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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第404話 伝霊鳥


 守人の仕事はまず駐在所に所在報告を行うところから始まる。

 分かりやすく言うと、タイムカードを切るってことだね。


 待機役と呼ばれることの多い、出動中の守人たちの全動向を集約する役割の守人に出動を口頭で告げるだけという簡単なものだが、この広く危険な森の中で活動するにあたっては重要な行為だ。

 毎日やっているため、既に慣れた行為なのだが、今日はいつもと様子が違いざわついていた。一緒にやってきたライラもその空気を感じ取ったようで、


「何かあったのか?」


 立ったまま会話を続けていた守人の一団に話しかける。

 すると、手前にいた若い男性の守人は何があったか教えてくれた。

 彼の話によると……


「マヤが人攫いに遭った、だと……?」


「…………!」


 人攫い……恐らく、ルーカスが言っていた人族の集団だろう。

 予想よりも早い出現だが、私にとっては好都合だ。


「早く助けに向かわないと」


「ああ。幸い、犯人の居場所はマヤから『伝霊鳥(ピジョン)』が届いたおかげで把握できている。どうやらマヤは犯人たちの隙をついて俺達に連絡を試みたらしい。流石の抜け目のなさだ」


 男性はテーブルに広げてあった手書きの地図を示しながら、話を続ける。


「時間がない。ここに集まっているアラスター、トファー、ラドルファス、バーニー、ライラ、ルナの六人で救出隊を組む。目標地点は南東のここだ。相手も移動しているだろうから、そこを考慮して進んでくれ」


「六人? あんたは来ないのか?」


「俺はここで他のメンバーを随時編成して第二陣、第三陣として出撃させるつもりだ。上役の守人が非番のため、臨時隊長にライラを指名する。質問がなければすぐに出動しろ。マヤを無事に連れ帰るんだ」


 待機役の号令で、その場の全員が一斉に動き出す。まるで軍隊のように統制された動きに、私がどうしていいかわからずにいると、


「ルナ、お前は私についてこい。先陣を切るぞ」


「わ、分かった」


 弓矢の補充を確認したライラは周囲を見渡し、他のメンバーの準備が出来たことを確認すると、纏魔を行い颯爽と飛び立っていく。

 私も吸血種の身体能力で何とかついていくが、それでも速い。いつもの巡回が亀の更新に思えるほどだ。木から木へ飛び移りながら、飛翔する私達だったが、


「なあ、ライラ。この女も連れて行かなきゃダメか?」


 背後から前方のライラへ投げかけられた声。到底、後ろを振り向く余裕なんてなかったため、誰が言ったか分からなかったが……


「ダメだ。事前に決めていたことだろう。人攫いが現れたら、まずルナを接触させる。我々が向かって戦闘になれば、これまでの繰り返しになる。それでは意味がない」


「だからってこいつに合わせて歩いてたらマヤが連れていかれるかもしれねぇぞ」


「…………」


 どうやら私について言われているらしい。しかも、これだけ急いでいても彼らにとってはまだ遅いらしい。仲間が連れ去られているのだ、全力で追いかけたいのは当然の心境だろう。


「ライラ、先に行っていいよ。マヤのことが心配なのは私も同じだから」


「……分かった」


 私の言葉に頷いたライラは速度を落とし並走すると、背後に向けて話し始める。


「アラスター、ここから先の指揮はお前に任せる。私はルナと共に行く」


「ライラ!?」


「……指揮官がそういうのなら従うぜ。ほら、ギアを上げんぞお前ら」


 私の後方を走っていた四人が次々に追い越し、見えなくなっていく。

 ライラとて、マヤの身柄が心配だろうに……


「……いいの?」


「無論だ」


 短く言葉を返し加速するライラに、私はそれ以上の追及をしなかった。そんなことをする暇があるのなら、少しでも速度を上げるべきだろう。

 それからしばらく、無心で私はライラの背中を全力で追い続けるのだった。



  ◇ ◇ ◇



 ライラと共に大森林を駆けること数十分。

 そろそろマヤから伝霊鳥が送られてきた地点に到達するという頃合いで、ライラに待ったをかけられた。


「一旦止まれ、『熱探知(サモラフィ)』を使う」


 言うが早いか、ライラの掌に浮かぶ魔法陣。長耳族の間では、精霊陣と呼ばれるそれはライラの送る魔力に合わせ膨張し、周囲へ広がっていく。


 ライラの使った『熱探知』は周囲100メートル範囲の物体を対象に熱源の有無を確かめる探知魔法だ。人族の間では修得難易度が高いに分類される魔術だったはずだが、守人には全員が必修となる基礎魔術なのだとか。ちなみに私も教えてもらったが、全くできる気がしなかったね。


「近くに反応はないな……念のため『霊力探知(マギラフィ)』も行っておこう」


 手元の魔法陣に集中している様子のライラ、その背後にキラリと何かが光ったのを私は見逃さなかった。


「ライラっ!」


「…………ッ」


 私の声にライラが反応するが、僅かに遅かった。

 飛来する弓矢がライラの背中に命中し、突き刺さる。


「ぐっ……!」


 射手の方向へ目を向ける私達だが、そこにいたのは妙な格好をした人物だった。


「あれは……」


 妙とは言ったが、私にとっては見覚えのある姿だった。重苦しい金属的なフォルムに全身を覆った甲冑騎士が片手に木製の弓を構えて私達を狙っている。


(まるで騎士団の鎧みたいだ。なんでこんなところに……)


 思案する私に向けて放たれる弓矢。だが、見えていればどうということはない。眼前で矢の腹部分を握り、勢いを止めた私は矢尻の部分が妙に湿っていることに気が付く。これはまさか……


「毒、だ……気を付けろ。ルナ……」


 隣で呻くライラの表情は険しい。額に浮かぶ脂汗が彼女の窮地を語っている。

 ふらつく彼女の身体を支え、一旦地面に向かう。


(くそ、毒は厄介だぞ。魔術と違って『解呪(レジスト)』もできないし……)


 正攻法は毒使いから解毒薬を奪い取ることだが、そもそも存在するかどうかも怪しいものだ。このまま最悪のケースに追い込まれることだって考えられる。最初の奇襲の成果としては上々と言えるだろう。


(だが、そもそもなんで奇襲が成功したんだ? ライラは『熱探知』を使って周囲を索敵していたはず。もっと言うなら先に行ったアラスター達はどうなった? もしかして、もう既に……)


 突然の状況転換に悪い方向へ思考が引っ張られる。慌てている証拠だ。視野が狭くなっていくような気さえする。なので……


(『集中』…………ッ!)


 私は意識を極限まで加速させ、たっぷり時間をかけて心を落ち着かせる。それから状況を整理し、自分の今やるべきことをリストアップ。つまり……


(目の前の甲冑を追い詰めて、解毒剤を奪い取る!)


 最優先すべきライラの命を守るための行動を開始する。

 地面を爆ぜる勢いで踏みしめ、甲冑に向けて駆けだす。向こうもこちらの接近に気付いたのか、樹上から弓矢を放ってくるが、先ほどと同じだ。

 この距離で私が不覚を取ることはあり得ない。


「攻撃が単調だね」


 飛び道具には飛び道具ということで、私は射程距離に入ったことを確認してから指鉄砲を作り甲冑に向けて撃ちだす。


「黒砲──『国崩』ッ!」


 解毒薬まで破壊してしまわないように、威力を抑えた黒砲で甲冑を樹上から吹き飛ばす。派手な金属音を響かせながら地面に激突したところを見るに、中の人は受け身も取れていないだろう。今頃痛みに悶絶しているかもしれない。


「人攫いの仲間だと思うけど……解毒薬は? 持ってるなら今すぐ出して」


 歩み寄りながら話しかけるが、甲冑からの返事はない。気絶したか? と思ったが、甲冑はすぐにのっそりとした動きではあったが、起き上がり始める。


「根性だけはあるね」


 もう一度叩きのめしてやろうと近接格闘の構えを取る私に……


 ──ガチャッ──


 横の茂みから金属音が聞こえてくる。更には、


 ──ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ──


 四方から規則的に鳴る金属を擦り合わせるような音。

 警戒する私の前に、周囲の茂みから次々と甲冑を着た何者かが現れ始める。それも一人や二人ではない、次々に集まってくる甲冑はどれもが同じ見た目をしており、手元には剣や斧を携えている。


 目の前で倒れていた甲冑も、気付けば腰の剣を抜いており、私に切っ先を向けていた。剣の先から滴る雫を見るに、鞘の中に毒が溜まっているのだろう。代わりに先ほどまで持っていた弓矢は地面に投げ出されている。この距離では役に立たないという判断か。そして、その時初めて私はその弓矢が元々誰の持ち物であったかを理解した。


「……その弓矢、なるほどね。そういうことか」


 呟く私に向けて、周囲の甲冑が一斉に走り出す。

 手前の甲冑から順番に攻撃を受け流し、反撃していくが一向に攻勢が止まる様子がない。それどころかどんどん人数が増えており、苛烈さが増していた。


(十、二十……まだ増える、だと?)


 視界の端で甲冑を数えるが、尋常ではない規模の戦闘になりつつある。四方八方から襲いかかる猛攻を影魔法で迎撃するが、終わりの見えない攻防に若干の焦りを感じていた。


(交渉を前提にするなら相手を殺すわけにはいかない。不殺の条件でこの人数を相手にするのは流石の私でもきついぞ……っ)


 天影糸で捕縛するにも数が多すぎて捕捉しきれない。となると、一体ずつ地道に戦闘不能にしていくしかないのだが……


「ああッ、めんどくさいなぁもう……ッ」


 悪態を吐きつつ、眼前の甲冑が振るう剣を『鍔鬼』で受け、前蹴りを甲冑の腹部に叩き込む。背後の甲冑を巻き込みつつ倒れさせ、反転。

 胸元めがけて突かれた槍は身を捻ってかわしつつ、柄を掴んで引き込むと同時に肘鉄を背後にいた甲冑へお見舞いしてやる。これで二体。

 面倒くさい上に危険な行為だが……やるしかない。


「会話する気がないなら拳で語るまでだ」


 軍式格闘術の構えを取る私に、甲冑は依然として無言のまま襲いかかってくる。

 そんな彼らに私もまた、長期戦の覚悟を決め、拳を振るうのだった。

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