてこちらを見下ろすルーカスの姿があった。


「おはよう、ルーカスさん。見送りに来てくれたの?」


「いや、首都へ入るにあたって私が付きそう必要があるのだよ」


 そう言ってひょい、と枝から飛び降りたルーカスはふんわりとまるで重力の影響を受けていないかのように地面に舞い降りる。詠唱をしていたようにも見えなかったし、薄く魔力を帯びている彼の身体を見るに、恐らく高い練度で使用した風系統の纏魔だ。あまりに自然過ぎて少しびっくりしたね。


「村長が長いこと村を空けてもいいの?」


「できないことはない。それに、首都にいられるのは長くて半日だ」


「?」


「……その様子を見るに詳しい説明はまだのようだな。面倒だからとすぐに諦めるのはお前の悪いところだぞ、ライラ」


「すみません」


「まあ良い。ついてこい、ルナ」


 指先をくいくいと曲げ、大樹に向けて歩き出すルーカス。

 その場で頭を下げるライラを残し、私達は大樹の元へ向かう。私の胴体ほどに太い蔦でぐるぐる巻きになった根本に着くと、ルーカスは静かに詠唱を始める。


「『我が名はルーカス。荘厳にして静謐なる神樹の精霊よ、我が道を称えたまえ』」


 ルーカスが詠唱を終えると、周囲の蔓が一斉に蠢き始め覆っていた大樹の根本……そこに隠された秘密の部屋を露にする。


「私から離れすぎるな。大樹の洗礼を受けることになる」


 つかつかと迷いなく中に入っていくルーカスに、私も慌ててついていく。

 大樹の中は不思議な光で満たされており、内側の空間には術式が走り書きのように刻まれている。一見するとただの落書きかメモのように見えるが、流れを追うとそれがたった一つの術式を示していることが分かる。


「これ……もしかして魔法陣?」


「ほう。分かるのか。よく勉強しているな」


「なんとなくだけど。でも、これ……ちゃんと機能するの?」


「無論だ」


 自信満々に頷いたルーカスは地面に描かれた一際大きな魔法陣に近づき、ぶつぶつと詠唱を始める。意味のある言葉の羅列ではない、いや実際にはあるのだろうがそれが巧妙に隠されている。詠唱は術式構築における重要な要素の一つだ。それを他人に聞かれるというのは、術式の盗用に繋がるため基本的に隠すことが推奨されているが……


(声量を抑えるとかよくある対策じゃないな、これ。この人……自分でひとつの言語を作り上げてそれを使ってるんだ)


 例えるなら絵を描くときに市販の顔料を用いるのではなく、自分で素材を調達して一から色を作り上げるような作業だ。はっきり言って滅茶苦茶面倒な上に、狙った色を作り出せるかも分からないリスクだらけの方法と言える。

 それが出来るのは限られた天才……いや、センスの持ち主か。


「ルナ。暫し失礼するよ」


 私がルーカスの技量に感心していると、彼は突然私の腰に手を回して自らの方へ引き寄せる。そして……


「……っ!」


 私の視界がぐにゃり、と螺旋状に歪む。

 同時に体が無重力空間に放り投げられたかのような奇妙な浮遊感に包まれる。

 魔法陣を見た時になんとなく察していたが、これ……


(転移術式……っ! 長耳族だと既に実用化されていたのか……!)


 時空を跳躍するとき特有の嫌な感覚に浸された私は、咄嗟に目を瞑って耐える。

 時間にして僅か一秒か二秒ほどそうしていると、すとんと体の感覚が戻ってくる。高い所から飛び降りて地面に着地した時のように、ぐらりと体が下方向に引っ張られ私はその場で膝をついてしまう。


「おや? 普通初めての転移だと倒れ込むものだがな」


「はぁ……あのさ、こういうことするなら先に言ってくれない?」


 車酔いにも似た気分の悪さを深呼吸して吐き出しながらぼやくと、ルーカスはにやりと笑って誤魔化し、前方を指差す。

 釣られて視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「……なにこれ」


 先ほど見上げていた大樹と同等か、それ以上の大樹が高層ビル群のように立ち並ぶ中で、ほかほかと湯気を上げる水場が視界一杯に広がる。水場は小さなエリアごとに区切られており、上から見るとレンコンの断面のように見える事だろう。そのそれぞれの穴に位置する区切られた水場では何人もの長耳族がそれぞれ泳いだり浸かったりと優雅に過ごしている。水辺の近くには、馬鹿みたいにデカい葉っぱで作られたハンモックやパラソルが用意されており、まるでプライベートビーチのような雰囲気を醸し出している。

 思っていたよりも開放的な街……というか施設の様子に思わず立ち止まる私へ、


「ようこそルナ。ここが我ら長耳族の首都……」


 優雅に手を振り、まるでガイドのように目の前の光景を紹介するルーカス。


「永劫自由都市──ルーツである」


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