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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第402話 他人との距離の詰め方には気を付けよう


 長耳族の集落を訪れてから、二週間が経過した。

 その間、私は守人としての仕事を順調にこなしている。未だにライラほどの身体能力を素で発揮するのは難しく、毎日筋肉痛に悩まされているが。


 そんな生活の中で、私とライラの関係性は少しずつ進展しているように思う。四六時中一緒に活動していれば、嫌でも親近感がわくというもの。そして、それは共に同じ家で生活している他の仲間達にとっても同様だった。


「ねえ、ライラ。今日は冬釣りってのをしてみたいのだけど、どこか良いスポットを知らないかしら?」


 商人との物々交換を避ける為か、遠征に出ようとするアリスに「この時期に釣れるわけがないだろう。お前は本当に食料にならんことをするのが好きだな」なんて軽口を言える程度には仲よくなっていた。言われた方のアリスは顔を真っ赤にして怒っていたが。


 事実、食料事情についてはかなりシビアな展開が続いているので、無駄な行為に時間を割いている暇もない。この時期は動物や植物が見つけにくく、持ってきた食料と守人に与えられる配給品で何とか凌いでる状況だ。


 そろそろ、本格的に食料問題を解決しなければならないのだが、守人の仕事がある以上、それ以外の入手方法に関しては仲間達に任せるしかない。

 何か手はないかと、守人の仕事の合間を縫ってライラに相談したりもしたが、地道に探索を続ける他に手立ては思いついていない様子だった。


「私が用意した備蓄も一人分だからな。分けたところで五人全員を養うことはできないだろう」


 当たり前のように自分の分を勘定に入れてしまっている辺り、ライラもかなり毒されてきているように思う。最初の頃の当たりの強さはどこにいったのやら。


「熊や鹿が見つかれば良いのだがな……期待は薄いだろう」


 どこまでも冬という季節が邪魔をしていた。太陽が蔭ってくれる吸血種にとっては過ごしやすい季節なんだけどな。どこかに動物の足跡でもないだろうか……と、思ったらある。ライラはまだ気づいていないようだが、等間隔に並ぶ何かの足跡が。


「ライラ、これ!」


 思わずテンションの上がった私は樹上から飛び降り、足跡の近くに降り立つ。最近、降雪が減っていたからか、ぬかるんだ地面にわずかだが足跡が残っていた。

 小さな足跡だ、右に左に揺れる足跡の方向を追って歩く私に、


「……待て、ルナ! その足跡は……っ」


 何かを言いかけたライラに視線を向けた瞬間、歩いていた私の足元にピンと何かが張り付くような感覚。


「うわっ!?」


 次の瞬間、私は足元に絡まった蔦に体を固定され、その場に転倒してしまう。これは……くくり罠か! 文字通り踏み抜いた生き物の足を括って捉える罠。

 明らかに人間が仕掛けたもの……


(まさか、例の人攫いがこれを……っ!?)


 咄嗟に臨戦態勢を取る私に、背後からガサッと音がする。私が振り返るよりは早く、その飛び出してきた影は私の懐に入り込むと、


「はい、マヤの勝ち!」


 私の喉元に短剣を突きつけて、高々と勝利宣言をするその少女は……


「マヤ! 何をやっている!」


 以前にも会ったことのある長耳族の少女、マヤだった。近くに降り立ったライラは私の足首にかけられた罠をナイフで切ると、マヤに向き直る。ライラは生徒を叱る教師のような面持ちで口を開くが、マヤが話し始める方が僅かに早かった。


「マヤの勝ち! マヤの方が強い! だから守人の任務はマヤが引き継ぐね!」


 どうやらマヤは私にライラの相棒というポジションを奪われたことが気に入らず、それを奪還しに来た様子だ。以前にも似たようなことを言ってライラに窘められていたのを覚えている。で、時間が経ってその我慢も限界が来たと。


「はぁ……お前はどうしてそう短気なのだ。ルナが守人に加わったのは、強いからではない。人族と関わって来た経験を買われたからだ」


「だったら別にライラと組まなくてもいいじゃない! マヤはライラと組みたいんだから、ルナは別の人と組むべきよ!」


 淡々と説明するライラに対し、マヤは感情的に反論する。

 これは……一筋縄ではいかない雰囲気だぞ。


「聞き分けのないことを言うな。これは決まったことだ、訓練に戻れ。マヤ」

「やーーーっ!」


 マヤは短い金髪をぶんぶんと左右に揺らしながら拒絶の意思を見せる。


「マヤはライラがうんて言うまで帰らない! 帰らないったら帰らないー!」


 しまいにはその場に転がってじたばたと手足を暴れさせ始める。まるでデパートで玩具をねだるクソガキみたいなムーブだ。背中、びちゃびちゃになってますけど。森の民は多少の汚れなんて気にしないのかな。

 それで、子供の駄々を前に苦労人の風格を漂わせるライラは溜息をつき、私に小声で耳打ちしてくる。


「……こうなったマヤを宥めるのは難しい。今日一日付き合って何とか宥めておくから、ルナは先に帰っていてくれ」


「分かった。元々私は部外者だし、ここはライラに任せるよ」


「すまないな……おい、マヤ! 今日だけだからな!」


「っ! ようやく分かってくれたんだねっ! ライラのパートナーはマヤしかいないんだから!」


 ライラがマヤを呼ぶと、彼女はたたたっと全力で駆け寄ってライラの腕に抱き着き頬ずりし始める。よほどライラのことが好きなのだろう。ライラに見えない角度から私にあっかんべーと小さな舌を出している。このガキ……



  ◇ ◇ ◇



 その夜、拠点に帰って来たライラから「昼間はすまなかったな。明日からまた頼む」と謝罪を受け、眠りについた。マヤの態度には腹が立ったが、元はと言えば不意を突かれた私にも責任はある。実際に、あの手の外敵から村を守るべき守人がああも簡単に罠にかかっていたのでは仕事にならない。


(元の性格が抜けてるせいで、奇襲に弱いってのは未来でも指摘されたんだよなぁ……常に『集中』スキルを使って生活するわけにもいかないし、何かいい手を考えないと……)


 そんなことを考えながらうつらうつらと眠りについていると……ギシッ、と床が軋む音で目が覚める。誰かが……いる。アンナが夜這いにでも来たのかと思ったが、気配は扉側ではなく背後の窓にある。つまり……


「…………っ!」


 その思考に至った瞬間、振り返った私の眼前に刃が迫る。

 寝袋ごと転がるように回避した私は、何とか薄皮一枚でその攻撃をかわすことに成功する。頬に横一文字の裂傷を刻みながら起き上がると、そこには昼間に出くわしたマヤが短剣を片手に佇んでいた。


「ちっ……起きてやがったのね」


「……これ、冗談じゃ済まない感じのやつ?」


「冗談じゃ……ないよっ!」


 初撃をかわされた焦りからか、単調に直進してくるマヤ。突き出すように向けられた切っ先に回り込むように回避。だが、身体能力を霊装で強化しているマヤの動きは素早く、逃げた先に次々に刺突が襲い掛かる。


「はっ!」


 可愛い掛け声とともに突き出される刺突だが、その攻撃は洗練されておりとても可愛いなんて呼べる攻撃ではなかった。

 ナイフというのはその刃渡りや形状から軽視されがちな攻撃力の低い武器と認識されがちだが、そんなことは全くない。小回りが利き、多彩な攻撃が可能なナイフは訓練を受けていても九割近くは防げないと言われている。


 突くような動きから一転、手元に引く際の戻しによる斬撃で私の腹部に、ぴっと赤い血の筋が浮かぶ。油断していると一気にやられるぞ、これは。

 小さな女の子に攻撃を仕掛けるなんて主義に反するが、今はそんなことも言っていられない。幼いとはいえ、相手は戦闘の訓練を積んだプロで、そんな相手が私に向けて殺意をむき出しに襲い掛かってきているのだから。


(身体能力は大体五分……なら逃げるか? いや、相手の狙いが分からない以上、他の部屋で寝ている皆を危険に晒すことはできない)


 瞬時に相対する覚悟を決めた私は、じりっ、と距離を詰めマヤに向けてローキックを放つ。一方的に攻め続けられたらいつかミスをする。それが致命傷となる前に、こちらも打って出る必要があった。

 狙いはナイフで合わせることの難しい、下肢への攻撃。周囲が薄暗かったこともあってか、マヤはこの攻撃をかわすことができずもろに膝に私の蹴りを受けてしまう。


「うっ……」


 苦悶の表情を浮かべるマヤの一瞬の隙を私は見逃さなかった。

 更に距離を詰め、ナイフを持つマヤの右手首を捻り上げ、痛みでナイフから手を離させ武装解除。後に、右肩をぐるりと回転させるように極めて動きを封じる。


 師匠から教わった軍式格闘術を未来でブラッシュアップした私の新たな近接格闘術だ。体格差の大きすぎる相手には通用しないが、むしろ私よりも小柄なマヤにならばっちり決まったぞ。


「今度は私の勝ちだね」


「ぐっ……くそっ、マヤがこんなあっさり負けるなんて……!」


 極めた関節からの痛みで無理やり体勢を変えさせられたマヤは、その場に跪くような姿勢を取る。背後から腕を捩じり上げる関係上、もうマヤからの反撃はないとみていいだろう。さて、残りは尋問タイムだ。


「いきなり襲い掛かってどういうつもり? まあ、なんとなくは分かるけど。どうせ明日からもライラと一緒に働きたいから、邪魔な私を消しに来たって感じ?」


「そこまで分かってるならさっさと出てけ!」


「この前も君くらいの子供達に言われたけどさ……私達には私達でやるべきことがあるんだ。だから、君の要求を呑むわけにはいかない」


「お前らの事情なんて知るか! ここはマヤ達の村だ! 人族は出て行けっ!」


 私は人族ではないんだが……そういう話ではないな。人族に与する者もまた、人族という認識なのだろう。理解はできるが……呆れるほどに短絡的な思考だ。


「もし仮に私を始末できたとしても、マヤの仕業だってのがバレたらどうするつもりだったの? 長耳族は規則にうるさい種族みたいだし、何かしらの罰則があったっておかしくないと思うけど」


「ふん、マヤはバレるようなヘマはしない」


「へぇ、私に捕まってるこの現状はヘマには入らないんだ?」


「くぅ……こいつムカつく!」


 それはお互い様だが……さて、どうするかねこのガキを。

 このまま隣で寝ているライラのところへ連行しても良いのだが、そうなるとさっき言ったようにこの子がどんな目に遭うか分かったものじゃない。長耳族の文化に明るくない私には想像がつかないのだ。とはいえ、このまま解放してはいつまた寝首をかかれるとも限らない。偶然、今日みたいに気付けるかも怪しいところだ。となると……


「……分かったよ。そこまで熱意があるのなら、あなたがライラともう一度コンビを組めるように私からも掛け合ってみる」


「! ほんとか!」


「ほんとじゃ。私だって付きまとわれる生活はうんざりだからね。ただ、村長さんが私を守人にさせたのには理由がある。いつか来る人攫いと交渉する際には、きっと守人のみんなと連携を取る必要がある。戦闘になるにしても、交渉になるにしても私一人で全てを担う展開にはならないだろうからね」


 これまでずっと考えていたルーカスの思惑はきっとそんなところだろう。

 すべてあっている自信はないが、それほど外れてもいないはずだ。


「……お前、本当に人攫いどもとは関係がないのか?」


「え……まだそこから疑ってたの?」


 驚く私に、マヤはこくりと頷く。かなり意外なことだが……いや、よくよく考えれば私が意志を表明したのはルーカス相手にだけだ。そのルーカスにしたって私の本意をどこまで信じてくれているかは分からない。

 また聞きした程度のマヤにとっては、私達の存在はまったく信用ならないものだったのだろう。


(ライラがすごく友好的に接してくれていたからうっかりしてたな……)


 私は与えられた任務をただこなすことばかりを考えて、本当にやらなければならないことを疎かにしてしまっていたらしい。つまり、私はもっと他の長耳族と、それこそこの村全員の人たち全員と仲良くなるべきだったのだ。

 遅ればせながら、そのことにようやく気付けた。マヤのおかげで。


「ありがとね、マヤ」


「……殺されかけた相手にいきなり何を言っているんだ、お前は?」


 確かに。だけどまあ、感謝を覚えたのも事実。こういうことはしっかりと言葉にするのが大切だ。誰だって何を考えているのか分からない相手には警戒するもの。今後も、思考開示は積極的に行っていこう。

 と、いうわけで。


「マヤ、私は君と仲良くなりたい」


「は、はぁ?」


「だから守人の仕事は私も一緒にやらせて欲しい。君と距離を近づけたいんだ」


 私は早速、マヤに心の内を暴露するのだが……


「やーーーーっ! こいつ何言ってるか全然わかんなくて気持ちわるいぃ! こわいよー! ライラぁーっ! たすけてー!」


 なぜかボロ泣きを始めたマヤにガチで怖がられてしまうのだった。

 ……一体なぜ?

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