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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第405話 騎士の使命


「影法師──『影糸』」


 頭上から振り下ろされる直剣を両手に繋げた影糸で受け止め、そのまま絡ませるように一回転させ、手元を蹴り上げて剣を奪い取る。

 殺さず無力化するには敵の武装を解除するのが一番だ。そう思っての行動だったが、無手になった甲冑は構わず私に掴みかかって来た。

 迷いのない行動だ。よく訓練されている、が……


「すぅ……はッ!」


 素早くモーションに入った私は右拳に風系統の魔力を纏わせ、正拳突きの要領で甲冑の腹部に命中させると同時に集めていた魔力を拡散させる。すると、渦を巻くように甲冑へ振動が伝わり……



 ──バギイィィィィィィィィィィッ!!



 金属製の甲冑は甲高い音を立てて砕け散った。

 これは狙った部位に衝撃を集中させる風系統の魔法、『穿風(せんぷう)』だ。軍式格闘術を補強する目的で修得した魔法だったが、威力の調整にも使えてなかなかに便利な技に仕上がっている。

 魔法を組み込むこと前提の動きになっているため軍式格闘術というより、最早別の流派のような気もするが……今後はルナちゃん流魔闘術とでも呼ぼうかね。


「武器も鎧もなくなったけど、どうする? まだやるかい?」


 周囲に気を配りながら牽制の言葉を吐く私に、甲冑は立ち上がる。

 なかなかの根性だね……ん?


「……マジか」


 立ち上がった甲冑に思わず声が漏れる。

 それは先ほどの驚嘆とは別の意味の驚きだった。


 先ほどまで私と格闘戦を行っていた甲冑の腹部は、先の一撃で半壊しており中が丸見えになっている。私が驚いたのはその中身。私が戦っていた甲冑は……中が空洞になっていた。そこにいるべき誰かが存在しなかったのだ。


(魔術で動く傀儡、それがこいつらの正体か……ッ!)


 中に人が入っていないのであれば、ライラの行った『熱探知(サモラフィ)』で感知できなかったことにも説明がつく。つくのだが……


「……この数を一度に操作してんの?」


 周囲の甲冑が全て一つの魔術で統制されているのだとしたら、恐ろしい精度だ。中を見るまで、無人だと気付かなかったぐらいだからね。これだけ精密な操作を可能にするのは、恐らく甲冑側に仕組みがある。


(目で見て操作しているわけがない。となると、命令文が組み込まれた魔法陣が甲冑のどこかにあるはずだ)


 その魔法陣さえ破壊してしまえば、この甲冑の動きは止まる。王国ではあまり馴染みのない技術だが、帝国での呼び名は確か……


「──自律型魔動人形(オートマタ)


 私の思考に重なるように、男の声がかかる。

 声の方向を見ると、甲冑に守られるような位置から私を見るひとりの男性の姿があった。しかも、それは私の知っている人物で……


「シロは見るの初めてだったか?」


「……ヒューゴ?」


 かつて共に冒険者として依頼をこなした仲間……ヒューゴがそこに立っていた。


「え、なんでヒューゴがここに……」


「なんでって、ここが俺の職場だからだよ」


「職場……?」


 彼の言葉の意味を考える私に、ヒューゴは説明する気もないのか木に寄りかかって地面に座らされたライラに目を向けると、


「お、堕魂した長耳族は珍しい。久々に高値が付きそうだ」


 嬉しそうに口元を歪める彼に、ようやく私も事態を理解した。


「長耳族を襲う人攫いってのは……お前のことだったのか」


 集落を襲い、長耳族を奴隷にしていた人攫いの一団。そのメンバーの一人がヒューゴだったということなのだろう。ほんの数日の付き合いだったとはいえ、一度は命を預け合った仲だけに、少しだけショックだ。


「人攫い……まあ、そういう言い方もできるか。で、俺の本職を知ったお前はどうする? 俺と戦うか?」


「もちろん。これ以上、あなたの好きにはさせない」


「そうか。なら交渉しよう」


 私が攻撃の構えを見せると、ヒューゴは両手をパンと胸の前で合わせた。

 いきなりのことに面食らう。交渉、だと?


「シロに恨みはないし、お前とやり合っても俺に何のメリットもないからな。だったらお前の望みを聞いて互いに妥協できるラインを探す方が良くないか?」


 あっけらかんと言い放つヒューゴは相変わらず効率重視のものの考え方をしているようだ。彼の性格的にそれが本心からの言葉であろうことは分かる。分かるが……


「一方的に長耳族を誘拐し続けた加害者がそれを言うんだね」


 まったく悪びれる様子のないヒューゴの語り口にはイラっとしてしまう。

 私の怒りが伝わったのか、ヒューゴはぽりぽりと頬を掻き、


「だが、そっちの方がお前にとっても良いと思うぞ? 長耳族の何人かは既に確保済みだし、ここで無理に抵抗しても守れるのはそこの女だけだ」


 甲冑の一体が木製の弓……長耳族が愛用している弓を持っていたところを見るに、私達より先に行った守人のみんなは奇襲を受けて捕まってしまったのだろう。

 今のところヒューゴの言葉を否定する材料が……ない。


「魔法による探知に頼り切った長耳族を捕まえるのは簡単だったぜ。解呪(レジスト)は得意でも、天然の麻痺毒には耐性もないしな」


「…………」


「お前が納得するまで言葉を尽くしても良いんだが……そろそろ決めてくれねぇか? どうする? どうしたい? 俺はどっちでもいいぜ」


「交渉ってのは、具体的にどういうもの?」


「お、いいねえ。やっぱり話の分かる人間が一番だな」


 どちらでもいいと言いながら彼が交渉を求めているのは明らかだった。その証拠に、先ほどから甲冑……オートマタが私に対して攻撃をしてこなくなった。

 もしも交渉と戦闘で僅かにでも戦闘を行う利が勝っていたならこの場に現れることもなく、私に消耗戦を仕掛けていたことだろう。この術式の厄介なところは術者の位置が分からないところだからね。

 それに私としても話し合いで片が付くならそっちの方が良い。


「私は長耳族の人から、人攫いと交渉をするように頼まれてる。お互いに憎しみを増やすのではなく、共存できる道を模索したいから。その為にはまず貴方達が矛先を収めてくれないと話にならない。要は人攫いをやめて欲しいんだ」


「おいおい、それは交渉とは言えないだろう。こちらにメリットがない」


「メリットならある」


「どんな?」


「死なずにすむ」


 私の端的な答えに、ヒューゴが僅かに眉を寄せたのを見逃さなかった。


「人族と長耳族の遺恨が深まれば、やがて大きな戦争への火種になる。そうなればあなた自身の命だって危なくなるだろうね。なにせその原因を作った張本人なんだから。人族からも長耳族からも恨まれることになる」


「戦争の火種、ね」


「そう。だから……」


「それを熾すのが俺の目的だって言ったら?」


「……え?」


 熱の入りかけた私の討論に、ヒューゴの冷たい言葉が差し込まれる。

 こいつ、今……なんて言った?


「戦争を起こすのが目的だって……? 一体何を言ってるの?」


「そのままの意味だよ。王国にとって調和国は邪魔な隣国なのさ。大森林のせいで大規模な侵攻が行えていないだけで、出来るならとっくに滅ぼしている。要は俺の仕事は挑発なのさ。調和国から王国に攻めてくるように仕向ける為の」


「……どういうこと?」


「分からないか? まあ、そうかもな。俺には威厳ってのが足りねぇし、規律も守れねぇからこんな僻地に飛ばされちまった訳で、()()()はねぇよな」


 私にはヒューゴが何を言いたいのか分からなかった。

 だが、それも続く彼の言葉で全てを理解させられた。


「任務中につき、改めて名乗らせてもらおうか。俺の名はヒューゴ。王国騎士団第二分隊長ヒューゴ・ミランだ」


「分隊長……!?」


 王国騎士団分隊長。それは王国に十五人しか存在しない、騎士団の最高幹部の役職名だ。オリヴィアさんと同じ、騎士団の最高職へと辿り着いた騎士の一人……!


「信じるかどうかは好きにすればいいさ。どちらにせよ俺のやることは変わらない。国王の勅命に従い、シン調和国への攻撃を遂行するのみ。これの意味するところはもう分かるな?」


 ヒューゴの肩書に驚く暇もなく、彼は更に驚くべき事実を告げる。


「王国は戦争を望んでいる。長耳族に残された道は隷属か、死だけだ」

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― 新着の感想 ―
やっぱ王国は一回滅んだ方がいいだろこれ
まぁぶっちゃけた話、現実でさえ生まれとか肌の色で差別があるんだから、能力の差は許容所の話じゃないし、むしろその世界に元から存在してた生物は拒絶と淘汰が正しいまであるっていうね
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