第394話 選択肢選びは慎重に
冒険者ギルドで成功依頼を受け取ったのち、私達はギルド内に置かれたフリースペースにて報酬の分配を行っていた。テーブルに置かれた金貨に、ヒューゴが目をきらきらと子供のように輝かせる。
「くぅ、この瞬間がいっちばん生きてるって感じするよなぁ!」
「守銭奴みたいね」
「なんだかんだ言っても世の中金だからな。ほら、そっちは六割だったよな。十二万コル、節約すれば一ヶ月は暮らせる額だ。一回の報酬としては破格だろ?」
「命を賭けたにしては安いような気もするけど」
「ま、楽して稼げる仕事なんてねぇってこったな」
師匠の元で裕福な暮らしをしていたアリスからすると、冒険者稼業というのはリスクとリターンの合わない仕事に見えるらしい。否定はしないが、それがこの世界における一般的な冒険者の生活なのだから仕方がない。
「さて、これで仕事の時間は終わったわけだが……そろそろ行くか」
「どこか行くの?」
「酒場。言っとくがお前らも来るんだぜ?」
金貨を麻袋に詰めながら、ヒューゴが言う。
「何か用事でもあるの?」
「はあ? 酒場に行ってやることなんて一つしかねぇだろ」
やれやれとオーバーに肩を竦めて、ヒューゴが溜息をつく。
「短い間だったが、俺達は互いに命を預け合った仲間だぜ? 最後に乾杯くらいさせてくれよな」
◇ ◇ ◇
ヒューゴに連れてきてもらった酒場には既に飲酒を楽しむ大人達で溢れていた。
適当なテーブルを選んだヒューゴは給仕服の女性に三人分のビールを注文すると、一番奥の席に腰を下ろす。それを見て、周囲をきょろきょろと見渡していたアリスも対角線になるように座る。
「私、お酒なんて飲んだことなんだけど。ビールって美味しい?」
「ああ、特に仕事終わりの一杯は格別だぜ」
「そ、そう。それなら一杯だけ付き合ってあげようかしら。別に興味なんてないけど、ヒューゴがどうしてもって言うから仕方なくね」
興味津々な様子でヒューゴの話を熱心に聞くアリスは既に飲む気満々の様子。王国の制度では既に成人している私達には飲酒が認められているので、何も悪いことはしていないのだが、日本で暮らしていた私からすると少し抵抗感がある。
「なんだ? シロはお酒、苦手なのか?」
「どうだろ、私も飲んだことないから」
「なら今日は記念日になるな。ハーピーバースデーってやつだ」
どうやらヒューゴの中では飲酒というのは転生レベルにすごいことらしい。確かにお酒の人気は根強いし、気にはなる……よし、行くか。
「お、覚悟を決めたって感じだな」
にやにやと笑うヒューゴの元に、早速三杯のビールが届けられる。私達はそれぞれに木製のジョッキを手に「乾杯!」と慣れない音頭を取って、一口……
口当たりは悪くない……が、苦い! なんだこれ、全然おいしくないぞ!
「これがお酒か……」
「くぅ、この瞬間がいっちばん生きてるって感じするよなぁ!」
ジョッキの進まない私とは違い、ヒューゴは良い笑顔でごくごくと喉を鳴らしていた。というかこいつ、さっきも似たようなこと言ってなかったか? ずっと生きてるじゃん。
「なんだシロ、お気に召さなかったか?」
「うーん……私にはちょっと早かったかも」
「好きな奴は好きなんだがなぁ……ん?」
タンッ、とテーブルにジョッキを置く音に振り向くと、そこには赤い顔をしたアリスがふらふらと頭を揺らしていた。アリスは焦点の合わない目で、持っていたジョッキを再び掲げ、
「おからり!」
隣の席の男に何かを要求するアリス。彼女の持つジョッキは既に空になっている。こいつ、まさか今の一瞬でもう飲み切ったのか? 私どころか、ヒューゴだってまだ半分程度しか飲んでいないのに?
「はっはっは、初飲みいから威勢がいいねぇ。こりゃ将来が楽しみだ」
「いや、明らかに酔っぱらってるじゃん! ちゃんと止めようよ!」
「わらひなら、らいひょうふよるな!」
「既に何言ってるか全然分かんないし!」
「本人が大丈夫って言ってんだ。いけるとこまでいかせりゃいい。何事も経験だぜ。あ、ビールおかわりね。二つ」
私ですら聞き取れなかったアリスの台詞を正確に聞き取ったらしいヒューゴもアリスを追うようにジョッキを空にする。
それからアリスが計5杯のビールを飲んでテーブルに突っ伏すまで、二人はどんちゃん騒ぎで盛り上がっていた。何だろうこの疎外感。君達、そんなに仲良かったっけ?
「んみゅ~、るんなぁ」
「あー、もうジョッキ倒れそうになってる。服についたらどうするの」
「まるでアリスのおかんだな」
テーブルに頬を乗せて幸せそうに瞳を閉じるアリスを介抱する私にヒューゴが笑いながら突っ込む。昔からやんちゃだったアリスを窘める役目は私だったから、もうこれは癖みたいなもんだね。
「家族みたいに暮らしていたし、似たようなものかな」
「ふーん。ただの友達って感じでもねぇと思ってたが、家族だったか」
アリスと同じくらい既に飲んでいるはずだが、調子の変わる様子のないヒューゴはごくごくとビールの続きを飲むと、
「なあ、俺の本業は商人だって話はしたよな。シロ達が良ければウチで働かないか? このまま二人で危険な冒険者稼業を続けるよりはずっといいと思うぜ?」
少し真剣な表情でそう提案してきた。
「誘ってもらえたのは嬉しいけど、ごめん。私にはやることがあるから」
「悪いけど私にはやることがあるから」
「やること?」
「うん。何よりも優先しないといけない、大切な使命がね」
詳細までは語らないまでも、嘘はつきたくなかったので正直な胸の内をヒューゴに明かす。それがせめてもの礼儀だと思ったからだ。
「なんだか知らんが、重要そうだな」
「まあね。その為に友達も傷つけちゃったし、アリスにも負担をかけてる。本当は人見知りするタイプだから、旅なんて向いてないはずなのに」
王都を離れる時に傷つけてしまったカレンや、無理を押してついて来てくれたアリスに対してはずっと申し訳なさを抱えていた。私がもっとうまく立ち回れていれば、こうはならなかったはずだから。
「向き不向きは確かに誰にでもあるだろうよ。けど、それで人の幸不幸は決まらねぇんじゃねぇか? 少なくともアリスは自分の意志で選んでいるように見えるぜ。自分で選んだことなら、どんな結果であろうとも納得は出来るもんさ」
「……かもね」
ヒューゴの言いたいことは分かる。私だって、自分の選択を誰かに否定されたくはない。だが、どうしても感情の部分で思ってしまうのだ。私のせいで、と。
「……なあ、その使命ってのはシロのやりたいことなのか?」
「え?」
「もしそうでないなら投げ出しちまうのも一つの手だと思うぜ。無理してやりたくないことをやるこたぁない。これは全てに言えることだけどよ」
「そんな無責任な……」
「かもな。けど、それでいいじゃねぇか。責任なんて誰かが勝手に想像して作ったもんだろ。そんなあやふやなものに人生を決められてたまるかっての。少なくとも俺は俺の欲望に忠実に生きるぜ」
そう言ってぐい、と勢いよくビールを煽るヒューゴの表情は生き生きしている。
責任……という意味では、確かに私に責任なんてないのかもしれない。
だが、無視するには千年後の未来はあまりにも酷かった。
人族と吸血種以外の種族が滅亡し、戦争の影響で灰色の大地と化した世界。
戦争を止めるという目的を抱くには十分な動機だろう。
それに、私は自分自身の吸血衝動を何とかする必要もあるし……
「人生は一度きりだぜ、シロ。自分に正直に生きな」
「……考えてみるよ」
彼の語る生き様が正しいかどうかは分からない。だが、少なくとも楽しそうではある。それを羨ましいと思う私がいることも事実だ。
ただ……転生したことのある身としては、人生は一度きりってフレーズには違和感があるんだけどね。
◇ ◇ ◇
ヒューゴと別れ、旅の資金を集めた私達は早速準備を整え、次の街を目指して出発することにした。昼過ぎまで二日酔いでベッドから出てこれなかったアリスを置いていこうかと本気で思ったが、なんとか耐えた。
道中、荷馬車が用意できれば最高だったのだが、雪の積もるこの季節で荷馬車は運用が難しいらしく今回は購入を断念した。資金もちょっと足りなかったし。
その代わり、防寒性に優れた外套を買い揃え、ニュースタイルとなった私達。いよいよエルフリーデン王国の国境を渡ろうという段になって、ニコラが確認するように私に話しかけてくる。
「さて、この場のほとんどの人にとって初めてとなる別の国だけど……今ならまだ変えることもできる。結論に変更はない?」
「うん。色々と考えたけど、やっぱりこれが一番かなって」
ニコラが提示してくれた次の目的地となる三国。
グレン帝国。バレンシア聖教国。シン調和国。
私がその国を次の目的地に選んだ理由は大きく二つある。
一つは単純に距離が一番近かったこと。複数の国を渡る可能性があるなら、出来るだけ効率的に動きたかったという思いがあった。
そして二つ目の理由は古い情報が欲しかったからだ。伝説上の存在扱いされている吸血種の情報は、相当に古いものと予想される。ならば、その時代について詳しく知る長寿の一族から情報を集めるべきという判断だ。
つまり……
「私達が向かうのは……シン調和国だ」
次の舞台はシン調和国。
大自然と長耳族が共存する、最古の国だ。




