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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第395話 歓迎は熱烈に


 この世界において国境というものは非常に曖昧だ。

 誰かが管理しているわけでもなく、互いの国同士がなんとなく“ここら辺までは自分達の領土だから”と主張しているに過ぎない。それでも河川や、山脈に沿って共通認識として明確な境界が存在することもある。


 それがミステレス大森林。大森林と呼ばれることもある、シン調和国が領土を主張している土地だ。生活圏から外れていることや、途方もない大樹の集まりによって開墾は不可能と判断され、人族にとっては寄り付かない未開の地となっている。私も噂にしか聞いたことがなかったのだが……


「うわぁ……まるで別世界みたいですね……」


 あんぐりと口を開けて驚きを露にするアンナに激しく同感する。


 天へ向けて聳える大樹の森。

 爽やかな水音と流れる渓流。

 純白の雪を踏む、獣の足跡。


 私達は長旅を終え、ついにシン調和国に足を踏み入れるのだった。



  ◇ ◇ ◇



 シン調和国に入って三日。私達はスケールの違う大自然を前にただただ圧倒されていた。この三日間はほとんどずっと森の中を彷徨っている。大樹の葉が日光を遮ってくれるおかげで、私としては過ごしやすい。

 問題があるとすれば……


「ねえ、ニコラ。さっきから同じところをぐるぐる回ってるような気がするんだけど……」


「……僕も同じことを思ってた」


 似たような景色に、方向感覚が狂わされていた。


「また空から見てこようか?」


「そうだね。山脈の方向が分かれば助かるよ」


「おっけ」


 魔力を集め、術式を展開する。


「大黒天──『魔天廊(まてんろう)』」


 空中に足場を固定し、空中を駆け上がる。

 そのまま大樹を越えて、上空へひたすらに登っていく。


「えーと、地形からしてあっちが山脈だから……」


 あまり長く高所にいるのも怖いので、手早く情報を集めていると……キラリ、と何かが近くの森の中で光るのが見えた。それは魔力の光にも似て、


「──ッ!」


 気付いた瞬間、足元へ迫る魔力の光に跳躍する。

 先ほど、私がいた場所を通り過ぎていく光の矢。正中線を狙った、的確な射撃だった。


(襲撃!? 一体誰が……ッ)


 木の葉が邪魔で射手の姿は視認できないが、ある程度の方向は分かる。


(この不慣れな土地で遭遇戦は避けたい。となると……)


 くるり、と前転するように体の上下を入れ替え、上方向に足場を形成。

 私は直下の地面に向けて跳躍し、急降下する。


「影法師──『影糸』」


 ぐんぐん近づいてくる地面に合わせ、手元に影糸を形成。

 近くの大樹にくくりつけ、落下の勢いを殺して着地する。

 そのまま、襲撃者のいた方向に向けて駆けだすが……


「ちっ……流石に潜伏されたか」


 私が辿り着くころには、人の気配はなくなっていた。

 木々の擦れる音だけが響く森の中、私は仲間の元に戻ろうとして、


「────ッ」


 振り返った瞬間、魔力の光が私の左肩を掠めるようにして通り過ぎていく。

 どうやら敵はまだ近くに潜伏していたらしい。完全に気配は消えているが……


「しかも、これ……っ」


 最初の一撃を皮切りに、四方八方から光の矢が飛来する。

 恐らく、敵は一人ではない。断続的に襲い掛かる攻撃は、どこか訓練された組織的な攻撃の匂いがするぞ。一体誰が、何の目的で攻撃しているのか。疑問は浮かぶか、今は考えても仕方がない。


「すぅ……」


 深く息を吸いこみ、目標を定める。

 飛来する光の矢の中から、狙いの甘い一撃を見つけ……その射手のいると思われる方向へ全力で駆けだす。当然、精密な射撃も中には混じっているが、


「影法師──『天覇衣(あまのはごろも)』」


 私の展開した術式が防ぎきる。放たれた光の矢の正体が、魔力を纏魔され速度と貫通力を強化された弓矢であることは分かっていた。ソーラ系の光そのものを生み出す魔術ならば貫通されていただろうが、ただの威力を強化された弓矢なら問題はない。

 そう判断して防御を天覇衣に任せていたのだが……


「…………ッ!?」


 ズバッ! と音を立てて一本の矢が私の左腕を掠めていく。

 しかも、『天覇衣』を貫通したうえで、だ。


(白魔術によるレジスト……!? いや、違う、術式自体は無効化されていない。つまり……物理的に私の影を貫いたってことか!?)


 純粋な物理攻撃で影魔術が粉砕された経験なんて、これまでにないぞ。

 それだけ殺傷能力の高い攻撃ができる者がいる、ということか。


(まずい、今の私だと一撃で致命傷になりかねない……ッ)


 警戒を一段階上げ、森の茂みに突っ込んでいく。ここで撤退したところで、攻撃が止む保証もない。ならば、当初の予定通り、まず敵の一人を叩く。


 ガサガサと木々をかき分け、進むと……見つけた。

 矢筒を背負って、弓を構えるその人物の耳はぴんと尖って外を向いていた。


「なっ……!?」


 精緻に整った顔、風に揺れる金髪、私を見る碧眼。そして何より……髪を分けて長く伸びた両耳。それらはどこからどう見ても長耳族の特徴だった。

 だが、私が驚いたのは襲撃者が長耳族であったからではない。私が驚いたのは、襲撃者の年齢が想像以上に若かったからだ。

 目測だが、年齢は10を過ぎた頃。私達よりも少し若く見える年齢だ。そんな年端もいかない女の子が敵対者だったことにたじろぐ私、その側面から木々の擦れる音と共に現れる人影。


「──マヤ、逃げろ!」


 その人物は私に突進し、強引にその場から引きはがそうとする。

 私よりは体格がいいが、それでも人族の成人男性と比べれば小柄な部類に入る。腕力で負けるはずがないと踏んだ私は、抵抗するために力を込めるのだが……


(なっ……! 止められない……!?)


 その突進に対し、私はいとも簡単に巻き込まれ押される形でその場から離脱する。しかも、全力で抵抗しているというのに、全く留まる気配がない。

 圧倒的な膂力差がそこにはあった。


「くっ……!」


「──無駄だ」


 何とか足掻こうとする私の耳元で凛とした氷のような声が響く。

 小柄だとは思ったがこの声……こいつ、女だ。種族的にも、性別的にも決して力の強い部類ではないということ。つまり、何か裏がある。


 突破口を探す私へ──バキバキバキバキバキッッ──木の折れる音と共に激しい衝撃が背中に襲い掛かる。突進した勢いそのまま、私を周囲の木々に叩きつけたらしい。内臓が潰れるような感触に、思わず息が漏れる。


 しかもこれ……勢いが全く死んでいない……っ!?

 まるで何の抵抗もなかったかのように私を巻き込んで突き進む女。猪の突進のように前へ前へと進んで行く。力が強いとか、そういう次元の話ではない。


「…………ッ」


 このままでは押しつぶされると判断した私は、不安定な体勢ながら女の目元に向けて拳を放つ。人間、見えた攻撃には反射的に防衛してしまうもの。

 私の狙いは間違っていなかったのか、顔を振って拳を避けた女に一瞬の隙ができた。私は体を回転させるように捩じり、服を引きちぎって女の拘束から逃れる。


「ごほっ……げほっ……!」


 呼吸を整えながら、敵に相対する。

 追撃を警戒していたが、女はなぜか口元を抑えるようにして立ち止まっている。そこまで入った印象はなかったが、顎にでも入っていたか?


「なかなか頑丈な奴だ」


 と、思ったがそう言うわけでもないらしい。どうやら先ほどの攻撃で、留め具が外れてしまったらしく、女は口元の布が外れないように抑えて素顔を隠していた。女は素顔を隠したまま戦いたかったようだが、このままでは不可能と判断したらしく躊躇いながら口元の布を払う。


「……ん?」


 現れた女の素顔……正確にはその肌の色に思わず声が漏れる。


「なんだ、ダコンした長耳族(エルフ)を見るのは始めてか?」


挿絵(By みてみん)


 ダコン、という言葉の意味は分からなかったが女が何を気にしていたのかは分かった。女の肌は他の長耳族とは違う、褐色の肌だったからだ。

 ファンタジー世界によくいるダークエルフを想像すると分かりやすい。いやまあ、ここがそのままファンタジー世界ではあるんだけど。それは置いといて。


「……いきなり襲ってきた理由を説明して欲しい。私にあなた達と争う意志はない。交渉で話がまとまるならそうしたいと思ってる」


「交渉? それは人族(ノーマン)において偽計と同じ意味だろう。話すことなど何もない」


 このタイミングで話し合いを試みるが、相手にそのつもりはないようで、


「──人族、滅ぶべし」


 矢尻をこちらに向け、弓矢を構える女。咄嗟に拳を構える私達へ、


「待って!」


 背後から、聞きなれた声が響く。揃ってそちらを向くと、この森を走ってやってきたらしいアリスが息を切らして現れる。


「長耳族……? いや、その耳はもしや……」


「私達はただ人を探してきただけ! あなた達の生活を邪魔するつもりはないわ! だからまず話を聞いてちょうだい!」


 動揺している様子の女に、アリスが熱心に語り掛ける。

 私達の戦闘を感じ取って慌てて駆けつけてくれたのだろう、アリスの肌は枝葉で切ったと思われる擦過傷があちこちにあり、頭の上には木の葉が乗っている。

 そんな必死なアリスの様子が真に迫っていたのか、


「……良いだろう。話くらいは聞いてやる」


 女は弓矢をそっと下ろしてくれた。

 その様子に私とアリスは互いに顔を見合わせ、ほっと胸を撫でおろす。

 こうして、一時はどうなることかと思われたが、私達はなんとか長耳族の一団に接触することに成功するのだった。

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