第396話 リーフの村
長耳族の一団と接触した私達は、彼女達の招待で長耳族の集落を訪れていた。
樹上で生活することも多いらしい長耳族の住居は、ツリーハウスのような構造になっており、周囲の大樹を結ぶように橋が架けられている。これで大樹から大樹へ移って生活をしているのだろう。長耳族は別称として森の民などと呼ばれることもあるそうだが、これを見ると的を射たネーミングだと思える。
「先に言っておくが、我々は君達を完全に信用したわけではない。リーフにいる間は、必ず守人の監視が付くと思ってもらう」
集落に着くなり、先頭を歩くダークエルフの女性が私達に釘を刺す。
リーフがこの集落の名前で、守人というのが先ほど私達を襲撃した所謂、警察的な自衛組織であることは道中に教えてもらった。彼女達からしてみると、私達は長耳族の生存圏に土足で上がって来た侵入者に見えたらしい。
だからと言っていきなり攻撃してくるのもどうかと思うけど。
「まずは村長に会わせよう。私が案内する。ついてこい」
まるで容疑者を連行するお巡りさんのように私達を連れまわすダークエルフの女性。いや、彼女からしたらまるでも何もその通りなんだろうけど。
彼女について木を登り、不安定な足場を移動する。周囲の長耳族が険しい表情でこちらを見ており、話しかけてくる者は一人もいない。残念だけど、歓迎ムードではないみたいだね。
「あのさ、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あなたも長耳族なんだよね? その、他の人と肌の色が違うからさ」
居心地の悪かった私はせめて会話を続けようと気になっていたことを目の前の女性に聞いてみることに。基本的に色白な肌を持つ長耳族の中で、彼女だけ褐色の肌をしていることが気になったからだ。私の質問に女性は、
「……ああ。私も長耳族だ」
少しの間を空けて、肯定する。これまでハキハキと受け答えをしていた彼女にしては珍しく歯切れの悪い物言いだった。
「名前はなんて言うの?」
「何のだ?」
「あなたの名前だよ。まだ聞いてなかったから」
「質問は一つのはずでは?」
「いやまあ、そうは言ったけどさ」
話の切り出し方として持ち出しただけで、本当に一つしか質問を許されないとは思わなかった。まあ、元々あれこれ質問できる立場でもない。男らしく諦めるとしよう。と、思ったのだが。
「──ライラだ」
「え?」
「お前が訊いたんだろう。私の名前だ。長耳族は人族と違い姓を持たないから名乗る時はリーフ村のライラとなる。つまり、ライラ・リーフが私の名だ」
「そっか。よろしくね、ライラ。私はルナ」
「よろしくするかどうかはお前たち次第だがな」
口調こそどこか突き放すようだが、きちんと会話を返してくれているだけ根は優しい人なのかもしれない。真面目という説もある。
「それならきっと私達はよろしくやれると思うよ」
「お前たちは……いや、これは村長が訊くべきことか」
「何か気になることでも? 説明なら何度でもするけど?」
「別にお前たちの手間を考えたわけではない。それをするのは私の役割ではないという話だ。私はただの守人……いや、一本の弓矢のようなものだから」
最後にそう呟き、話は終わりだと言わんばかりに顔を逸らすライラ。なんとなく話しかけずらいオーラがあったので、それからは黙ってついていくことに。
ライラを先頭に私達、そして背後から守人と呼ばれた一団がぞろぞろと連れ歩く形だ。前後を挟まれる形になると圧迫感を覚えちゃうね。
私達が連行されている途中、ニコラはずっと心配そうな表情を浮かべていた。
「……このまま黙ってついていくのは危険じゃないかな? 罠かもしれないし、逃げ出すなら今の内だけど、どうする?」
しまいにはそんなことを耳打ちされた。ニコラの気持ちも分かるが……
「子供もいる居住区に連れて来たってことは、戦闘の意志はないってことだと思うし、そこは信用しよう。ここまで来て手ぶらで帰るのもなんだしね」
「……分かった」
警戒心を露にするニコラだが、私としてはそれほど危険を感じてはいなかった。最初の戦闘時にあった殺意のようなものを感じなくなったからだ。理由は分からないが、それでも一つ仮説を立てるなら……
「……何よルナ。じっとこっち見て」
ハーフエルフのアリスの存在が大きいのかもしれない。他種族には厳しい彼女達も、半分とは言え同族の血が混じったアリスには優しいのかも。
「アリスはこの状況、どう思う?」
「分からないわ。私は長耳族と暮らしたことがないから彼女達の文化についてはまったくの無知に等しいのよ」
「そっか」
アリスが長い時間を人族として過ごしてきたことは聞いている。彼女に知識を求めることはできないというわけだ。
「着いたぞ。こっちだ」
私達がこそこそと相談している間に目的地に到着したらしい。ライラに促され、辿り着いたのは大樹の中身をくりぬいて作られた一室だった。
魔動具によって照らされた室内の最奥に、木造の椅子に腰かける一人の男性。
20代ほどに見える若い男性だった。腰まで伸びる金髪と中性的な美貌から、一瞬女性かと思ったが筋肉や骨格から見て男性だろう。寄せられた眉の下には、翠色の澄んだ瞳がこちらを睨んでいた。
「ルーカス様。ご報告いたします。彼女達は人族の集落からやってきた旅人です。ルーカス様に話したいことがあるとのことで連れて参りました」
ルーカスと呼ばれたその長耳族は、ライラの報告にゆっくりと腰を上げこちらに近寄ってくる。近づかれると分かったのだが、他の長耳族と比べてこのルーカスとやら身長が高い。高身長イケメンで地位もあるとかハイスペックな奴だな。
「ふむ……話か。良いだろう。だが、その前に……」
ルーカスが片手を上げると、控えていた長耳族の女性がアリスに近づいてくる。
「な、なによ」
「お前が奴隷でないことを証明してもらおうと思ってな。人族の奴隷に落ちた者は、その身に奴隷紋なる魔法陣を刻まれると聞く。身体検査のようなものだ」
そう言ってルーカスの手下らしき女性はアリスの身体に無遠慮に触っていく。
「ちょっと、いくらなんでもいきなり不躾じゃないかな?」
その様子に思わず口が出た私の発言をルーカス達はまるっきり無視。更には上着の襟を引っ張って服を脱がそうとし始めたので、慌てて止めに入るのだが、
「大丈夫よ、ルナ」
私に軽く掌を向けて、アリスが静止する。
とは言っても……周知の前で上着を捲られ、背中を露にされるアリスの頬は真っ赤に染まっており恥ずかしそうにしているのが丸わかりだ。私達に見られるのが一番恥ずかしいのか、こちら側に背中を向けたアリスの真っ白な肌が露になる。
細く伸びた首筋から、肩甲骨まで……流石に全裸にまで剥きはしなかったが、これはアリスの尊厳を無視した行為だ。私達の素性を確かめるためとはいえやりすぎだろう。
「……もういいでしょ。聞きたいことがあるならまずは尋ねてみれば良い。それとも長耳族には会話するって文化がないのかな?」
「──貴様ッ!」
私の挑発に、周囲の長耳族が一斉に殺気立つ。正面に座るルーカスを除いて。
「お前たち人族の語る言葉ほど信用に足らぬものもないのでな。奴隷にした同胞を我らの交渉役になるよう脅した可能性がある以上、言葉でなく、動かぬ証拠を求めるのは必然だ。とはいえ、裏が取れた以上は客人としてもてなそう。我らは理性的な文明人であるからな」
大仰な仕草で語るルーカスは先ほどの発言の意趣返しなのか、嫌味たっぷりな口調でそう言う。ムカつく奴だが……ここは一旦落ち着こう。ここは彼らの国で、私達は異邦人なのだから。ルールは向こうにある。
「さて、それではそちらの主張を聞こう。異邦の国の旅人よ、この場で何を囀る?」
ルーカスの問いに、私は考えておいた台詞を慎重に返す。
「私達がここに来たのはとある人物を探しているからです。その人物の名はイヴ……吸血種と呼ばれる種族の者です」
顔を上げた私がこの旅の目的を告げると、ルーカスは眉間に深い皺を刻んだ。
「吸血種か、久しぶりにその名を聞いたな。して、その者に会って貴様は何を為すというのだ?」
「それは会ってみないと何とも言えませんが……少なくとも、彼女はこの世界にとって危険な存在となっています。彼女はこの世に戦乱を起こすつもりです。そうなれば多数の死者が出ることになるでしょう。私はそれを止めたいと考えています」
本当のところ、イヴという存在がどのように戦争に影響を与えるかまでは分かっていない。未来の私の話では、人族以外の種族を皆殺しにしたらしいが、その経緯までは詳細が分からないのだ。
故に、若干の脚色を含んだ私の説明に、
「…………」
ルーカスは深く思案している様子だった。疑ってはいるが、仮に私の言葉が嘘だとしてどんな狙いがあるのかを探っているのだろう。たっぷり時間をかけて考え込んだルーカスはゆっくりと口を開く。
「まず……私の認識では吸血種は既に滅んでいる。生き残りがいるというのならその証明はできるか?」
「はい。それならばすぐにでも」
「ほう?」
試すようなルーカスの視線に、私は前髪をたくし上げる。
「これが証拠です」
私の額から伸びた小さな角に、控えていた守人たちがざわつく。中には事情を理解していないらしい若い長耳族もいるっぽいが。
「これで吸血種が過去の存在ではないと理解してもらえましたか?」
「……角だけでは何とも言えんな。竜人族にも角を持つ者はいる。とはいえ、ここで貴様が身分を偽ったところで利はないだろう。ここに来たのも、そのイヴとやらについての情報を求めてのことであろう?」
「はい。何かご存じでしたら教えていただけると助かります」
「知らぬよ。私は何も」
私の懇願に、ルーカスはあっさりとそう答えた。含むところは何も感じない。そもそも吸血種という存在に対しての認識にも嘘はなかったのだろう。つまりここにはイヴについての情報は何もない、ということになる。
「そうですか……でしたら私達がここにいる意味はなくなりました」
いきなり何か情報が得られるとは思っていなかった。ここは情報がないという情報を得られたと前向きに捉えるとしよう。
「失礼します」
一礼し、足早にこの場を立ち去ろうとする私に、
「待たれよ」
ルーカスが待ったをかける。
「早計は悪徳であるぞ。確かに私は何も知らぬが、私よりも遥かに長く生きたあのお方であれば何や事情を知っておるかもしれぬ」
「あのお方……?」
「ああ」
続く言葉を待つ私に、たっぷりと間を溜めてルーカスが続ける。
「我ら長耳族を統べる族長……ゾーイ様であればな」
後に知ることになる、シン調和国の国王の名を。




