第403話 マヤの葛藤
方針を新たに誓ったは良いものの、私達への警戒心が簡単に解けるわけもなく長耳族との交流計画は遅々として進まなかった。私がライラとマヤ以外の守人に話しかけてみてもすぐに話を切り上げられてしまうのだ。
以前、村の子供達と遊んでいるアリスを見かけたこともあるし、もしかしたら彼女の方が私よりも長耳族の人たちとの距離を縮められている説もある。非常に遺憾ではあるが。
「はぁ……どうすれば他の皆ともマヤみたいに仲良くなれるかな。どう思う? マヤ。何かいい案とかない?」
「そんなことマヤが知るか! というか別にお前とマヤは仲よくない!」
「寂しいこと言うなって。私とマヤの仲じゃないか」
「お前の中のマヤはどのポジションにいるんだっ!」
守人の仕事中にそれとなくマヤに助言を求めてみても、大した成果は得られなかった。むしろ、同行しているライラに「お前ら警邏中にふざけるな」と叱られてしまった。
マヤと喧嘩して以来、私はライラにお願いして二人一組が基本の守人の仕事にマヤを加えてもらっている。私がイレギュラーな参加であることや、マヤが半人前であることを加味して納得してもらったが、代わりにライラの負担は増えているように思える。彼女からしたら、私の動向を警戒しながらマヤを補助しなければいけないわけだからね。
しかも……
「……おい、お前。ペースが落ちてるぞ。ちゃんとついてこい」
「いや、ちょっと二人が早すぎるんだって」
「ぷっ、このぐらいでもうついてこれないなんて弱すぎ。ざっこ」
「あぁん?」
「だから喧嘩は止めろと何度も言ってるだろ!」
ちょっとしたことですぐに取っ組み合いの喧嘩を始める私達の仲裁に、ライラは手を焼いているようだった。もとはと言えば、未熟な纏魔で足を引っ張っている私に責があるのかもしれないが、マヤの言い方にはカチンとくる。
そんなこんなで度々、ライラに迷惑をかけているのだが……
「お前たちはどうしてそうすぐに口論になるんだ。いいかマヤ、ルナはルーカス様が客人として認めている以上、丁重に扱え。少なくとも表面上はそうしろ」
「は~い」
基本的に同族で部下という扱いになるマヤの方が注意しやすいのか、私よりもマヤの方が怒られる回数は多い。マヤはそれも納得がいかないのか、私に向けて敵愾心むき出しの目を向けている。
このままだとすぐにまた喧嘩になってしまいそうだ。別にそれはそれで構わないのだが、新しく掲げた長耳族の人たちと仲良くなるという目標は遠のいてしまっているような気がする。何かきっかけでもあれば良いのだが……
「……次に喧嘩したら『蔦絡みの刑』だからな」
「うえ……ライラ、それほんき?」
「ああ。私達はチームだ。連携が取れないのなら解散するか、強制的にでも仲良くさせるしかあるまい。『蔦絡みの刑』はそれにちょうどいい」
「私はその『蔦絡みの刑』ってのを知らないんだけど。なにそれ?」
「喧嘩した子供などにする軽いお仕置きのようなものだ。魔術で編んだ解けない蔦を二人の手首に絡めて一日を過ごさせる。蔦は一メートル程度しかない故に必然的にぴったり寄り添うようにして過ごすことになる」
「へぇ……長耳族にはそういうのがあるんだ」
「マヤは絶対やだから! こいつとずっと一緒なんてムリ!」
「だったら喧嘩するな。お前が仕掛けなければルナも吹っ掛けたりしない」
マヤは私と蔦絡みするのがよほど嫌なのか、それ以降は大人しくしていた。
とはいえ、仲良くなったわけではないので根本的な解決にはなってないんだよな……是非とも何とかしたいところだ。
◇ ◇ ◇
「では本日の任務は終了とする。各自、よく休むように」
三人での巡回を終えたところで、ライラがそう宣言する。今日も長いお仕事が終わりましたか。支給品を貰ってこよう。
他の二人も行くだろうと思って、視線を向けると何やらマヤがライラに言いたいことがある様子で、じっとライラを見つめていた。
「どうしたマヤ。村に戻らないのか?」
「……やっぱり、納得がいかない」
不穏な空気を感じつつ、ライラが「何がだ」と尋ねるとマヤはビシッと私に向けて指を突きつけ我慢していた不満を爆発させるように話し始める。
「こいつと一緒に仕事なんておかしいよ! マヤはライラと二人がいい!」
「だから、それは出来ないと話をしただろう……というか、マヤが守人の仕事に参加できているのも、ルナが私に頼んできたからだ。お前はルナを非難するどころか、感謝しなければいけない立場だぞ?」
「でも、こいつ怪しいもん! 昨日の夜のことだって、なんでか秘密にしてるし! ぜったいわるいこと考えてるって!」
「昨日の夜……? 何かあったのか?」
「え? あ……それは……な、なんでもない!」
マヤはライラに私の不審点を指摘しようとして、自分が挙動不審になってしまっている。私を殺そうと闇討ちしただなんて、報告できるわけもないのだろう。
だが、ここまで口を滑らせたマヤを見逃すライラではなく、
「誤魔化すなマヤ。何があった? ルナに関することなら、私には把握しておく義務がある。今すぐに詳細を話せ」
「あわあわ……っ」
ライラに詰め寄られてマヤはテンパっている様子。というか、あわあわなんてリアルに言ってる人初めて見たな。このままだとすぐにでもゲロってしまいそうな雰囲気だ。仕方ない、ここは助けてやるか。
「昨日の夜に偶然出会って少し喧嘩しただけだよ」
「そうなのか? にしてはやけに慌てているように見えるが……」
「『蔦絡みの刑』にされるのが怖いんでしょ。昨日の件は業務時間外の話だし、私も別に気にしてないから見逃してあげてくれないかな?」
「……ルナがそういうのなら良いだろう。これ以上の追及はしない。だが、業務時間外であってもやたらと喧嘩などするな。マヤも分かったな?」
私の説得にライラは納得してくれたのか、マヤに軽く注意するだけで留めてくれる。マヤは蛇に睨まれた蛙みたいに肩を竦めたまま、こくこくと何度も頷く。
「ならもう行け」
ライラの手を振る仕草に合わせて、ぴゅーとその場を逃げるように後にするマヤ。私とすれ違う際に、じっと睨まれたあたりまだ納得はしていなさそうだ。
「……すまなかったな。ルナ。マヤが迷惑をかけたみたいで」
「別にいいよ。余所者の私達を警戒する気持ちは分かるから」
本当は迷惑なんてレベルのものではなかったが、今のところマヤの敵対対象はライラの相棒ポジションを奪った私のみのようだし、好きにやらせることにした。ここで事を大きくしても私にとってプラスになる気がしなかったからだ。
「マヤも悪い子ではないのだがな……どうにも功を焦っているきらいがある。同年代の中でも一際能力が高いことも原因だろう。歪んで育った自尊心が、半人前という今の扱いを受け入れられないのだ」
「そういえばマヤは守人の中でも最年少なんだっけ。有望株ってやつだ」
「力の強弱など些細なことだ。問題はその力で何を為すかだからな。そういう意味で言えば、マヤはむしろ不安定と言えるだろう」
強さに意味なく、その力で何を為すか……か。他の守人も似たようなことを言っていたし、それが長耳族全体の価値観なのだろう。これは私も心にとどめておくべき価値観かもしれないな。




