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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第397話 ルーカスとの約束


 ルーカスから提示された情報は、私にとって意外なものだった。


「国王様に……会わせてくださるのですか?」


 一国の主が何の背景も持たない一介の旅人の話を聞いてくれるなんて、王国ではありえない話だろう。だが、その可能性をルーカスは私に示した。


「もちろん、今の貴様らを無条件に会わせることはできんよ。それなりの信用を見せてもらわねばな」


「……具体的に何をしろと?」


 私の質問に、ルーカスは口の端を歪める。その言葉を待っていたとばかりに。


「族長より授かったこの地には昔から一つ悩みの種があってな。人族が他種族を奴隷として扱うのは知っておろう? その元となる襲撃先にこの土地が選ばれることがしばしばあるのだよ。その度に守人が撃退してくれているのだが、年々その襲撃の規模が増しておる。抜本的な解決を望もうにも、人族との交渉役となれる人材がおらなんでな。なにせ、交渉に赴いた同胞を罠に嵌め殺すような輩だ。同じ人族でなければまず話にもならんだろうて」


 語るルーカスの表情は険しい。この集落と人攫いを行う人族の集団との間にはそれだけ深い因縁があるのだろう。少なくとも、彼の言いたいことは理解できた。


「なるほど。その交渉役になれ、とうことですか」


「そこまでは望まぬとも、話し合いの場を設ける一助になってくれればそれでよい。今は積雪の影響か暫く姿を見せておらんが、雪解けと共にじき現れよう。まずは撃退し、後に賊の一人をこの場まで連れてこい。高位の者であればなお良いな。それができれば族長陛下への橋渡しをしてやろう」


「…………」


 ルーカスの条件は比較的に分かりやすいものだ。理解もできるし、納得もできる。だが、確定しているのは族長とやらに会わせてもらえるところまでだ。私が求める情報がそこにはない可能性もある。つまり、こちらが支払う労働という対価に対して何も得られない可能性があるということ。


 あらゆる情報を天秤にかける私へ、背後からニコラが小声で指摘する。


「ルナ、この提案は断ろう。もしもこの条件を呑むなら春まで二ヶ月程度待つことになるかもしれない。他の国と往復するには短すぎる時間だからね。それだけの時間を無駄にするのは今の僕達にとっては相当に痛手だと思う」


「……そうだね」


 私には時間が残されていない。近い未来に、私は吸血衝動を抑えられなくなる。だからその時が来る前に、私は吸血姫と決着をつけなければならないのだ。

 だが……それでも、


「でも、私はこの提案を呑もうと思うよ」


「ほう?」


 ルーカスに向き直ると、彼は私を興味深そうに見つめていた。


「てっきり断ると思っていたのだがな。先に言っておくがいかに長命な族長と言えど、知らぬこともある。確約はできんぞ?」


「構いませんよ。別に情報が何もないと決まったわけでもありませんし、時間と労力を支払うには十分な賭けかと。それに……」


「……それに?」


「……この村の人たちにとって、襲撃者の問題はとても大きいもののように感じました。それも人族が関わっているのなら、私にはそれを止める使命がある」


 私の言葉に、ルーカスは薄く笑みを浮かべる。


 そう、先ほど私は戦争を止めるために行動していると述べた。それはつまり、種族間の争いを無くしたいという思想だ。その言葉を真とするならば、私の取るべき行動は彼の条件に近いものでなくてはならない。


 もしも私がここでNOを告げたなら、この人から私は一生信頼されることはないだろう。そんな気がした。


「良いだろう。君達には村の外れにある拠点を貸してやる。ここでの暮らし方はライラ、お前が教えてやるがよい」


 私達の背後に顎を向けると、控えていたライラが「かしこまりました」と穏やかな口調の声が聞こえる。


「もしも国へ帰りたくなったらいつでもここを去るがよい。誰も引き留めはせぬ」


「帰りませんよ。それより約束は守ってくださいね」


「はっ! 我ら長耳族は誓約を違えん。人族と違ってな」


 こんな時にまで人族を折り合いに出してくるなんて、相当に根深い遺恨を感じる。世の中にはたくさんの種族がいるというのに、こうまで嫌われているなんて……まあ、国同士の距離が近いことにも原因はあるんだろうけど。



  ◇ ◇ ◇



「ここがお前たちの拠点になる。好きに使え」


 ライラに案内されたのは他の長耳族たちが使っているツリーハウス風の家屋と違い、普通に地面に建てられた木製の建物だった。

 ところどころ伸びている蔦は放置された古家を思わせる。贅沢を言える立場ではないと分かってはいるが、ちょっと残念な気分だ。


「どうせなら樹の上の家に住んでみたかったんだけどな」


「あれは長耳族が一族と認めたものにのみ居住が許可されている。異邦人のお前たちに貸し与えるわけにはいかん」


 玄関と思われる扉を開きながら、ライラが手招きする。

 続くように建物に入ると、中は思ったよりも清潔に保たれていた。

 というか……妙に生活感がある。汲んだばかりに見える水瓶や、食器類、壁に縄で吊るされた干物など、埃ひとつない室内は外観とはそぐわない印象を受ける。


「部屋は複数ある。適当に使え。だが男女は分けろ、繁殖されても困る」


「は、繁殖って……そんな、しないよ。そんなこと」


 なぜか視線を明後日の方向に向けながらニコラが言う。

 さてはこいつ、この手の話題が苦手だな? 今度からかってやろう。


「どうだかな。人族はすぐに子孫を増やそうとする。ああ、それとこっちは私の部屋だ。勝手に入ってきたら害意があるとみなすからそのつもりでいろ」


「え? ……ライラもここに住むの?」


「ここは私の家だからな」


 私の疑問に、端的に答えたライラは巨大な葉っぱを集めて作られた暖簾のような仕切りを潜って自室に引きこもってしまう。


「……とりあえず、部屋割りを決めようか?」


 それから私達はニコラの提案で、建物の中を探索することにした。

 元々複数人で住むことを想定して作られたのだろう建物は、ライラの部屋を除き、個室が4つ、リビングのような広めの部屋が1つあった。個室はどれも使われていないのか、埃がたまっていた。


 ちょうど4人ということもあり、それぞれが個室をもらうことにし(アンナは私と同じ部屋を希望したが却下した)、その日は解散した。


 旅の疲れを癒す目的もあったが、こうも長く一緒にいると逆に一人の時間が欲しくなったりするものだ。部屋の掃除もそこそこに、寝袋にくるまり横になる。


 すると、思った以上に疲れていたのかすぐに眠気がやってきた。

 見慣れぬ天井を眺めながら、徐々に重たくなる瞼。


(とりあえず方針は固まった。あとは成り行きに任せるとしよう)


 そんな能天気なことを考えながら、私は眠りにつくのだった。



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