第392話 即席パーティー結成
次に向かう国の方針を決定してさらに一週間。
相変わらず徒歩による移動を続けていた私達は、王都を離れてから初めてまともな街と呼べる都市へ辿り着いた。
「ぎ、ギリギリだ……なんとかたどり着けて良かったよ……」
案内役を担っていたニコラは、予定通りに目的地に辿り着けたことにほっと胸を撫でおろしている。食料も既に尽き、野兎や山菜を採って飢えを凌いでいた状況だったので本当にギリギリだった。
「アンナの汎用魔術がなかったら死んでたかもね」
「えへへ、お役に立てたなら良かったです」
土から鍋を作る魔術や、火種をおこす魔術など、アンナは私やアリスのような戦闘用の魔術ではなく、日常生活で役に立つ魔術を数多く修得している。こういう物資の少ない状態での旅では非常に重宝する存在だ。
道中で現れることもある、盗賊や猛獣魔獣に対抗するために戦闘力も必要ではあるんだけどね。子供だけの旅なら狙われやすかったりするし。
とはいえ、この旅でアンナに助けられたのも紛れもない事実。
私がアンナの頭を撫で終わったタイミングで、そっと背後からアリスが近寄る。
「ねえ、アンナ。お願いがあるんだけど」
「嫌です」
「まだ何も言ってないんだけど!?」
「どうせ汎用魔術について教えてくれとかでしょう? 嫌です! アンナの活躍場所を奪わないでくださいっ!」
「ぐぅ、なんてケチなやつなのよ……」
アンナとアリスで対抗意識があるのは相変わらずだが、少しずつ距離は縮まっているように見える。良い傾向だ。たぶんおそらくきっとメイビー。
二人の今後に願いを馳せた私は、先頭を歩くニコラに歩を合わせる。
「ねぇ、ニコラ。この街にはどれくらい滞在する予定なの?」
「ん、そうだね。ここである程度の資金と物資を集めておきたいから……長く見積もって二週間くらいかな」
「随分と長いね」
「用意が不十分な旅は命の危険があるって分かったからね。それに、ルナの使っていたギルド口座は凍結されちゃっているだろうし、僕らも手持ちがあるわけじゃないからほとんどゼロからの資金集めになる。それなりに時間はかかるよ」
「まあ、こればっかりは仕方ないか」
吸血種であることがバレた以上、王都で貯めていた給金類はすべて差し押さえられているというのがニコラの読みだった。下手に取り出そうとしても、居場所が騎士団にバレてしまうだけの可能性もある。ウィスパーからもらった宝石とかも預け入れてたんだけどな……いつか取り返せる日が来ると信じよう。
「この時期は魔獣が人里に降りてくることもあるから、冒険者ギルドで討伐依頼を探せばある程度の稼ぎにはなると思う。あ、でもここはまだ王国内だからルナの身分がバレないように別の名義で活動する必要はあるからね」
「大丈夫大丈夫、私もそこまでバカじゃないから。というか既に別の名前で登録している冒険者名があるんだよね」
以前にリンとウィスパーと冒険者稼業をやっていた時のこと、私はシロという名前で活動していた。この時は身元を保証できるものがなかったので、ウィスパーに適当に身元を偽造してもらったのを覚えている。
「ここのところ頼ってばかりだったからね。直近の金策は私が冒険者ギルドでなんとかするよ。日傘を使って、時間を区切れば日中でも動けなくはないからさ」
「分かった。僕も何かお金にならないか考えてみるよ」
「あと、お金の管理とかも任せるよ。私よりうまく使えるだろうし」
今の私達は一蓮托生。出来る奴に出来ることを任せて互いの良さを引き出した方が賢明だ。経営科で講義を受けていたニコラなら、お金の扱いに関してはこの中で一番うまいだろう。
女性が稼ぎ、男性が収支を管理するなんてオールドジャパニーズスタイルとは真逆の配置だけど、私達に関してはこの布陣の方が良い。
……あ、いや。男性が稼ぎ、男性が管理か。どっちも男、どっちも男。
「そう言うことなら私もルナについていくわ」
私が頭の中で男男と連呼していると、後ろから肩越しにアリスが冒険者をやると言い出す。
はっはっは、一体何を言い出すのやら。
「アリス、冒険者はね……結構、人と関わる仕事だよ?」
「どういう意味よ! それくらい私にだってできるわ!」
私の心配に顔を赤くして怒るアリス。
まあ、そこまで言うのならやらせてみてもいいか。
◇ ◇ ◇
次の日の夕方頃。私はアリスを連れて、冒険者ギルドへ訪れていた。
街の規模にしては少し小さめのギルド本部を前に、木製の扉を開くと周囲の視線が徐々に集まってくるのを感じる。
「ね、ねぇルナ……私、本当についてくる必要あったかしら?」
細い両足を小鹿のように震わせながらX脚のまま歩くアリスは、既に昨日のことなど忘れてしまったかのように弱腰だ。道中、人と関わることがほとんどなかったから露呈しなかったが……アリスは本来、超が付くほどの人見知りなのだ。
「登録は本人しかできない決まりだからね」
「ルナだって身元の偽造とか滅茶苦茶やってるくせに……」
「ちょっと、そういうことをこんなところで言わないでよ。あと、ここではシロって呼ぶように」
「うぅ……どうしよう、小鳥が呼んでいる気がするわ」
「トイレはさっき行ったでしょ。ほら、覚悟決めて」
私としては旅を続けるならアリスの人見知りも解消する必要があると思っているので、少し強めに背中を押して受付へ進ませる。
小声で話す私達への関心はどんどん深まっているのか、受付に向かうまでにかなりの視線を受けているのが分かった。主に視線は私の方に、だが。
(ハーフエルフのアリスを連れていたらもっと目立つと思っていたんだけどな……意外とそっちは気にされてないっぽい)
少しの違和感を覚えながらも、受付に並び、さほど待つこともなくアリスの番が来るのだが……
「次のお客様……お客様?」
「…………っ」
アリスは最後の一歩をなかなか踏み出そうとしない。どころか後退る様に私の背後に回ると、ぎゅっと服の袖を掴んでくる。
このやろう……しまいにはチューすんぞ。
「アリス、やると言ったなら?」
「……やりますぅ」
「よし。それじゃあ頑張って」
私の圧を受けて、ついにアリスが受付へと進んで行く。
しどろもどろながらも会話が進み始めたのを見送り、私はそっとその場を離れることにした。気分は完全に自転車に乗る子供の手伝いをしていたお母さんがそっと手を離す瞬間のそれだ。
私の力なんてなくても登録くらいはできる。これも良い経験だと、教育ママ的な思考でふっ、と小さく笑みを浮かべた私は近くの依頼掲示板の元へ。
私が今日、ここに訪れたのはどんな依頼があるかを確認する意味合いが強い。割りの良い依頼があればすぐにでも確保しようと思っていたのだが……ある。
(片目の黒毛熊の討伐……20万コル。単発の依頼と考えるとかなりの額だ。出没地域もここから近いし、後は出会えるかの運ってとこか)
こういう時は、とりあえずキープしておくのが良い。私は他の冒険者に取られる前に、掲示板に張られた依頼表に手を伸ばすのだが、
「「お?」」
私と同時に同じ依頼に手を伸ばす冒険者がもう一人。
どっしりとした体格の男性で、乱雑に伸ばされた短い茶髪がその男の性格を想起させる。逆に身なりは比較的清潔感のあるもので、どこかミスマッチな印象を受けた。整えられた顎髭をなぞりながら、「ふむ」と男が呟く。
「なんだ、お嬢ちゃんもこの依頼を狙ってんのか? やめといた方が良いと思うけどな。なにせ、こいつは討伐に向かった冒険者を何人も食い殺してるっつー、とんでもねぇ魔獣だ。その細い腕じゃまさしく手に負えないと思うぜ?」
男は地元の冒険者なのか、事情について明るいようだった。何度か討伐に失敗している魔獣は人の味を覚えて民家を襲ったりすることもある。冒険者ギルドとしても早期な対応が求められる案件はこのように高額の報酬がつくのだ。
しかし、これだけの高額な依頼がこれまで誰にも取られていなかったということはそれだけこの魔獣が危険な生物ということなのだろう。目の前の男が私の身を案じるのは分かるが、私にも引けない理由がある。まあ、お金が欲しいだけなんだけど。
「そうなんだ。でも大丈夫。私、強いから」
「いやいや、こういう危険なことは男に任せときなって」
「そういう男女差別的な発言ってどうかと思うけど?」
この世に男と女を私ほど区別している人間もいないと思うが、それはそれ。この狙い目の依頼を奪われるわけにはいかない私は、同じ魂胆であろう男と依頼表の取り合いになる。
男は私に退く気がないと悟ったのか、両手を上にあげると交渉を始める。
「分かった。なら選択肢を提示しよう。二つに一つだ。一つはパーティーを組んで報酬を折半する。もう一つはじゃんけんで勝った方がこの依頼を持っていく。どうだ?」
「…………」
折半、ということは私の報酬は10万か。半額でも全く悪くない額だ。
リスクを取ってゼロ収入よりはそっちの方がいい……か?
「分かった。パーティーを組もう。だけど、私は既にもう一人の仲間とパーティーを組んでるからその子の分を加味して分け前は6にして欲しい」
「6・4ってことだな。いいぜ。交渉成立だ」
私の提案を男はあっさりと承諾する。言い合いを早々に切り上げたところを見ても、効率的な考え方をするタイプなのかもしれない。ごたごたと議論を重ねるよりも、次へ次へ目的を進めたい行動的なタイプ。タイパ重視ってやつだ。
「俺はこの辺で商人をやってるヒューゴだ。冬入りしてから身動きが取れなくなっててな、実入りがないってんで急遽副業を始めたって感じだ。腕に自信はあるからそこは信用してくれ」
自分の素性を簡易的にではあるが、ぺらぺらと明かすあたりも仲間内での結束を早々に深めようという意図を感じる。ここは私も倣うとしようかな。
「私はシロ。旅の道中で資金が切れちゃって、その補充のために数年ぶりに冒険者復帰したところ。腕に自信はあるからそこは信用していいよ」
きちんと仕事はする、という意味で男の台詞の後半を真似てみるのだが、男はそっちよりも前半の台詞に興味を持ったようだった。
「数年前から冒険者? 若いのに随分と働き者なんだな」
「まあ、色々と入用でね」
「おっと、冒険者同士での過去の詮索はマナー違反だったか? 俺もまだ慣れてねぇんだ。許してくれ」
「別にいいよ、私も慣れてるってほどでもないからさ」
「助かる。それで、お前のもう一人の仲間ってのは?」
「ああ、それなら……」
私が受付へ視線を向けると、丁度手続きを終えたらしいアリスが何やら小さな鉄の板を持ってこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「見て! 無事に手続きが終わったわ! これ、私の冒険者カードだって!」
にこにこ笑顔でこちらに駆け寄ってくるアリスのなんと嬉しそうなことか。
まるで主人を見つけた子犬みたいな仕草にギュッと来るね。
しかし、冒険者カードか。私の時にはなかった制度だな。冒険者ギルドも少しずつやり方を変えているらしい。私も作っておいた方が良いのかな?
「長耳族……? お前の奴隷か?」
冒険者カードとやらを見せつけてくるアリスに、仲間だと判断したらしいヒューゴがぽつりと言葉を漏らす。なんと説明すべきか私が言葉に迷っていると、
「誰、この人? 私の妹に何かようかしら?」
アリスが棘のある言葉を浴びせかける。
基本的に人見知りのアリスだが、こういう危険を感じた時には高圧的になるのはとても頼りになって良いと思います。けど、今はそう言う場面じゃない。
「アリス、この人はヒューゴ。一緒に依頼をすることになった」
「えッ……!」
「まあ、そう言うわけでひとつよろしく頼むわ。二人の関係については非常に気になるところだが……深くは聞くまい。俺は学習できる男だからな」
過去を深入りしないというマナーを守ってか、先ほどのアリスの妹発言をするーすることに決めたらしいヒューゴ。仕事仲間としては付き合いやすい男だ。他人との距離感を見極めるのが上手い商人というのも頷ける。
私は既に一緒に仕事をする気満々だったのだが、
「初仕事はルナと二人でやりたかったのに……」
なにやらアリスは意味不明な理由でご立腹の様子だ。
うーん……ちょっと先が思いやられるか? これ。




