第401話 リスアリス
「なるほどね。アンナ達は食料を買う為に村の中まで来てたわけだ」
「はい……ニコラが交渉事には長けているので、私は付き添いのつもりだったのですが、その途中でアリスとも逸れてしまって……」
大人げなく子供達を追いまわしたあと、私はアンナにどうして村の中にいたのかを聞いてみた。確かに月単位でこの場所に滞在するなら、食料ルートは早急に確保した方が良い。昨日の今日で良い動き出しと言えるだろう。
「だが、長耳族の村で人族の通貨は使えないぞ。コル、と言ったか」
「村の中で両替とかできないの?」
「人族と交流のない我々が両替してそれをどうすると? そもそも貨幣という概念が長耳族には存在しない。物々交換が基本だからな」
「なら二人もどこかで困ってるはずだね。探してみよう」
アンナに逸れた場所を聞き、三人で近くを探しているとニコラとアリスの二人をすぐに見つけることができた。二人は樹上の露店で、蔦に吊るされた食料を前に何やら交渉しているようだが……肩を落として回れ右をしたところを見るに失敗したのだろう。
「アリス! ニコラ!」
私が大樹を挟んで手を振ると、二人もこちらに気付いたようで手を振り返してくる。未だ慣れない不安定な吊り橋を渡って合流すると、アンナの姿に二人は安堵の表情を浮かべていた。
「心配したよ。アンナ、大丈夫だった?」
「ルナたちと一緒にいたのね、良かったわ」
「えっと、それが……」
アンナはおずおずと何があったのかを二人に語る。事情を知った二人は揃って溜息を吐き、自分達もあちこちの商店で門前払いを貰ったことを話し始めた。
「通貨が違うから仕方ないとも思ったんだけど、どうもそれだけが原因でもなさそうなんだよね。道中で購入した物産品との交換をお願いしても、無理だの一点張りで」
金属を悪しき物と捉える長耳族の風習からすると、人族の造った加工物なんかはむしろお金をもらっても受け取りたくないものなのかもしれない。
「持ってきた食料は何週間ももつような量ではないし、困ったわね……」
腕を組んで悩まし気なポーズをとるアリスにも妙案はない様子。
私達がどうしたものかと途方に暮れていると、
「……店主が相手にしないのは恐らく、対応しているのが人族だからだろうな」
傍にいたライラが、助け舟を出してくれる。
「そっちの長耳族の娘が一人で対応すれば門前払いのような扱いは受けないだろう。余所者であることは一目で分かるから、良い顔はされないだろうがな」
ライラの視線はアリスに向けられていた。なるほど、外見だけは長耳族に近いアリスなら心の距離を縮めることができるかもってことか。それは名案なのだが、問題は……
「わ、私が一人でお買い物するの?」
アリスが超の付くほどの人見知りであるという点だ。冒険者として活動したことで、多少は慣れてくれたかもと思ったが十何年も続いた悪癖はそう簡単に治るものではなく、本当に必要な時しか他人とコミュニケーションを取ろうとしない。
そんな彼女が一人でお買い物だなんて……正直に言って心配です。
「無理だよ、ライラ。物々交換がデフォってことは交渉前提の取引でしょ? アリスには荷が重すぎるよ……」
「べ、別にできないなんて言ってないでしょ!」
できるとも言ってないんだよなぁ。この子。
「ええ……それなら別のお店で試してみる? 金属類が付いてない麻袋とか、交換に応じてもらえそうな道具なら幾つかあるけど……ほんとにできる?」
「そのぐらい、できるに決まってるでしょ!」
できらぁ! と言わんばかりの口調で私から諸々の道具を奪い取る様に握りしめ、その場を離れるアリス。新しい店でトライしようということらしい。
「心配だ……」
「きっと大丈夫ですよお姉さま! 祈りましょう!」
逆に言えば祈らなければ成功しそうにもないってことなんだが……まあいい。ここはアリスの成長に期待しよう。
そうして、私は子供のはじめてのおつかいを見守る母親のような気分でアリスの帰りを待つ。あ、いや父親みたいな気持ちでね。
十分、二十分とそろそろ心配になってくる時間が経過したころに、アリスが帰ってくる。今までに見たことがないほどの満面の笑みで。
「見なさい! きちんと交渉してきたわ!」
彼女が両手で包むようにして持ってきたのは、茶色い楕円形の木の実だった。
これって、もしかして……
「これはドングリだな。近くに住み着いたリスなどをペットにしたいときに与えるものだ。人間が食べることは基本的にない。どういう交渉の仕方をしたら、これを手に入れてくることになるのだ?」
ライラの冷静なツッコミの通り、それはどこからどう見てもどんぐりだった。冬の時期でも探せば見つかることもあるほとんど無価値な食物と言える。
そんな食べれもしない物をドヤ顔で持ってきたのもだから、
「~~~~~~~~っ!」
アリスはその真っ白な肌を首元まで真っ赤にして恥ずかしがっている。これがどんぐりってことも、食用に向かないことも知らなかったらしい。
「だ、大丈夫。こういうのも経験だから、ね?」
「ですです! むしろここまでスムーズに交渉できたことを褒めましょう!」
ニコラとアンナが必死のフォローをしているが、それ完全に小さい子供に向けてするやつだから。で、国によってはすでに成人と言える年齢のアリスがそのことに気付かないわけもなく、
「こ、これは私が食べたくて交換してきたのよ! 私、どんぐり大好きだから!」
そう言って手にあったどんぐりの一つを口に放り込み、バリバリと音を立てて食べ始める。しかし、何の調理もしていないどんぐりが美味いわけもなく、その壮絶な苦みに甘党のアリスは涙目になって頬を膨らませている。飲み込む勇気がないのだろう、まるでリスみたいだ。
「あー……なんだ、炒めれば食べられないこともない。良ければもう少し食べやすいように私が調理してやろう」
これが漫画だったらお目目をぐるぐるさせながら奇行に走るアリスに、その話題の発端を作ってしまった負い目があるのか、ライラがそんなことを言い始める。
やっぱりこの人滅茶苦茶いい人なのでは?
「守人の支給品も、少し多めにもらえないか交渉してくる。お前たちは先に帰っていろ。ルナは報告も兼ねて一緒に来い」
「分かった。それじゃあ、皆また後で」
背中を両側からアンナとニコラにさすられながら歩くアリスを見送り、ライラと二人で歩き出す。
「……お前の連れは面白い奴らだな」
「まあ、そうだね。おかげで退屈はしてないかな」
たまにどうかと思うこともあるけど、まあ基本的には気の良い仲間だ。
「そう言えばアンナと言ったか。あの娘はお前のことをお姉さまと呼んでいたが、血縁関係にあるのか? となるとあの子も吸血種となるが……」
「ああ、いや血縁関係はないよ。昔、兄妹……いや姉妹みたいに育ったってだけで。それと吸血種と人族が血縁者になることもあるよ。事実、私には両親と弟がいるから」
「ほう、そうか。お前も姉だったのか」
「もってことはライラもお姉さんなの?」
「ああ。レイラという妹がいた」
「……いた?」
「ああ。レイラは私と同じ守人でな、私の直属の部下……かつての相棒でもあった。そこまで言えば分かってくれるか?」
「…………」
まさか、ライラが語ったかつて誤射してしまった部下って……妹だったのか?
幼い頃からずっと一緒にいたとも言っていたが……
「年下の家族というのは可愛いものだよな。お前はこれからもしっかり守ってやれ。それが年長者の義務であるからな」
もしもそうなら、ライラの抱えている哀しみはどれほどのものになるのか。
先を歩くライラに、私はかけるべき言葉を見失ってしまうのだった。




