第399話 消せない罪
「守人の仕事の多くは、森に入り込んだ他種族の発見と監視だ。それが人族の者であれば無警告からの攻撃が許可されている。痕跡は周囲の環境をよく観察すれば見つかるものが多い。お前たちの足跡もしっかり残っていたぞ」
ライラの講義はまさしく守人としての働き方、考え方について教えてくれるものだった。部外者の私にそこまで教えて良いのか疑問だったが、ライラ曰く、「同じ守人として働くことになった以上は他の者と対等に扱う」とのこと。
実直というか、融通が利かないというか、規則にうるさい風紀委員みたいなやつだ。だからこそ、先ほどライラが口にした言葉が信じられなかった。
『──同胞殺しは許される罪ではないのだよ』
その場の誰もがその罪を否定しなかった。ということは、以前にライラは誰か同じ長耳族の人間をその手にかけたということになる。
「おい、ルナ。ちゃんと話を聞いているのか?」
「え? ああ、うん。ごめん、なんだっけ?」
「はぁ……守人の業務には集中力が求められると説明しただろう。何か心を奪われるようなことでもあったのか?」
「それは……」
ライラの過去について気になっています。とは流石に言えない。
興味本位で聞いていいような話ではないと思うし。
だが、気を使っている事すらライラには見抜かれていたようで、
「……先ほど駐在所で話していたことか?」
「うっ……な、なんで分かったの?」
「ずっとちらちらと私を見ていただろう。不自然なほどにその話題に触れてこなかったしな。同胞殺しの罪を持つ者と一緒に仕事していては気が気でないだろう」
「え? ……あ、いや、そっちの心配はあんましてなかったけど」
「そうなのか?」
「マヤちゃんがわざとではないみたいなことを言ってたし、私から見てもライラがそういうことを平気でするような人には見えないから、何か事情があったんだろうなって」
「……事情なんてないさ。ただ、私の腕が未熟だっただけで」
駐在所の時と同じ言葉を口にするライラ。そして、私をちらりと見ると、
「あれは半年ほど前のことだ。当時の私は守人長を務めていてな、部下の一人と共に人攫いの駆除にあたっていた。長い小競り合いの末に、私達は人攫いの首領をようやく追い詰めることに成功した。そこまでは良かったのだが……乱戦になった時に、私は致命的なミスをした」
「……もしかして」
話の続きがなんとなく読めた私に、ライラは小さく頷く。
「私の放った矢は、部下の心臓を貫いた。真っ赤な血と、彼女の最後の表情を今でも鮮明に覚えている。彼女のあんな表情は初めて見た。ずっと幼い頃から一緒に育った仲だったのにな」
「……それは、辛かったね」
「辛い、か。そうかもしれないな。だが、その矢を放ったのは私だ。後悔することすら、私には許されてはいないだろう」
「どうして? マヤちゃんも言ってたけど、わざとではないんでしょう?」
「ああ……だが、それでも言い訳はしたくないのだ」
「言い訳だなんて……」
「良い。この件に関しては既に終わった話だ。私の中で折り合いもついている。同胞達には難しいことだろうがな。だからこそ、私は堕魂者として扱われている」
「そう言えば、そのダコンシャってのは何なの?」
「ん、ああ。長耳族の伝統のようなものでな。一族から見放された者……つまり、高潔なる魂を失ったとされる者に架される烙印だ」
そう言ってライラは腕を見せつけるようにこちらに向ける。
「この肌は特殊な呪術で染められたもので、二度と元に戻ることはない。分かりやすい十字架だろう。これが堕魂者の証だ」
「…………」
それが長耳族のしきたり、なのだろう。これは私が口を挟む問題ではないのかもしれない。だけど……
「なんというかその……冷たいね」
「そうか? 命を奪った罰としてはむしろ温情と言えるだろう。命の対価は命でしか贖えん。仲間として認められなくとも、共に暮らすことはできるしな」
重い罰を受けたと思われるライラだが、その表情に曇りはない。
先ほど彼女自身が語っていたように、折り合いはついているのだろう。だからこそ私のような余所者にも気楽に話してくれたのだろうが……
「でも、ライラはもっと求めても良いと思うけど」
話を終えようとして雰囲気のライラだったが、私が食い下がったことで足を止めて私を見る。どこか意外そうな表情だった。
「求めるとは……何をだ?」
「何をって言われると難しいんだけど……一言で言えば幸せを、かな」
「一族を守る名誉を授かっている私は十分に幸せだ」
「現状に満足してるってこと?」
「ああ」
「それならいいんだけど……」
ライラの瞳から嘘は感じられない。私からしたら仲間外れにされているライラの境遇ははっきり言って耐えがたいものに思えるが……
「ルナは会ったばかりの私の身を案じてくれるのだな」
「会ったばかりとか、そう言うのは関係ないよ。どんな親友だって最初は他人なんだし。ライラが悪い人ではないと思ってるから無理してないか心配なんだ」
私の経験上、善人ほど自分で自分を追い込んでしまうものだ。
ライラはその典型的なタイプのように思える。
「無理、か……妙な言葉であるよな。本来はできないことを無理と呼んで然るべきなのに無理をするとは最初から破綻しているように聞こえる」
「ん? ああ、まあ……確かに?」
「言葉とは正しく伝えてこそ意味を持つ。故に私はこういうしかない。無理はしていないとな」
要領を得ないライラの言葉だが、恐らく大丈夫ということが言いたいのだろう。
「長居しすぎたな。そろそろ移動しよう。見るべき場所はまだたくさんある」
そう言って話を切り上げ、移動を始めるライラの背中は……どこかこの話題を避けているようにも思えた。自分の過去についてはあんなに簡単に打ち明けてくれたというのにだ。それが私にはどこか違和感だった。




