第40話 天敵、現る
スライム。
それはRPG系のゲームではお馴染みのモンスターだ。たいてい物語の序盤に出てくることが多く、真っ先に勇者達の経験値となる悲しき生き物。
私は目の前に現れたスライムをじっと観察していた。
この世界にもスライムがいることは知識として知っていたけど、こうして実際に見るのは初めてのことだ。
というか君、土蜘蛛と出番逆でしょう。普通。
どこのゲームにラスボスの後に登場するスライムがいるよ?
「まあいい。食べても栄養にはならなそうだし見逃してあげるよ。ほら、しっしっ」
手を振ってどっか行けとアピールしてやる。
だがスライムはそこから動く気配がない。じっと私を見つめて……いや、目がどこにあるか分からないから感覚的になんだけど、そのまま微動だにしないのだ。
「はあ……そんなに私の経験値になりたいの?」
ぐにゅぐにゅと体を変形させながらじっと私を見つめて……以下略。
仕方ない。そこまで私の糧になりたいというのなら是非もない。ついでに慈悲もない。今の私は空腹で気が立っているんだ。一度チャンスはやったんだから、たとえ今ここでこのか弱いモンスターをぶちのめした所で誰も文句は言うまい。
【スライム LV7
体力:50/50
魔力:100/100
筋力:100
敏捷:10
物防:10
魔耐:10
スキル:『液化』『流動』】
一応の確認でステータスを見てみるがやはり雑魚だった。あの液体モンスターのどこに筋力値があるのかはともかく……これなら吸血モードでなくても倒せそうだ。
土蜘蛛を見た後だからか、凄く貧弱に見えちまうね。
というわけで……
「私の養分となるがいいッ! チェストぉぉぉぉっ!」
気合と共に回し蹴りをお見舞いする。
しかし……
「ぬあっ!?」
それが全ての間違いだった。
私の蹴りは確かにスライムを貫いた。だけど当の本人はまるで何のダメージもないかのようにぐにゅぐにゅと体を変形させ私の右足を逆に取り込むようにまとわり付いてきたのだ。
足をコーティングするかのようにゆっくりと広がっていくスライムの体。
「うぇぇ……何これ、気持ち悪いんだけど……」
ひんやりと冷たい感触が足を中心に広がっていく。
ぶんぶんと足を振って、引き剥がそうとするが駄目。スライムはべったりと私の体に張り付いて離れようとしない。まるで母親にへばりつくコアラの子供だ。
見た目はそんな可愛らしいものじゃないけど。
「離れろっ! 離れろっ! 離れろぉぉっ!」
にゅるにゅると体を這い上がってくるスライムに本能的な恐怖が沸き上がる。
もしもこのまま体全体を覆われたら……最悪、窒息死してしまうかもしれない。それかスライムの体から消化液か何かが分泌されて体を溶かされるとか。
うわ……ありそうで困る。
こうなると軽率に触れてしまったことが悔やまれる。
誰だよ! スライムが雑魚とか言った奴は!
「ひいぃぃぃっ、こ、腰まで上って来たぁぁぁっ!?」
ついにスライムは右足を完全に取り込み、腰周辺まで到達していた。
そこからは左足と上半身の両方へゆっくりと広がっていくスライム。面積が増えたためかスライムの動きが、かなりゆっくりになってきているのが唯一の救いだ。
だがやはり、にゅるにゅるとした独特の感触が果てしなく気持ち悪いのは変わらない。
ボロ布であつらえた急ごしらえの服では全然スライムの侵入を防げていないのが辛すぎる。
それから更にスライムはゆっくりと私の体を這い回り、上半身にまで進出してきた。何とか手で侵攻を防げないか試してみたが駄目だった。むしろ手にまでへばりついたせいで、侵食速度が上がった気がする。
(ま、まずい……これは本格的にやばくなってきたっ……)
徐々に私の体を包み込むスライム。
その動きがついに私の上半身、胸の辺りまでを広がってきたときだ。
「ひんっ……!」
背筋をなぞるスライムの感触に思わず変な声が漏れた。
甲高いその声はどこか艶っぽく、自分で自分にビビッた。
私……こんな声も出せるんだ……。
「くっ……この、いい加減に……ッ!」
羞恥と怒りでごちゃ混ぜになった感情のまま、強引にスライムを引き剥がそうと腕を振りまくる。だがその程度で引き下がるスライムではなく、ぐいっ! と足元を強く引っ張られ、地面に転倒してしまった。
べちゃり、とスライムの体に自ら飛び込むように倒れこんだせいで体中にスライムの体が付着する。非常に気持ち悪い。
というか……
「や、やめ……お前、どこを触って……ひゃうんっ!」
ついにスライムはいよいよというところまで私の体を汚染していた。
自由に動かせない体に私はスライムのステータスの中でも特に筋力値が高かったことを思い出す。素の私と遜色ない筋力。本当にどこに筋肉があるのか不明だが、この力は本物だ。
今更ながらに私は悟る。
このスライムというモンスターは……
「ら、らめええええええっ!」
──雑魚なんかではなく、滅茶苦茶厄介な魔物だということを。




