第406話 王国の思惑
エルフリーデン王国は、シン調和国の滅亡を望んでいる。
その事実をヒューゴの言葉だけで認めるには、あまりにも規模が大きすぎた。
(とはいえ彼の話を鵜呑みにはできないとしても、ヒューゴの主張を否定する材料がない以上、彼の目的に対して私はそれに沿った提案をする必要がある……)
要はどう交渉するかという話。なのだが……参ったね。彼の主張にはつけ入る隙がない。というより、最初から交渉を拒否した内容だ。隷属か死を選べと言われて、分かりましたなんて言う奴はいないからだ。
つまり、彼にとって交渉となる論点はそこではないということ。
「と、いうことで俺としては仕事でやってる以上、引くわけにはいかん。お前が諦めて引いてくれるならこちらとしては助かる。必要経費として幾らか資金を提供してもいい。あくまで俺の狙いは長耳族だからな。お前とは争いたくない」
やはり、ヒューゴの目的は私との戦闘を避けることだったか。となると、私の取るべき手は二つに一つ。諦めるか、抗うか……
「……分かった。王国からの命令ならヒューゴに何を言ったところで意味はないよね。ここで争うことに互いのメリットはない」
「分かってくれたか」
「とはいえ、全面的にあなたの意見を尊重するのだからあなたにも誠意を見せて欲しいよね」
「はは、抜け目のねぇやつだな。分かってるよ。男に二言はねぇからな」
そう言って懐に入っているだろう金貨袋に目と手を向けるヒューゴ。
その瞬間──私は彼に向けて駆け出していた。
「──『穿風』ッ!」
右手に魔力を集中し、練り上げられた魔拳をヒューゴの腹部に向けて放つ。
だが、ヒューゴはその動きを読んでいたのか、にやりと笑みを浮かべると半歩ステップを刻み体の前後を入れ替えると同時に私の手首を取り、肘蹴りを放つ。
「…………ッ」
顔面に向かってくる肘を左手でなんとか受け止める。
結果、私とヒューゴは奇妙な体勢で膠着することに。
「まったく油断も隙もあったもんじゃねぇな」
「……私が本気じゃないって分かってたの?」
「戦争を止めたいなんてトチ狂ったことを言う奴の言葉が信じられるかよ」
私としては戦争を起こしたいなんて言う方がトチ狂っていると思うが……いや、今は善悪の議論よりも先にすることがある。
「さて、交渉は決裂したわけだが……シロはこっからどうする?」
手首を握られ、行動を制限される私に止まっていた甲冑が動き出す。
冒険者時代になんとなく検討を付けていたが、恐らく彼の魔術は特定の物質を自由に操作する風系統に分類される魔術。甲冑の素材を見るに動かせる素材は鉄ってところか。
「蹴散らせ──『鉄師団』」
彼が呟いたのは恐らく魔術名。それに合わせて周囲の甲冑の動きがより機敏になる。このままでは私は四方八方から切り刻まれることになる。ので、
「ふんぬッ……!」
「うお……っ!?」
膠着している間に練っていた風系統の纏魔を使い、身体能力を強化した私はヒューゴの身体を抱え上げ、甲冑に向けて投げつける。私の細腕からは信じられない膂力にヒューゴも驚きの声を上げている。
「やっぱり、只者じゃねぇなお前……だが形勢は変わってねぇぞ」
私と近距離で戦うことを避けてか、素早く受け身を取って立ち上がるヒューゴは甲冑達に守られる位置へ引っ込んでしまう。だが、それで構わない。私の狙いは既に決まっている。
「ここまで走ってきたのは別にヒューゴを倒す為だけじゃないんだよ」
「あん?」
「内から外へ出られれば別にそれでよかったんだよ」
包囲の中から外へ、そうすれば……
「──ほら、これで全員私の視界内だ」
ヒューゴという守るべき対象が生まれたせいか、私を包囲する甲冑の動きに粗ができた。そこを突き陣形を突破した私は相対する形で甲冑たちへ向かい合う。この立ち位置なら背後を気にしなくていい。
「大黒天──『天影槍』」
頭上に浮かぶ無数の匣。そこから鋭く伸びる漆黒の槍に、次々に甲冑達は串刺しにされていく。
「無人と分かれば容赦はしない」
どこに魔法陣が書かれていたかは分からないが、これだけバラせば関係ない。
無力化に成功したと確信する私の前で……
「──『錬成』」
詠唱を終えたヒューゴに、砕けた鉄片が集まり一つの形に成る。
王国騎士団が伝統的に使用する、直刃の直剣。それが次々に形成されていく。
「……まさかッ!」
彼のしようとしていることに気が付いた私は彼に向けて駆けだすが、彼の次の詠唱はそれよりも更に早かった。
「──『鉄師団』」
詠唱を終えると同時に──ヒュンッ──私の眼前を何かが超高速で通り過ぎていく。
「お前の技は前に見たからな。こうなるって分かってたぜ。さあ、第二ラウンドといこうか?」
それはヒューゴが生み出した騎士剣だった。『集中』スキルを発動させた私はなんとかかわすことができたが……今の軌道、避けなければ首を斬られていた。
彼は既に、私を殺す気でいる。
「平和主義者もいいが、王国の外で活動するならもう少し危機感を持った方が良い。でないと……死ぬぜ、お前」
殺意を隠そうともしないヒューゴの周囲を飛び回る騎士剣。その数は恐らく百を超えている。それら全てが常人なら目で追えない速度で飛び回っているのだ。
感嘆に値する技量だ。これほど精密で大規模な魔術行使には相当のセンスと特訓が必要だったことだろう。騎士団分隊長の名を語るに相応しい。
とはいえ、驚いてばかりもいられない。
「……王国が本気だってのは分かったよ」
「なんだよ。俺の身分を疑ってたのか?」
「さっきまではね。でも、今は信じてる。だからこそ私も覚悟を決めないといけないなって」
「覚悟? 戦く覚悟か?」
私はずっと王国で暮らしてきた。その中で王国の良い部分も悪い部分も見てきたつもりだ。大多数が得る安全の代わりに、排斥されてきた少数の者達がいる。
アリスやリンがその最たる例だろう。彼女達にとって王国は決して過ごしやすい場所ではなかったはずだ。それが人種差別という下らない思想が原因なら……
「この世の理不尽に、立ち向かう覚悟だよ」
大切な人達が笑って暮らせるように。
その為に私は力を得たのだから。
「格好いいねぇ。なら……守ってみなッ!」
右手を振り下ろす仕草に合わせ、ヒューゴの剣が飛来する。
上下左右、人間の視野角から外れるように孤を描いて飛び回る騎士剣に対し私は『集中』スキルを全力で発動させる。今の私はノーマルモード。『再生』スキルが使えないため、一手のミスが命取りになる。
吸血種の身体能力で、襲いかかる無数の騎士剣をギリギリのところでかわし続ける私に、ヒューゴは余裕の様子で口笛を吹く。今に見てろよ、その余裕の表情、絶対にぶん殴ってやる。
「くっ……ハッ……!」
息もつかせぬ連続攻撃を曲芸じみた動きで回避する。何とかヒューゴに近づきたいところだが……ダメだ。騎士剣の軌道はヒューゴに近づけば近づくほどに密になっていく。天影糸で拘束しようにも、周囲の剣から目を離した瞬間に切り刻まれてしまう。つまり……現状では私に打つ手がない。
(黒砲で吹き飛ばすか……っ!? いや、そんな暇も……ッ)
かわしきれなかった騎士剣の一本が私の額を浅く切りつける。
ドロリと流れた血が私の右目に入り、視界を赤く染めた。
それが、一瞬の隙となった。
「終わりだ」
その隙を見逃さなかったヒューゴの騎士剣が風を切り裂き回転する。
通り過ぎる騎士剣に遅れて空中を飛ぶ、何か。
それは紛れもない、私の右手であった。
【今後の更新頻度に関するお知らせ】
いつも読んでくださっている皆様、誠にありがとうございます!秋野錦です!
本作「吸血少女は男に戻りたい!」の更新に関するお知らせです。
今までは不定期更新とさせていただいておりましたが、今後は毎週土曜日20時更新を基本とさせていただこうと思います。
今後も彼女……彼?の物語にお付き合いいただけると幸いです。
また、作者最新作の「三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~」の連載も開始したので、良ければこちらも応援いただけると嬉しいです!
何卒……! 何卒よろしくお願いいたします!




